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逆雷戦記  作者: 2626


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8/8

兄弟

 帝国城の門番にコルドーウから預かった書状を渡すと、散々に待たされた挙げ句、中に入ることを許された。

宦官が彼を案内して、重厚な帝国城の中を進む。

「そのように余所見と脇見をなさいますな。 帝国城の品格が下がりまする」

その宦官はあちこちを興味深げに見つめているムザブに嫌味を言ったが、ムザブは幼い子のようにべーっと舌を出して反撃した。

「おお、嫌だ嫌だ……」

宦官は呆れたが、ムザブはふて腐れた顔で無視をした。




 ムザブが通されたのは後宮では無かった。

太極殿(キワマリ)】――帝国の政治の中枢区の近くにある【太陰殿(ツクヨミ)】の建物だった。

大勢の宦官、女官が忙しなく出入りしているし、如何にも高等武官らしき格好の者達と文官達が建物の側で額を付き合わせて真剣に話し合っている。

「第二皇子殿下、お客人をお連れいたしました」

宦官が建物の最奥にいた人物に小声で耳打ちしている間、ムザブはその人物を観察していた。


 全体的にひょろりとしていて、気の弱そうな、今ひとつ覇気の無い優男である。

年の頃は三十過ぎだろうか。

このガルヴァリナ帝国の支配者たる皇族の一人なのに、服さえ着替えてしまえば庶民に紛れ込んでも気付かれそうな平凡で大人しい雰囲気であった。

「ああ、有難う。 ええと――」

と第二皇子がムザブに視線をやった。

「君が、ムザブ『ドリック』なのだね」

自然と衆目がムザブに集まった。

「あの少年が……?」

「何だと……!?」

視線と内緒話の所為で尻がむず痒くなったムザブは、ずかずかと第二皇子の前に進み出る。

当然、護衛である親衛隊の武官達がムザブを阻んだが、ムザブは咆えた。

「邪魔だ! 俺様が悪童のムザブ様だぞ!」


 「……」

しばらく第二皇子は驚いたような顔をしていたが、やがて微笑んだ。

「【パペティアー】、どうだったかい?」

ムザブの首元から音波では無い声がした。

『酷かったよー、モルガー! 本っ当に酷いんだよー! 【天竜族】のヤツら、好き放題していやがるんだよー! あっちは若い女を差し出してどうにか持ちこたえているけれど、このままじゃ駄目だー!』

そのままムザブの下げていた素朴な木の指輪からぼたぼたと、通常ならば【固有魔法】を使った代償として体内で排出されるはずの【瘴体(ミアズマ)】が黒い液状でしたたり落ち、その黒い液体はするするとモルガドリックの影に戻っていったかと思うと――。

「【精霊】……!」

ムザブは目を見開いて呟く。

第二皇子モルガドリックの従える【精霊パペティアー】が具現したのだ。

この【精霊】は、まるで大道芸人のような奇天烈で派手な格好をしていた。

操り人形を手にしている、若い女を元にしたであろう姿。

ムザブがまじまじと見つめていると、彼女はまるで虹のように消えてしまった。


 「……そうか、そうか……」

しばらくモルガドリックは目を閉じて一人頷いていたが、静かに涙を流した。

「我らの怠慢がこのような生き地獄を招いていたのだな……」

ややあって涙を拭った彼は、側に控えている宦官に何かを耳打ちする。

宦官はすぐに畏まって去って行った。

モルガドリックはムザブを優しい目で見つめた。

「ムザブ『ドリック』、付いて参れ」




 やって来たのは質素な小部屋だった。

これまた小さな円卓の上には喫茶の用意がしてあって、モルガドリック自らムザブに茶を注いだ。

一人も護衛がいないのがムザブは気になったが、【精霊】を従える者は【精霊】を先に滅ぼさぬ限り死にはしないという噂話を思い出した。

それとも、こんな悪童一匹相手どうということはないと高をくくっているのか。

「まず、謝らねばならない。 君の母君……メレについては、本当に済まなかったね」

思い知らせてやろうと、モルガドリックに噛みつく隙を虎視眈々とうかがっていたムザブはすっころんだような気分になった。

「……何だよ。 アンタはむしろ逃がしてくれたんだろ。 それともアンタが俺の父親なのか?」

拍子抜けしたまま、彼は訊ねる。

そのまま茶を飲もうとしたが、熱くて駄目だったので無礼にも舌打ちした。

まさか、とやや居たたまれなさそうな顔をして、モルガドリックは答える。

「まさか。 君は紛れもなく私の異母弟だ。 ……父は……兄もそうなのだが……大層な女好きでね……」

まだ子供だったメレに手を出したのだから、女好きじゃなくて子供好きなんだろうな、と内心でムザブは皮肉った。

「ふーん。 ところで、どうして俺の名前に『ドリック』を付けられるんだ。 卑しい弟なんか後宮の女人達に殺されちまえってか?」

いや、とモルガドリックは首を振る。

「……今日処刑された廃妃サーベヌが誰よりもメレを殺そうとしていた。 彼女は我が子を皇太子に据えようと暗躍していたのだよ。 その彼女も皇后たる私達の母との激闘にとうとう敗北した。 幸いにも母は、皇太子の地位を狙わぬ限りはムザブドリックを生かしてやると仰っている……」

皇太子の地位。

それはさぞやご立派なものなのだろう。

人を蹴落とし、人殺しをしてでも手に入れたいものなのだろう。

「殿下、俺には野望があるんだ。 その野望の邪魔になるなら、皇太子だろうと皇帝だろうと噛みついて食いちぎってやるぜ」

静かに異母兄は頷く。

「【天竜族】だろう。 先ほど、【パペティアー】と記憶を共有したから私も知っている。

――ムザブドリックは武官になりたいのだな。 一生、戦うと決めたのだな……」

「ああ。 皇帝も皇太子も皇族なんてものも俺は知らねえけどさ、でもリーセルブルユでは今日も『鳥籠』で女が泣いているんだぜ」

しばらくモルガドリックは黙っていた。

この沈黙をムザブは知っていた。

領主コルドーウもこのような雰囲気で黙っていたことがあったのだ。

その後でムザブを虐待に近しい教育を施した。

あの苛烈な教育は一種の虐待だったと分かっているけれども、ムザブは特に文句を抱いていない。


 納得だ。

人生の理不尽に対し、人間は納得して、納得を求めて生きて行きたがる。

どのように惨い理不尽でも、心の何処かで納得することが出来れば受け入れることが出来る。

否、理不尽への答えとして、覚悟として、誰もが納得を求めているのだ。

ムザブにとって最大最低の理不尽は『鳥籠』であり、虐待はそれを破壊するための英才教育だった。

虐待が無ければ、ムザブは家族を奪われた痛みをいつかは忘れられていたかも知れない。

だが、今のムザブはあの時の絶望感と悔しさを欠片も忘れていなかった。


 案の定、モルガドリックもしっかりとムザブを見つめて話し出した。

「……分かった。 けれどもムザブドリック、それをどうにかするには、まずは君が高等武官にならねばお話にならない。 何より、知識と戦いの経験を積まねば実戦では何の役にも立たない。

士官学校に特別枠で入学できるように手配しよう。 落ち着くまでは私達の【胡蝶宮(ユメミドリ)】で暮らしなさい」

ムザブは何だか気味が悪くなってきた。

「なあ。 第二皇子様。 どうして俺なんかにそんなに対応を良くするんだ。 俺はアンタにだって噛みつくかも知れないんだぜ? さっさと捕まえて殺しちまったら良いだろうに」

露骨なまでの言い草に、モルガドリックは可笑しくなって笑い出した。

優美な顔をして残忍な所業を平然と行う、後宮の女人達と比べるまでもない。

この異母弟は、他愛もない悪童で、可愛らしい狂犬なだけだ。

「良い、良い、モルガと呼んでくれ。 本来だったらムザブドリック……いや、ムザブは生まれついてもっと多くの権益を授かっていたはずなんだ。 この程度で良いのなら、どうとでもなるから」

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