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逆雷戦記  作者: 2626


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24/25

歓喜

 帝国軍が何故、ここまで徹底的に【天竜族】を滅ぼそうとしたのか、最大の理由がある。


 夜。

事前にラーレルカイトス近隣の偵察が行われた時、彼らは存在してはならぬ者を見つけてしまったのだ。


 【獄人】


 この世で最も忌み嫌われる、死した人骸に月光を浴びせ続けることで生まれてしまう化物が、無数に谷底で蠢いていたのである。

目撃した偵察兵達はすべからく嘔吐した。

吐きながら女子供のように泣いた者もいた。


 【獄人】になった者が出れば一族ごと没落し、忌避対象となることも帝国では起こりうる。

残虐な処刑よりも拷問よりも族滅よりも下手をすれば恐れられるほどに悍ましい存在なのだ。


 『【獄人】の魂は地獄に堕ちたと見なされ、未来永劫に救われることは決して無い』――帝国だけではない、この世界に存在する全ての国でそのような宗教的認識が存在しているはずだった。

少なくとも相手が人間か、最低で知性ある存在だと思っているのなら、どれ程の罪を犯した犯罪者であろうと通常は【獄人】に堕とすことだけはしない。


 手段は何であれ、死後はなるべく速やかに遺骸を埋葬する。

それが人の尊厳の最後の守壁であったから。


 ――しかし。

その化物達は、かつて全員が人間の女であったと思しき姿であった。




 全ての戦場の処理が終わった後。

生き残っていた僅かな女達を連れ、【天馬】達に別れを告げてムザブ達は前線基地に帰還した。

が、間もなく要塞だと言うのに、到着することはなかなか出来なかった。

『帝国軍が【天竜族】と戦いに行った』との噂を聞きつけた、ラーレルカイトウの国境沿いの大半の平民が九割九分以上の恐怖と一筋の希望のために、リーセルブルユの前線基地の周辺に大勢集まっていたのだ。

その彼らが『勝利』の報告を聞いて狂喜せんばかりに湧きあがり、つわもの達を一目見ようと道中に押し寄せていたのである。

若い女や娘を家族に持つ者に至っては、声を上げて泣きながら手を振っていた。


 「ああ、疲れた……」

押し寄せる一方の人波を必死にかき分けさせたが、予定よりかなり遅れてしまった。

それでもどうにか要塞に到着して中に入ることができた。

軍議室で椅子に腰かけて服を緩めて、ようやく一息ついたモルガだったが、早くもムザブの姿が見えないことに気付いた。

「おや? 愚弟は何処だい?」

アウルガは首を左右に振った。

呆れと諦めが大半だが、若干笑っている顔をしていた。

「今しがた、ウルガンドが血相を変えて追いかけて行きました。 育ての親か、リーセルブルユの領主のところでしょう」




 「おっさん。 おい! おい!」

返事はない。

リーセルブルユの領主コルドーウは寝台の中にいた。

雨に打たれながら断食しての連日連夜の戦勝祈願が祟って、一昨日の夜に倒れたのだと家族は泣いていた。

「……」

医者によれば、もう長くは持たないという。

「おい! これでもかと勝ってやったぞ! 勝ったんだぞ! おい!」

――勝ったのか。

コルドーウはもう動けなかったし呼吸も苦しかったが、意識だけはあった。


 やっと、勝ってくれたのか。

この悪童は、彼らが諦めていた他の道をその足で歩いて見せたのだ。

小童が【精霊】を従えるか否かという己の目論見は大失敗したが、賭けには大勝ちしたのだ。

じわりじわりと安堵が広がると共に彼の体中から力が抜けて、あっと言う間に気が遠くなっていく。

けれど。

もう何も心残りは――。


 ほんの少し、コルドーウは唇の端を吊り上げて笑うと、一筋の涙をこぼした。


 「だ、旦那様!」

「父上!」

夫人や家族が縋り付いた時、その笑顔のままコルドーウは息絶えた。

「……最期まで、卑怯者をやりやがって……」

ムザブは小声で呟き、家族の別れを邪魔しないよう静かに立ち去った。




 ビーラは衰弱している生き残りの女達の看護をしていたが、ムザブが来るとその足元に額づいて声の限りに泣き出した。

「もう泣いても良いんだ! あたしが泣いても許されるんだ! うわああああーっ!!!」

「泣くより笑った方がいいぜ、おふくろ」

ムザブは彼女を抱き起こしながら、ニヤリと【悪童】の笑みを浮かべてやる。

「うるさい、うるさい、ムザブ坊、うるさい!」

文句を言いながら泣いていたら、ビーラは突然、可笑しくなった。

可笑しいくらいにどうでも良くなってしまったのだ。


 泣いても、笑っても、文句を言っても、怒っても、もう大丈夫だ。

全部、ムザブ坊が大丈夫にしてくれたのだから!


 今なら死んでも構わない、とさえビーラは思った。

この晴れやかな気分のまま死ねるなら、死んでも笑っていられるに違いない。

しかしムザブは少し恥ずかしそうな顔をして、

「おふくろ、一緒に帝都に来ないか? 『鳥籠』も管理人ももう必要ねえだろう?」

「何だい。 皇子殿下、あたしを養ってくれるのかい?」

「いや、この女達も連れて行こうと思って」とムザブは寝ている女達を見渡して、「……どうせ、このリーセルブルユじゃ五体満足で働けないと生きていけないだろ?」

ビーラはムザブの胸をドン!と乱暴に拳で叩いた。

何度も強く叩いたけれどムザブが微動だにしなかったので、ちっぽけだったあの少年が立派な青年に成長したことをあらためて彼女は実感したのだった。

「はははっ! 甘ったれのムザブ坊も随分と偉くなったねえ!」

「そりゃそうさ。 これでも俺は皇子のムザブ様なんだぞ!」

涙を拭ってから、ビーラはムザブを優しく抱きしめた。

「あたしはこのリーセルブルユで生きていく。 何、心配しなくて良い、あの碑石の管理人になるだけさ。 それがあたしなりのケジメだからね。 ムザブ坊は好きにおやり。 いつだって応援しているからね」

ムザブは軽く舌打ちした。

けれども、思っていたよりずっと小さくなってしまったビーラの体を抱きしめて、頷いた。

「仕方ねえなあ。 おふくろ、じゃあな。 元気でやれよ!」

「そう簡単にくたばるあたしじゃないさ! じゃあね!」


 憎まれ口を叩きあう二人の様子を戸口越しに伺いながら、思わずウルガンドも微笑んでいる。




 彼らが駐屯している旧ラーレルカイトウ前線基地――今となってはラーレルカイトウ国境近くに位置する、重要な軍事基地の一つとなった――へ、帝国城から火急の使者が駆け込んできたのは、その夜更けのことである。

「ルシアテ様が身罷られました!」

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