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逆雷戦記  作者: 2626


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20/25

口実

 『鳥籠』から女達が生贄に捧げられる『祭典』の日まで、残り半年を切った。


 モルガはすかさず寵姫やその一族に巧妙に働きかけて、寵姫の一族で反乱軍に賛同した者達の罰を軽減する代わりに、皇帝や皇太子の耳に『ラーレルカイトウは美女を拉致する』と吹き込んで貰ったのだった。

「陛下、恐ろしゅうございます」

「皇太子殿下、【天竜族】は女を拉致し、子を産ませる時に殺すとか」

「我ら後宮の女人をも所望しているという噂もございまする」


 たったそれだけで、皇帝も皇太子も『ラーレルカイトウ征伐すべし』『摂政出るべし』と言い出したのだった。




 その一方、モルガは愛する妻ルシアテだけに、今生の別れを告げていた。

「私は、どうやら目立ちすぎたようだ……」

彼はこのラーレルカイトウ征伐が終わった後で、必ず皇帝達によって処刑されるだろう。

皇帝も皇太子も無能だ。

無能なら大人しく飾り物になっていれば良かったのに、変に出しゃばって事態を悪化させることだけは得意なのだ。

しかも周りには邪欲まみれの愚か者ばかりを侍らせて。


 摂政モルガが霊峰クォルタス一帯の反乱の鎮圧に成功してしまった上に、ラーレルカイトウ征伐まで完遂したとなれば、今度こそ寵姫達はこぞって彼を蹴落とそうと画策する。

後宮の女人達は、そういう悪女達がほとんどなのだ。

頼みだったモルガの母の皇后は最近になって体調を崩しているし、しっかりしているとは言え、妹のシロナサはノナレアデヴェにいて、もはや気安く頼れはしない……。


 「ルシアテ。 出陣の前までにはネロキーア公家の姫を、ケンの婚約者に据えておく。 私にもしものことがあっても、君達があのネロキーア公家を頼れるように……」

彼女を抱きしめてその髪を愛おしんで撫でながら、出陣前にモルガはそのように告げた。

愛する夫を強く抱きしめ返しながら、ルシアテは囁いた。

「ねえ、貴方。 貴方と夫婦になれて、ケンを授かって、本当に幸せでしたわ。 けれどこれだけは約束して下さいな。 ――最後まで生きることを諦めない、と」

ああ、この(ひと)を愛して良かった。

モルガは涙をこぼす。


 確かに、彼女はもう若くも美しくもない。

けれどその魂は誰よりも美しくて清らかなのだ。


 「うん。 ……うん。 私には【パペティアー】もムザブもいる。 幼いケンも、何より君もいるのだ。 分かっているとも。 そう簡単には死んでやるものか!」




 先遣隊としてムザブを司令官(※名目上の)に据えた部隊が帝都を発った。

その部隊の中にはウルガンドもいた。

「【狂犬】が暴れた時に抑えられるのは僕くらいだろう」と自ら志願したのだ。


 行軍中のムザブは奇妙なくらいに大人しかった。

彼にとっての宿敵との戦いが迫ったために緊張しているのでは無さそうだった。

それにしては徹底して冷静で、浮ついておらず――さながら、完全な勝利のための盤上を構築している最中の戦略家と言った様子だった。




 リーセルブルユに到着すると、まずムザブは領主コルドーウを呼び出した。

領主は一瞬、彼こそが悪童だったムザブだとは分からなかった。

「おい、コルドーウのおっさん。 俺様が来たぜ、戦いに」

懐かしい憎まれ口を叩かれて、やっと彼だと気付いたのだった。

「……」

どうしてだろう、かつてあれほど怒鳴りつけて虐げた小童相手なのに。

今となってはコルドーウの喉で声がつかえて、言葉が出なかった。

涙をこらえて何度も頷くので精一杯だった。

「……私の娘も、『鳥籠』に……!」


 必ず助けてくれると信じていた。

けれどこの数年間、ずっと、ずっと怖かったのだ。

もしも忘れられたら。

もしも見捨てられたら。

もしもこのままの状態が続いていたら。

愛する娘まで生贄に差し出しながら、おめおめと彼は生きていかねばならない。


 「泣くのは勝った後だ、おっさん」

ムザブはコルドーウの頬を何度か軽く叩き、その潤んだ目に【悪童】の図々しい笑みを映してやった。

「良いか、勝つぞ。 全員でだ!」

コルドーウは涙を拭った。

そうだ、もはや悠長に泣いている時間は無い!

全部が片付いてからで良いのだ。

こうやってぐずぐずと泣くのは!

彼は己に出来ることを全て行った上で、絶食し徹夜して神々へ戦勝祈願の祈りを捧げようと決意した。

「分かった、『小僧』。 まずはビーラに会ってやってくれ。 管理人の彼女こそ、誰よりも【天竜族】の情報を持っている」

「おう!」




 ビーラは帝国軍がリーセルブルユに来るという噂を耳にして、まさかと思った。

あの子が?

あの子が帰ってきてくれたのか?

けれど彼女は帝国軍の到着するところを見に行けなかった。

たまたま『鳥籠』の女で脱走しようとした者がいて、その者を抱きしめて説得していたからである。

「でも、でも! 私、死にたくない! 死にたくない! 怖い! 怖いんです!」

彼女は怖がって泣いていた。

周りの女も全員が震えて泣いていたが、ビーラだけは泣けなかった。

管理人として何人も『生贄』を捧げてきた己は、既に涙を流す資格を失っていると理解していたから。

女が泣き疲れて大人しくなるまで抱きしめていると、『鳥籠』の番犬が激しく吠えた。

誰だろう。

また脱走者か?

それとも訪問者だろうか……?


 ビーラが外に出ると、思っていた以上に明るい日差しに一瞬だけ目がくらんだ。

目がしっかりと見えるようになった時、ビーラは瞠目した。

「よう、おふくろ。 思ったより元気そうで良かったぜ」

けたたましく吠え立てる番犬を蹴って追い払おうとする青年。

間違いない!

【悪童】のムザブが立っていたのである。




 リーセルブルユだけでなく近隣一帯の人出をかき集めて、全速力で対ラーレルカイトウの前線基地は構築された。

日々の仕事を放り出し、誰もが日夜を通して死に物狂いで働いた。

老人も、女子供でさえも泥まみれになって構築を手伝い、体の弱い者は炊き出しを行う。

結果として、一週間程度で前線基地は実戦に耐えうる姿となった。


 並行して、ムザブ達は【天竜族】の最新の情報を集めている。

もっとも、こちらの情報収集と精査の方はあまり目ぼしい成果が上がらなかった。

【天竜族】は女達が生贄に捧げられるようになってからは、全く変わらぬ怠惰な生活を続けていたのだから。




 要塞が完成したのを見計らったかのように、モルガ率いる本隊が到着した。

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