如火
【天馬】の空からの護衛もあったが、何より【天竜族】が油断しきっていたことが幸いした。
雨雲が重く立ち込め、遠くから雷鳴が近づく中。
ラーレルカイトスに接近する先鋒の中にムザブはいた。
大きな台地の突端にラーレルカイトスは位置していており、その背は深い谷に接している。
台地の半分以上は耕作地になっていて、飢餓状態なまでに痩せた女達が粗末な木製の農具で耕していた。
【天馬】への指示の仲介役を任されているムザブは、先鋒を率いるアウルガからの指令をすぐさま全軍に伝える。
『作戦通り、雨と共に打って出る!』
――果たして、天が味方したか。
数分後に雨が降り始めた。
最初は木の葉を優しく湿らすような細い雨だったが、やがて視界がけぶるほどの冷たい大雨となる。
アウルガの号令に呼応して、真っ先に突撃したのは誰だったか。
畑から痩せた女達が驚いた顔でよたよたと逃げ出すが、すぐに追いつかれた。
「我らはガルヴァリナ帝国軍である! 大人しくせよ!」
進撃の邪魔にならぬよう、数名の武官が彼女達をいったん取り押さえたのだが、彼女達の様子がおかしかったので、目を凝らして確認した時――彼らは絶句した。
「あ、あ……!」
「……まさか」
「助けに、きてくれたの――?」
彼女達は両足の親指を切られていた。
城門とも呼べないような粗末な門を駆け抜けて中に入ると、そこは帝都の貧民街に酷似した場所だった。
建物に統一性が無い。
不衛生で、あばら家が点在し、あるいは不規則に集合しつつ奥へと続いている。
貧民街にさえ存在する『生活の痕跡』が――己が力で生きていく上では不可欠のはずの人の営みの様子が何も無かった。
あったのは略奪の結果の饗宴と支配だけ。
そのあばら家から、まるで住処が火事に遭った鼠のように何十人もの【天竜族】が驚いた顔をして出てきた。
「何だ! 誰だ! 何で来やがった!?」
返答としてムザブは矢を番えるなり、手前にいた【天竜族】を『逆鱗』ごと射貫いたのだった。
「うわあっ!!!」
「帝国が攻めてきやがったぞ!!!」
「人間の分際で――!」
【天竜族】の何人かがすぐさま空を飛んだが、そこに上空から突貫してきたのは【天馬】達の群れである。
強靭な蹄で蹴られ、体当たりされて地面に落下したところに帝国軍が襲い掛かる。
それでも強靭な体を持つ【天竜族】は激しく抵抗した。
瞬く間に辺りは激戦地となった。
勝敗を最大に分けたのは、兵数と装備の差であった。
帝国軍は大軍であり、かつ最新鋭の武装が総員に配備されていた。
対して幾ら強靭だろうと【天竜族】は生身であったのだ。
更に帝国は【天馬】にもその装備を可能な限りに分けて、飛空の邪魔にならぬ限りは装備させているという念の入れようであった。
一人倒され、また一人倒されて、瞬く間に【天竜族】は数を減らしていく。
空を飛んで逃げようとしても、【天馬】がしつこく追いかけて許さない。
【精霊パペティアー】から魔力を供給されている今なら、前回のように激戦が長引いたとしても【天馬】は戦い続けられる。
更に、降りしきる雨が体を急激に冷やし、飛んでいる最中に落下死する【天竜族】が続出した。
ラーレルカイトスにいた最後の【天竜族】の首が落ちた時、雷鳴と激しい雨が止んだ。
黒い雲の合間から一筋の光が差し染めて、静かに血まみれの戦場を照らしたのだった。




