博打
ムザブは領主の私室に通された。
領主は椅子に腰掛けると、額に手を当てながら話し出す。
「小童、貴様はどうして女を【天竜族】に渡すようになったのか、詳しい経緯を知らんだろう。 そこに座って最後まで聞きなさい」
さながら鎖を引きちぎろうとする猛犬のごとき有様だったが、ムザブは目を怒らせつつも、不敬と無礼の塊のように、どっかりと床にあぐらをかいた。
領主は目を閉じて、しばらく深呼吸した。
「先代の皇帝陛下――【七義帝】の最後の帝であらせられた【公平帝】がお亡くなりになるまではリーセルブルユも平和だった。 確かに我らは【天竜族】に戦っても勝ち目は無い。 だが【七義帝】の御代ではラーレルカイトウと条約を結び、このガルヴァリナ帝国領土で決して女を拉致せぬ代わりに、毎年ラーレルカイトウへと貢ぎ物をして下さっていたのだ。
されど、【公平帝】は二十年以上の昔に身罷られた。 その後に皇帝となったのが、今の皇帝陛下であらせられる【色欲帝】だ。 【色欲帝】は美しい女人を誰よりも愛されているが、政治には全く関心を持たれてはおらぬ。 皇太子殿下も似たような有様だと聞いている……」
ムザブは忌々しそうに床に唾を吐いた。
「ソイツの時からラーレルカイトウに貢ぎ物をしなくなったのか」
「そうだ。 当然、【天竜族】は何度もこの一帯を襲ってきた。 だが我らのような辺境の者が幾ら叫んだところで、帝国城では黙殺されるきりだ。 その間にも【天竜族】は男を殺し田畑を焼き、財物を奪い、女を奪う。
……もはや、どうしようも無かった。 我らから七年に一度、若い女を差し出すと言わなければ、今頃このリーセルブルユは、死体で覆われていただろうよ」
激怒したムザブは領主に飛びかかっていた。
「何の解決にもなっていないじゃねえか! なのに姉さんを生贄にして何の意味があるんだ!」
だが、領主も後には引かなかった。
「死にたく無い! 私だって死にたく無い! 私には年老いた母親がいる、妻がいる、幼い子供がいる!」
「姉さん達にだって家族がいるんだぞ!」
派手な取っ組み合いになりながら、領主はムザブを殴って怒鳴りつけた。
「――ああ、そうとも! そうだとも! そんなことは分かりきっているとも!
【天竜族】を追い払ってやりたい! 二度とガルヴァリナ帝国に来ないように徹底的に痛めつけてやりたい、奪われた娘達を取り返したい!
できるものならな!
冷たい碑石にただ名前を刻むだけの人生だなんてあまりにも惨すぎるとリーセルブルユの誰もが分かっている!
だが私達が空を飛べない限り、絶対にアイツらには敵わないのだ! 決して敵わない相手に這いつくばって媚びてでも、私達は生きていくしか無いのだ!
他に道があるならば歩いて見せよ、ムザブ!」
結局、悪童のムザブは大人の力に負けて床に背中から叩きつけられた。
彼はそのまま大の字になって激しく泣き出した。
「畜生、畜生、悔しい、悔しいよぉ……!」
ぜい、ぜいと息を乱しながらも領主はムザブを見下ろして訊ねる。
「何が悔しいのだ、小童!」
「知識が無い、力が無い、俺はただのクソガキだ! 欲しいのに、俺には何にも無い……!」
「小童よ、もし欲しいものを全て持ったらどうするつもりだ?」
「決まっている。 【天竜族】に勝てる手段を生み出してやるのさ!」
そんな手段があったらとうの昔に――と思わず呟いた領主だったが、ハッとした。
【精霊】だ。
皇族の血を引く者のみがごく希に従える不思議な存在。
異世界の知識や記憶を持ち、圧倒的な魔力を持つと聞いている。
ガルヴァリナ帝国を建国した太祖ガルヴァール・ガルヴァリーノスの従えた【始精霊インベンダー】は、凄まじい威力を持つ超兵器を幾つも生み出した。
以降の歴史でも、【精霊】を従えた者は、歴史に名を残し世界の命運をも変えてきた……。
いっそこの悪童に賭けるか?
領主は鼓動が一気に跳ね上がるのを感じた。
彼にとってはあまりにも分が悪く、かつ非常に危険な賭けである。
負ければ最悪、彼の家族まで処刑されるかもしれない。
けれど、けれど!
もしも、もしもだ、この博打に勝ったら?
このリーセルブルユだけでない、ラーレルカイトウに近しい全ての集落で大歓声が上がるだろう。
その一方で、彼が何も賭けなかった場合。
己の子孫は百年後も何も変わらずに這いつくばって『鳥籠』から年頃の女を差し出し、涙を堪えて奴隷のように生きることになる。
領主は覚悟を決めた。
「学びたいか? 強くなりたいか? 一生の間、戦う覚悟はあるか?」
ムザブはむくりと体を起こした。
涙と鼻水だらけの顔をぐしゃぐしゃに歪めて、それでもはっきりと答えた。
「戦ってやるさ! 戦ってやるとも!」
結論から言えば、領主はムザブが【精霊】を従えるか否かの賭けには大失敗した。
けれども、この判断によって後の彼は大成功を収めるのである。




