旅立
領主コルドーウがムザブを呼び出したのは、彼が十五才になった翌日だった。
コルドーウはムザブの目の中に今でも燃えている業火を見つけると、満足げに頷いた。
「小童、帝都に行け。 武官の頂点に君臨する一等武官になれ。 軍事権を握れ。 【天竜族】と戦える軍隊を作り出せ」
「領主様、伝手は無いのか。 急いで一等武官になるにはどうしたって貴族の血か身分が必要だぜ」
ゆっくりとコルドーウはムザブの首からぶら下がっている素朴な木の指輪を指差した。
「それだ、小童。 大事にそれを持っていけ」
ムザブは指輪を掌に載せて、じっと見つめる。
「これか? 産んでくれた人の形見なんだろ?」
コルドーウは少し黙って目を閉じたが、すぐに開いた。
「おい、小童。 貴様の父親は誰だと思う?」
「誰って……そんなの、俺を産んでくれた人が未成熟だったのにちょっかいを出した大大大クソ野郎じゃねえか」
その言い草を聞いて、派手にコルドーウは笑った。
手を叩いてまで笑ったのでムザブは気を悪くして獰猛に唸ったが、コルドーウは涙を拭きながら告げる。
「いや、そうだ。 あながちそれで間違っていない。 小童、来い」
コルドーウはムザブを手招きすると、耳打ちしたのだった。
「【色欲帝】」
さしものムザブも目を剥いた隙に、コルドーウは続ける。
「その指輪は第二皇子モルガドリック殿下が下さったものだ。 小童にとっては異母兄にあたる。 一方的に襲われた挙げ句、後宮の女人達から虐待されていた産みの母親を酷く哀れまれたそうでな。 このリーセルブルユに逃がして下さったのだよ。 その折に、『もしもの時のために』とそれを託されたらしい」
少年は首から紐で下げている指輪を握った。
「ビーラのおふくろは……知っているのか?」
「小童、後宮の女人達は本当に恐ろしいのだ。 己の欲望のために人殺しも政争も微笑みながらやる。 知らなければ連座されることも無いだろうと判断した。 ここでは私以外で知っている者はいない」
ムザブは己を散々に虐待じみた方法で教育した男を見つめた。
「コルドーウのおっさん、一度だけ言ってやるよ。 ……ありがとな」
あの躾のなっていない狂犬と変わらぬ小童が、礼を言った!?
一瞬だけ驚いた顔をしたが、コルドーウはすぐに顔を改めて告げる。
「礼なんぞ要らん。 どんな手段を使っても良い。 必ず【天竜族】を倒せ!」
リーセルブルユの領主からの書状を懐に入れ、見送るビーラを抱擁してから、ムザブは一人旅だった。
長年一緒にいた子分達が泣きじゃくるのにも別れを告げて、彼はリーセルブルユから歩き出したのだ。
数日かけて街道を進み、小舟に乗り、小舟から小舟を乗り継ぎ、そしてガルヴァリー大河を行く荷船に揺られて、ついに帝都ガルヴァリーシャナに到着したのだった。
「何だ?」
城門の所で簡単な荷物検査を受けて、帝都に一歩踏み入れた途端、人の海のような大混雑がムザブの目に飛び込んできた。
押し合いへし合いして、これでは一歩も前に進めない。
「なあ、何の騒ぎなんだ?」
周りの人間に聞いてみると、彼らは興奮した顔で答えた。
「皇妃様の処刑さ! 本当だったら処刑場でやるんだけど、皇后様のお達しで大通りでやるんだと!」
ムザブは目を見張った。
「何で処刑されるんだ!?」
「ここだけの話」噂好きの行商人と思しき男が囁いた、「負けたんだよ、後宮の争いに!」
「……そうだったのか」
わざとムザブは顔をしかめたきりで何も言わなかった。
この少年は、危険回避の勘が抜群に良いのだ。
次第に遠くからざわめきが大きくなってきたかと思うと、帝都中を見せしめに引き回されているのだろう、若い女が囚人車に繋がれてムザブの目の前を通っていった。
女の顔は惨く焼かれていた。
ああ、『後宮の女人達は本当に恐ろしい』ってのは、本当らしい。
ムザブは遠い故郷リーセルブルユをふと思い出す。
だから領主コルドーウは十年以上も黙っていたのだ。
全員のために。
人の海がどうにか歩ける程度に静まってから、ムザブは帝国城を目指した。




