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逆雷戦記  作者: 2626


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14/25

都合

 暴動が鎮圧された後も、モルガは苦慮していた。

帝都に連行された暴動の首謀者達を何とかして助命したかったのである。


 そもそも元を正せば、狂ったような関税の引き上げに加え、『元』太守のあまりにも愚かな対応が原因なのだ。

暴動を起こし主導することは確かに大罪ではあるが、帝国と皇族に対して意図的で明確な目的を持った反乱でない限りは、鞭打ちと財産没収辺りが妥当である。


 どうにかその関税も四割にまで下げることには成功した。

だが、政治には興味を持たない癖に、余計な時に口を挟むことだけは一人前の父帝も兄皇太子も『首謀者は即刻死刑!』の一辺倒。

おまけに身内であるノナレアデヴェの『元』太守の大失態を庇いたい寵姫が、有象無象(あることないこと)を父帝に吹き込んで――【獄人(ヘルリアン)】という、この世界で最も忌まれる存在に首謀者達を貶めようとしているのだ。


 「せめて鞭打ちと財産没収で済むように……ならないものか」

色々と手を尽くし、もう引き延ばせる限界まで死刑の執行を引き延ばしてきたが、もうどうにもならない。

モルガがせめて人倫を完膚なきまで毀損する【獄人】だけは止めさせねばと、泣く泣く覚悟を決めた時だった。

「兄貴、ただ今!」

腹を壊して帰還が遅れると聞いて、内々で心配していた異母弟が、ひょっこりと【太陰殿】に顔を出したのは。


 「よく帰ってきた、ムザブ! 体はもう良いのか?」

モルガは勢いよく椅子から立ち上がった。

途端にムザブが居たたまれなさそうな顔をしたので、彼は不思議に思ったのだが……。

「あー……うん。 そうだな、すっかり元気になった! この通りにな! その、兄貴、それで……」

いつもはっきりと感情や考えを外に出すムザブが、態度と言葉に困っている?

「どうしたのだ? 済まないが、実はノナレアデヴェの暴動の後始末で忙しいのだ。 助命がどうにもならなくて――」

ここでムザブは信じられないくらいの大声を出した。

【太陰殿】で働く者達全員によく聞こえるように。

「それなんだが……兄貴!

実はノナレアデヴェの暴動の首謀者は平民じゃなかった! 暴動の首謀者は何と海賊だったんだ!」

そんな馬鹿なことがあるか。

暴動のいきさつをねつ造するのと同じでは無いか。

思わずそう言いかけたモルガだったが、ハッと気付く。

そうだ!

その手があった!

「まさかムザブ、その海賊を帝都へ連れてきたのか――!?」

何もかもが合点が行った。

周りの武官文官も、全員が呆気にとられた顔をしている。

一斉に、場違いにも笑い出したのは先日に暴動を鎮圧したあの司令官達だ。

やられた!

彼らともあろう者がこんな小僧に出し抜かれてしまったのだ。

されど、痛快の極みなり!

ムザブは珍しくかしこまった顔をして言う。

「ああ、親玉の身柄を帝都まで引きずってきたぜ。 兄貴、後は頼んだ!」




 レドレア達は牢屋から連れ出された時には覚悟を決めていたのだが、何度か鞭打ちされ、財産没収をされることを告げられた後には自由の身になった。

おまけに、ムザブから『あの時約束した金一封だ』と路銀まで持たされたので唖然とした。


 彼らが、不在の間にノナレアデヴェで何が起きたのか知るのは数日後のことになる。




 「陛下の横暴に耐えられて、有能で、変な野心が無くて、かつ寵姫の方々にも煩わされない太守が必要だ」

モルガ達は『元』太守の大失態を不問とする代わりに、新たな太守の任命権をもぎ取ってきた。


 新たな太守の人選に最後に残ったのがモルガの同母妹、ムザブからすれば異母姉にあたるシロナサ皇女であった。

皇女シロナサ。

後に【暁星(ヴィーナス)】と呼ばれる希代の女傑となるが、この時は皇后が誰よりも可愛がっている美しい皇女である。


 ムザブは優しくて甘やかしてくれるモルガやルシアテは大好きだったが、同じくらいにシロナサは苦手だった。

彼女はその美しい外見に比例するくらいに、礼儀やしきたりに対して厳格な女性だったのである。

「ムザブ、食事の時に背中を丸めるなと何度言えば分かるのかしら?」

「ほんの少しだけだって。 飯の時間にあんまり煩く言うなよ!」

そう、と呟いて、『ほんの少しだけ』顔をしかめたかと思ったら。

シロナサは女官に命じて金属製の物差しを持ってこさせると、容赦なくムザブの首から背中に突っ込んだ。

それ以来、ムザブはシロナサと会うと態度がギクシャクとなって無自覚に緊張するのである。




 「おじうえ! おかえりなしゃいませ!」

【胡蝶宮】に帰ると、甥っ子ケンドリックがそのシロナサに抱かれて出迎えた。

悪戯するケンドリック相手にムザブが『があー! 悪い子は食っちまうぞー!』とからかって、それにケンドリックがキャイキャイと喜ぶのがいつものやり取りなのだが、今はシロナサがいる。

シロナサの前でそんなことをすれば、待ち受けるのは冷たい物差しだ。


 ムザブは澄まし顔で、

「ただ今帰投いたしました。 これはシロナサ様ではありませんか。 如何様な御用があって【胡蝶宮】に?」

念入りなことに、シロナサは女官に物差しを持たせていた。

「ムザブドリック。 貴方、【天馬】について調べているそうね?」

「はっ、仰る通りにてございまする」

「わたくしが今、【帝国技術省インペリアル・イエロー】の長官の務めを任されていることを理解しているものとして話すわ。

貴方、【地霊族(ドワーフ)】は存じていて?」

眠くなったのだろう、ぐずり出すケンドリックを別の女官が連れて行った。

可愛い甥っ子がいなくなってしまい、ついに何処にも逃げ場が無くなったムザブは冷や汗をかき始めた。

「ええ、鍛冶と工芸の神セイニースの祝福を授かった種族だと。 ハロナアル鉱山地帯にドワーフの里があり、そこで帝国の庇護下の元に生活していると聞いたことがあります」

「そう、彼らは人付き合いが苦手な代わり、何を作らせても最高級のものばかり生み出すのよ。 では貴方、【寛徳帝(クレメンシー)】の御代にドワーフの里が帝国の領土となった時、人質として【地霊族】から帝国城に預けられた幼い子がいたことは……存じているかしら?」

……知らない。

【寛徳帝】の時代の人間なんて全員亡くなっているからだ。

そしてムザブの勘が激しく警告している。

ここで嘘をつくとあの冷たい物差しが待っている、と!

「い、いいえ……」

「彼の名はドロゴー。 【帝国技術省】の相談役の翁よ」

どういう意味だ!?

何故生きているんだ。

ムザブが目を見張った時、シロナサは優雅に笑い出した。

「無理も無いわ、【地霊族】は人前に出てくる暇があれば何かを創り生み出しているもの。 けれど彼らの寿命は人の倍以上はゆうにあるのよ。 翁ならば【天馬】について知っているかも知れないわ」




 「……ああ、【天馬】か。 そりゃ、知ってるよ」

そのずんぐりむっくりの禿頭の老爺ドロゴーは眼鏡を指先で押しあげながら、ゆっくりと言葉を続ける。

「遡ること遥か昔、【七義帝】の最初の帝、かの【謙譲帝(モデスティー)】の時代。 居場所を失った【天馬】達は、流浪の旅の末にこの帝国に亡命してきたんだそうだ」

ドロゴーは話しながらも、魔法技術の文献を読んでいる。

あまり真剣に話すつもりは無さそうだった。

これは退屈な話になりそうだと察知したムザブは、壁に寄り掛かった。

「だったら、どうして何の書物にもそのことが書かれていなかったんだ?」

「【天馬】が住処に選んだ場所が、問題だったのさ」

あまり興味の無さそうな顔をしてドロゴーはムザブを見上げる。

「クォルタスって言えば……分かるよな?」


 霊峰クォルタス。

雲を凌ぐ(いただき)に雪冠を載せた霊山である。

かつて神々の一人が犯した罪を贖うためにこの世界で人に宿った後、神々の世界である月に還る時に登って行ったという伝説を持つ。

その雄大で堂々とした姿に憧れ、我こそ踏破せんと試みた者もいないでは無いが、これまで生きて下山できた者は一人もいないらしい。


 ムザブが黙り込んだので、ドロゴーは変わらぬ無関心な態度でぽつりと呟いた。

「【天馬】は自由に空を翔ける。 おまけに下手な貴族より気位が高い。 人間並みに頭も良い。 たとえ亡命したとしても、帝国と人間の言いなりになるなんて絶対に嫌だったんだろうな。

……本当に、【地霊族】とは大違いだ」

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