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逆雷戦記  作者: 2626


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21/25

作戦

 出来たばかりの要塞の中でモルガは携帯椅子に腰を下ろした。

隣に並ぶのは【天馬】の長サルウス。

彼の目の前にはずらりと勢ぞろいした参謀や隊長達。

今も要塞には後詰の帝国軍が集結しつつあり、上空では【天馬】達が交代で見張っている。




 「地上部隊は我ら帝国軍が担い、空上部隊は【天馬】が担う。 目標はラーレルカイトウが都にして最大の集落ラーレルカイトスの陥落。 詳細は我が弟ムザブが説明する」

総大将のモルガが口火を切って話し出し、まずはムザブを紹介した。

そのムザブの異変には、真っ先にアウルガが気付いた。

常に【狂犬】そのものの雰囲気だったのに、今はまるで獲物を前にした優秀な【猟犬(ハウンド)】だ。


 各員に資料を配って見るように命じてから、ムザブは話し始めた。

「最初に【天竜族】の生態について説明する。 連中は寒さに極端に弱い。 寒い時期には動きが極端に鈍る。 体が冷えることを最も恐れるので、雨の時は出歩かず、流れの激しい川を泳ぐこともしない。 だが、その代わりに連中の体力は人間の数倍はある。 何より、自由に空を飛ぶ。 ――ここまでの説明で質問はあるか?」

「はっ」と手を挙げたのはウルガンドの父である。「これからの時期、ラーレルカイトウは気温が上昇すると聞いております。 対策は?」

「雨だ。 この前、ノーフォーレザでも大雨が降って災害となっただろう。 あれから気象予報に関係する【固有魔法】を持つ者数名で調査させていたが、今年はラーレルカイトウの地でも雨が多いと報告を受けた。 にわか雨ではない。 ノーフォーレザの災害に匹敵する大雨が明後日から続くと」

サルウスが呟いた。

「……雨の中を飛ぶのはあまり好きでは無いが、致し方あるまい」

「協力感謝する」

ムザブは軽く一礼してから、説明を続ける。

「次。 【天竜族】の軍備についてだ。 【公平帝】の御代の帝国軍の標準装備が【天竜族】の最新にして最高の装備だ」

どよめきが起きた。

帝国軍にとっては、旧式の旧式も良いところの軍装だったからである。

「【天竜族】は独自に軍備を整えてはいないのですか?」

訊ねたのは比較的に若い年齢の隊長であった。

ムザブは首を横に振った。

「【天竜族】には何かを自らの手で生産するという概念が無い。 王もいなければ戸籍も無い。 農業も、商業も、一切の産業を持たない。 学問、芸術、信仰も無い。 常に帝国から物資や女を略奪することで生きてきた。 食料のみ最低限は自給しているが、その生産は国境に近しい土地から『生贄』として拉致された女が死ぬまで担わされているのだ」


 ――蛮族どころではない、と誰もが思った。

それは『国』ではなく、強盗団とほぼ変わらぬではないか。

しかもその強盗団は悪質なことに全員が空を飛べるのだ。

そんな国もどきを――数百年も帝国が増長させ、甘やかした結果が『今』なのだ。


 リーセルブルユの前線基地にはひっきりなしに国境に近い土地に暮らす平民達がやって来て、食料だったり衣類だったり金品だったりを拝むようにして彼らに渡そうとする。

『これを食べて、どうか勝ってくれ』

『わたし達を助けておくれ』

『少しでもお役に立てるなら』

そこまで彼らが献身的な理由をやっと察した誰かが、思わず呻いた。


 「【天竜族】の総数は千強、その九割以上がラーレルカイトスに居住している。 よって雨を待って接近し、徹底的にラーレルカイトスを叩く。 ラーレルカイトウ及びラーレルカイトスの地理的情報についてだが――」


 軍議は夜まで続いた。




 「「殿下」」

偶然、アウルガとウルガンドは同時にムザブを呼んでいた。

お互いの顔を見合わせてから、一瞬の気まずい雰囲気が流れる。

長い軍議の後、ムザブは配った資料を回収していたところだったが、振り返って二人を不審そうに見やった。

「何だ、二人揃って」

武官の命令系統を理解しているので、ウルガンドはアウルガに譲った。

「お先にどうぞ」

アウルガは短く礼を言って、ムザブと真正面から向き合って言葉を述べた。

「『ムザブドリック殿下』、如何されたのですか。 まるで今の殿下は、死ぬお覚悟ができているかのようです」


 そうなのだ。

二人が知る限り、いつだってムザブは心の何処かで戦いを楽しんでいた。

何処かひょうひょうとしていて、戦いを楽しむ余裕を持っていた。

それがムザブの大きな強みの一つでもあったのだ。

だが、今の彼はまるで【天竜族】と刺し違える覚悟のようで――。


 「死ぬかも知れないな」

あっさりとムザブは認めたのでウルガンドは珍しく激高し、アウルガを押しのけてムザブの胸倉を掴んだ。

「おい! 前線基地(ここ)に来てまでふざけているのか!」

ムザブは冷静だった。

いつもならウルガンドと喧嘩する時だって【狂犬】のごとく暴れるのに、どうしてか無抵抗だった。

「俺はこのリーセルブルユで『生贄』の女達に育てられた。 その女達が【天竜族】に連れていかれるのを、むざむざと指を咥えて見つめていた。 それが二度あった。

もしも三度目があったら、俺は彼女達の名が刻まれた碑石の前で自害するしかない」


 絶望。

あるいは、その魂に深く刻まれた無力感と苦痛。


 「なっ……」

ようやくウルガンドはムザブの心の中に気付いた。


 【狂犬】が誰に対しても吠えるのは、『その時』に吠えることが許されなかったからだ。

何にでも牙を剥いて噛みつくのは、そうしなければ『その時』の怒りと苦痛を忘れてしまうと恐れているからだ。


 ここにいるのは帝都で大事に育てられた立派な皇族の青年でも、将来有望な若き武官でもない。

幼い時に一生涯消えない悲しみを自ら背負った、傷跡だらけの孤独な犬だ。


 「ならばこの場にて直ちに果てられませ。 僭越ながら介錯は私が務めましょう」


 ――こっちも何を言っているのだ!?

思わずムザブの胸倉から手を放し、ウルガンドは絶句したままアウルガを見つめた。

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