激怒
悪童ムザブの運命を決定づける日がやって来た。
その日が近付くにつれて、ムザブは徐々に日常に違和感を覚えていた。
彼が姉のように慕う『鳥籠』の女達が、泣き暮らすようになったからである。
それと平行するように、リーセルブルユは七年に一回の『祭典』の準備をしている。
「姉さん、どうしたんだ。 誰かに虐められたのか? 俺がぶっ飛ばしてやるから名前を教えてくれよ」
ムザブが無遠慮に訊ねると、何人かが一斉に泣き出した。
「ムザブ……!」
泣いていない一人がいきなりムザブを抱きしめた。
「お願い、お願い、どうか私達を忘れないで。 私達が生きていたことを忘れないで。 どうか、どうか覚えていて……!」
「何だよ……姉さん、本当にどうしちまったんだ? 悪い病気にでもかかったのか?」
少年は泣きじゃくる彼女達を持て余し気味に慰めていたが、そこで背後からビーラの声がした。
「ムザブ坊、こっちにおいで」
仕方なくムザブはビーラの後ろに付いていって、裏庭に向かった。
『鳥籠』と呼ばれる館の裏庭には、ムザブにとって謎の碑石があった。
大きなその石には細かい文字で女の名前が幾つも刻んであったのだ。
その刻印を指先でなぞるようにして確かめながら、ビーラは話し出す。
「ムザブ坊。 【竜人族】って知っているかい?」
少年はしかめっ面をしながら答える。
「鱗と竜の翼尾の生えた種族だろ? リーセルブルユの山の上を飛んでいるのを見たことがある」
「そうさ。 【竜人族】には二種族いてね。 【天竜族】と【地竜族】がいるんだとさ」
「それも知ってる。 山と森の向こうのラーレルカイトウを支配するのが【天竜族】だ。 空を飛べるから【天竜族】なんだろ。 でも【地竜族】の国はかなり昔に滅びたって聞いたぜ……」
「そうさ。 【地竜族】の国エルデベルフォーニは酷い疫病で滅んじまったそうだ。 でもあたしの死んだばあちゃんから聞いたことがある。 【地竜族】は踊るのが大好きな、本当に気さくな連中だった……ってね」
徐々に少年は苛々してきた。
こんなつまらない話を長々と聞くために、泣いている彼女達を放置しているのか。
俺は少しでも泣いている彼女達を慰めたかったのに。
「なあ、おふくろ。 本題を言ってくれ。 姉さん達はどうしてこの頃は暗い顔をしてばかりいるんだ?」
「落ち着いて最後までお聞き、ムザブ坊。 【天竜族】の支配するラーレルカイトウにはね、女がいないんだ」
ムザブの顔が強ばった。
思わず前のめりになって彼はビーラの服を掴む。
「女がいないって……おふくろ、じゃあどうやって……!」
極めつけの悪童で、ませている彼は早くも知識として知っていた。
成熟した男と女が揃わなければ子を成せないこと。
女が子を産むのは成熟していても命がけであり、未成熟だった己の母は出産で体を壊して死んでしまったこと。
「【天竜族】は男しか生まれない。 だから連中は多種族の女を連れてきて子を産ませるんだ。 でも【天竜族】の赤ん坊は母親の腹を食い破って産まれるんだよ。 だから女は産む時に全員死ぬ。
この『鳥籠』も、【天竜族】に捧げる女を囲うために作られたのさ。 リーセルブルユだけじゃない。 ラーレルカイトウに近い大半の町村が、【天竜族】からの襲撃を恐れて『鳥籠』に娼婦という名目で女を集めているんだ……」
ムザブの全身からどっと冷や汗が滲んだ。
わずかに震えながら、彼は千切れそうなくらいビーラの服を何度も引いた。
「そんなの! 何だよそんなの!? それじゃ姉さん達は生贄じゃねえかよ!」
「その通りさ。 あの子達は全員、犯されて孕まされて産まされて死ぬための生贄なのさ」
ビーラは屈み込んでムザブと目を合わせた。
彼女は底なしの暗闇のように真っ暗な目をしていたが、やがて、ぽろりと涙をこぼした。
「七年に一回。 『祭典』の日に【天竜族】がやって来るんだ。 勿論、抗った街も無い訳じゃない。 でもね、相手にならなかったんだよ。 連中は空を自在に飛べる。 こっちの剣も弓矢も届かないのにどうやって戦う?
……あたしのばあちゃんも両親も兄貴も、抗った所為で串刺しにされて殺された。 妹は連れて行かれて、それっきりだ……」
ムザブはビーラの服から手を離して駆けだした。
背後からビーラが驚いて呼び止める声がしたが、ムザブは無視した。
そのまま狂犬さながらにリーセルブルユの領主の館に喚きながら突っ込もうとして、驚いた門番達に押さえ込まれたのだ。
屈強な男達に押さえ込まれながらもムザブは暴れ、凄まじい金切り声を上げた。
「何の騒ぎだ!?」
驚いた領主が顔を見せると、ムザブは目を血走らせて吠えた。
「何で【天竜族】に刃向かわないんだ! 卑怯者! 腰抜け! その所為で『鳥籠』の姉さん達は――!」
門番は慌ててムザブの頭に袋をかぶせて何度も殴ったが、領主はそれを止めさせた。
ようやく袋から出されてから、彼は初めてバズムの顔をまともに見た。
ふてぶてしいクソガキの面構えは、鼻血を出していたこともあって真に狂犬じみた顔をしていた。
けれど眼光は鋭く威圧的で、曲がることはあっても折れない、強い精神を持っているようにも見える。
当然ながらと言うべきか、雰囲気は欠片も高貴では無いし、優美には派手に喧嘩を売っている。
けれどどうしてか人が周りに集まり、背中に付いて従っていく――そんな人相をしているのだ。
間違いない。
領主は舌を巻いた。
このクソガキは間違いなく、ガルヴァリナ帝国の支配者たる皇族の血を引いている。
「何者かと思えばムザブだったか」
「そうだ、クソガキのムザブ様だ!」
「付いてこい。 特別に貴様と話をしてやる」




