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逆雷戦記  作者: 2626


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狂犬

ガン=カタ皇子、夜に踊る――無気力な第十二皇子は影で悪と戦っています――【リメイク版】

https://ncode.syosetu.com/n7650lm/

の前日譚が始まりましたよー。

 狂犬は獅子にも噛みつくと言うが、ムザブドリックは皇帝に噛みついたことがある。




 ムザブドリック・フースス・ガルヴァリーノスは、世界に覇を唱えるガルヴァリナ帝国の【色欲帝(レチャリー)】の三十四番目の皇子として生まれた。

しかし彼の母メレは、その後宮に数百人以上抱えられていた皇后、皇妃、夫人や愛妾達の誰でも無かった。

身寄りの無い後宮の下働きの若い下女が、皇帝の『お口直し』に一晩だけ弄ばれた結果、生まれたのである。


 翌日から、メレは後宮の女人達から徹底的に虐待された。

すぐに右足を引きずって歩くようになり、その内に腹が大きく目立つようになり、次第に仕事の掃除や洗濯さえままならない有様になっていった。

働けなくなった彼女は、食べていくことすら覚束なくなったのだ。


 あまりにも不憫な彼女を哀れんだのが、ムザブドリックとは年の離れた異母兄となる第二皇子モルガドリック・コロソス・ガルヴァリーノスである。

この頃は、温厚で心の優しい青年であった。

「ここには残酷な者が大勢住んでいる。 私の母方の遠縁の者が辺境で領主をやっているから、そこに逃げると良い。 慎ましくならば暮らしていけるように手配しよう」

メレは震えながら泣いた。

恐らく彼女は後宮で働くようになってから、このように親切にされたことは全く無かったのだろう。

「お有難うございます、皇子殿下! もう平穏以外の何も望みません、私はこの子と二人で静かに生きていきたいのです!」

「ならば良し。 陛下や皇后陛下方には私から言い繕っておく。 もしも私を頼りたいことが起きたら、使いの者にこれを持たせなさい。 多少のことは融通もできようから」

そう言ってモルガドリックは木を削っただけの素朴な指輪を渡した。

有難うございます、と嗚咽と共に繰り返しながらメレは受け取って、しっかりと己の指に嵌めた。

それから彼女はすぐさま荷車に隠し乗せられて、後宮から脱出したのだった。




 彼女が帝都を出るか出ないかの時から、モルガドリックは手を打った。

メレのありもしない悪評を四方八方で吹聴させたのである。

「帝国城の外でしょっちゅう男と抱き合っていたそうだ」

「いや、帝都で密かに娼婦の真似事をしていたらしいぞ」

彼女の腹の中にいるのは皇帝の子供ではない可能性が高いから、これ以上は彼女を追跡する必要も無く、害意を向ける必要も無い。

己の母親を含む後宮の女人達に、次第にそう思わせていったのだった。




 さて、一週間後にはメレはリーセルブルユの田舎街に無事に到着した。

今でこそリーセルブルユは隣国ラーレルカイトウに対する重要な軍事基地となっているが、当時はひなびた田舎街であったそうだ。


 ただ一人、メレの事情を知っている領主は恐れていた。

皇族の血を強く引く者から、ごくごく希に【精霊(スピリット)】という不思議な存在を従える者が出る。

言い返せば、【精霊】を従えたが最後、その者は間違いなく皇族だと証明される。

もしもメレの産んだ子が【精霊】を従えていた場合、後宮の女人達はこの辺境まで容赦なく魔の手を伸ばすだろう。

最悪、己と己の一家にもその害が及ぶかも知れない、と。


 しかし、領主はメレを殺せなかった。

このリーセルブルユにおいて、女はとても――金塊よりも貴重だったのである。


 やがてメレは産気づき、男の赤ん坊を産んだ。

産声とは思えないような凄まじい大声で泣く子を、ムザブと彼女は名付けた。

ムザブ・フースサ。

本来ならば皇帝の血を引く皇子であるこの子は、このガルヴァリナ帝国の皇位継承権を所有する証としてムザブ『ドリック』と名付けるべきであった。

けれどもそれはあの残忍な後宮の女人達への宣戦布告であり、何より親切にしてくれたモルガドリック皇子への裏切りとなる。

故に彼女は我が子をムザブと名付けて、戸籍にもそのように記載されたのだった。




 メレとムザブの平和な日常は半年も続かなかった。

メレはあまりにも若かった。

成人の証である【固有魔法(カラー)】さえ使えなかったようだ。

そんな子供が子供を産んで、ましてや育てようとして無事で済むはずが無かった。

産後の肥立ちが悪く病死した、と記録にはある。

己の最期を悟ったメレは例の木の指輪を外し、紐に通してムザブの首にかけた。

「ムザブ……どうか、元気でね」

幼い我が子の手を握りしめ、そのまま彼女は息絶えたのだった。


 メレがリーセルブルユの墓地に葬られると、一人ぼっちになったムザブをどうするかという問題が持ち上がる。

領主は引き取ることを何よりも嫌がった。

この赤ん坊を殺すことも嫌だったが、関わるのはもっと嫌だったのだ。


 救貧院に棄てる方向で話がまとまりかけた時、手を挙げた者がいた。

リーセルブルユの娼婦達が暮らす『鳥籠』の女管理人のビーラだった。

「丁度、番犬が欲しかったんだ」

彼女がムザブを抱き上げると、ムザブは泣きもせずに円らな目でビーラを見た。

それから、んきゃあ、んきゃあ、と頑是なく笑った。

赤ん坊の笑い声が響くと、重苦しく辛気くさい空気が一変した。

ビーラさえもつられて笑い声を出す。

「こりゃあ賢い番犬になりそうだ! 領主様、どうせ棄てるならこの子を私らにおくれよ」

領主達はとても気まずそうな顔をしたが、断ることはしなかった。


 ムザブは母を亡くした彼を哀れんだ『鳥籠』の女達に育てられた。

早くも六才の頃にはリーセルブルユ一帯に名が轟く悪童になっていたようである。

リーセルブルユや近隣の悪童を取りまとめて、その頂点に君臨していたらしい。


 悪知恵があってずる賢い。

勘が良く罠は全て看破する。

喧嘩も強い。

卑怯を卑怯と思わない。

仲間や『家族』は大事にする。


 この頃から彼は未来の将軍たる才能を持っていたらしい。

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