生存
「我ら武官はただ死ぬために戦うのではありません。 ましてや自滅願望を持った指揮官のために誰が戦いましょうか。 生きるのです。 たとえ泥にまみれ汚水をすすり傷つき飢えて苦しんでも、最後には生きて勝つ。 そのための作戦を我らは考え、我らが実行するのです。 その覚悟無き者に武官は務まりませぬ。 決して指揮官は務まりませぬ。 さては殿下は軍略と武力を持っていれば武官だとお思いだったか。 ……見損ないましたぞ」
言うなりアウルガは剣を抜き、ムザブの胸元にその切っ先を突き付けたのだった。
「副将軍! 流石にそれは! なりませぬ!」
対抗して剣を抜こうとしたウルガンドをムザブの手が止めた。
「……なあ」
ムザブは彼らしくもない、酷く弱々しい声を出す。
「だったらさ、俺はどうすりゃ良かったんだ……?」
「私達、武官の務めは戦うことです。 今ある命のために」
今ある命――。
我知らず、ムザブは目を大きく見開いていた。
懐かしい『鳥籠』から出てきた、随分と老いて小さくなったビーラの背後にいた。
『あの時』のように。
無力ゆえにただ泣きじゃくるしか許されなかった生贄の女達が、何人もいたのだ。
ムザブは『あの時』は、己の魂に徹底的に刻み込んだ。
それしか出来なかったからだ。
だが、『あの時』とは今は決定的に違っている。
大人になった。
戦う力も手に入れた。
勝つための戦略を、徹底的に練り上げてきた。
ああ、俺は愚かだ。
所詮は【狂犬】でしか無かった!
絶対的に勝つ戦いで負けることを前提に考えていたのだ。
『敗北主義者』など、人に噛みついた犬のように斬り殺されて当然だ!
「おいおい、戦う前に同士討ちとか勘弁してくれよ」
ムザブは獰猛に笑って、爪先でアウルガの剣を弾いた。
「ああ、俺は戦ってやる。 生きてやる。 勝ってやるとも!」
そのままムザブは飯を食いに行くと言って、ウルガンドを連れて軍議室を出て行った。
ムザブの気配がしなくなってから、静かにモルガが顔を出してアウルガを呼んだ。
「愚弟が……迷惑をかけたようだな。 済まなかった」
「殿下、私こそ不敬な真似を致しました。 如何なる処分もお受けします」
相変わらずだが、その強さと同じくらいに生真面目な男だ。
なかなか良い臣下がいてくれて良かった、とモルガは穏やかに微笑む。
異母弟の様子が最近、どうにもおかしいことは気付いていた。
けれど武官ではない彼は、武官として異母弟を激励する言葉を持っていなかったのだ。
「処分と言うなら、勝ってきてくれ。 それで良しとしようじゃないか」
アウルガがしかと承ったのを見、更に周りに人がいないことを確認してから、モルガは告げた。
先ほどまでの微笑みをことごとく失った、悲壮な顔をしていた。
「……その。 悟ってはいるだろうが、戻れば私はとうとう処分されるだろう。 この戦いが終わった後になるが、急いで、愚弟が決して私に連座されないようにしなければならない……」
アウルガは目を閉じる。
「恐れながら。 ……皇籍を離れさせ申し上げた方がご安全かと」
今のムザブならば十分に上級武官としてやっていける。
彼には紛れもなく天与の戦才があるのだ。
逆にこのまま――後ろ盾が弱いのに、下手に皇族の地位に据えておけば、逆に血みどろの陰謀に巻き込まれかねない。
後宮の女人達にムザブの母メレが虐待された以上の悲劇さえ、簡単に起こりうる可能性が高いのだ。
モルガもそれを察して、泣きそうな顔をして頷いた。
もしも、後ろ盾である己がもう少ししっかりしていれば。
あるいは、父や兄に逆らってでも帝位をもぎ取る覚悟があれば。
しかし現実としてモルガは気が弱くて、それと同じくらいに優しい男であった。
「うむ。 それが何よりかも知れぬな……」
明後日からラーレルカイトス付近に雨雲が広がるとの情報を得て、総大将のモルガ率いる帝国軍と【天馬】達はリーセルブルユの前線基地を出撃した。
この時、モルガは何も知らない。
彼の敵はラーレルカイトウだけではなく、己の背後にも存在していたことを。
そして。
その背後の敵の存在こそが――将来のモルガの魂と運命を完全に破壊せしめてしまうことを。




