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逆雷戦記  作者: 2626


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5/7

成長

 領主の館での行儀見習い兼召使い。

『祭典』の次の日から、ムザブはそのお役目を拝命した。

「あの悪童が!?」と驚く者もいれば、「これで少しは大人しくなれば良いのだが」と安堵する者もいた。


 領主コルドーウは徹底的にムザブを教育した。

彼は激すると虐待に近しい手段まで使ったので、驚いた夫人が止めるように諭した。

「幾ら悪童とは言え、まだムザブは六つの小僧ではありませんか。 なのに旦那様は大人にも難しい勉学や教練をやらせ、なのに『出来ぬのか』と厳しく折檻なさる! 我が子らにはあんなにも優しい旦那様が、一体どうされてしまったのですか!?」

武官(ソルジャー)だ。 ムザブを一等武官にする」

夫が何を言ったのか夫人はしばらく理解できなかった。

一等武官。

帝国の全ての武官の頂点に君臨する武官だ。

大将軍、あるいは元帥、帝国の全軍の総司令官の任を預かる者達の代名詞でもある。

彼女は理解してから夫の正気を戦慄きながらも疑った。

けれども震えている彼女の肩を握りしめ、異様なくらいに爛々と目を輝かせて夫は言うのだ。

「私が死ぬまでにヤツが成るかは分からぬ。 だが、今や私はあの悪童に命運を賭けたのだ!」




 『鳥籠』に新たな女達が集められている中、ムザブは毎日のようにアザと生傷まみれで帰ってきた。

ビーラも最初の内は、領主とそりが合わなくてこうなったのだろうと悲しく痛ましく思っていたが、やがて不審に思った。


 ムザブの気性は良く分かっている。

領主から何かしらを無理強いされたのなら必ず報復か反撃に出る。

逃げて隠れることだって十分にあり得る。

それをしないで大人しくしている、ということは――?

「……まさか」

ようやくビーラは気付いた。

「ムザブ坊、まさかあたし達のために……?」

信じられないが、生贄を差し出すのを止めるために、二人して何かを企んでいるのでは無いだろうか。

「おふくろ」

ムザブは随分と大人びた態度で言った。

「男ってのは見栄っ張りで意地っ張りなんだ。 そうでいられなくなったらお終いさ。 大丈夫だ、おふくろ。 俺が必ずおふくろだって助けてやる!」

――ビーラは気付いたら座り込んで大声で泣いていて、ムザブに背中を撫でられていた。


 惨い。

あまりにも惨すぎる。

熟してもいない青い実を大人の都合で無理矢理もぎ取ったのと何が違う!


 彼女は、たった六つの子にこれほどの覚悟を決めさせてしまったのだ。

今更彼女が何を言ったところで、何をどうやったところで、この子の覚悟を変えられはしない。

この子は産まれて半年も過ぎない内に母親を失い、その後でやっと見つけた家族をも失った。

あまりにも残酷だ。

この子と己を取り巻く世界はあまりにも残酷だ。

ただ平穏に生きたい、家族と幸せに暮らしたい、たったそれだけの願いさえ、決して叶わぬ。

されどもこの子だけはその世界に狂犬さながらに抗い、噛みつくことを決断している。

「ムザブ坊、ムザブ坊……!」


 一滴も血は繋がらないけれども、我が子同然に育ててきたつもりだった。

だが、今の彼女には、己をおふくろと呼ぶムザブを抱きしめて泣きじゃくるしか出来ないのだ。


 無力感というものが人にどれ程の苦痛を与えるかについては、年老いて行けばいくほどに実感と共感を呼ぶ。

だからこそ若者はその無力感を、無力感が固まって出来た諦めを、若さ故の無謀と勇気で木端微塵に破壊せねばならない。

ビーラの凝り固まっていた無力感に、ようやく亀裂が入ったように。


 家族を殺され、女を生贄に差し出すことを強要される生き地獄。

悲惨な有様から助けて欲しかった。

地獄の生活を変えたかった。

諦め続けている己が嫌だった。


 もしも【天竜族】が戦って敵う相手だったら。

血みどろで戦って、数多の同胞を失ったとしても、その果てに希望と自由と尊厳を勝ち取れるのなら、女だって武器を持って戦っていたのに!


 「ムザブ坊……勝ち目はある……?」

ビーラがやがて小さく訊ねると、ムザブは不敵に笑った。

「探す。 何十年かけてでも探してやる。 俺がやってやるから心配するな、おふくろ」

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