海賊
ムザブは比較的に危険の少ない海上輸送部隊として出陣した。
これが彼の初陣となる。
海上輸送作戦そのものは上手くいった。
何せノナレアデヴェの平民達は交易船や漁船は持っていても、軍船は持っていないのだから。
「救援、感謝致します」
副都城の臨時司令官、三等武官アウルガ・ゼーザとムザブは初めて出会った。
この三年と少しでムザブも背が高く伸びてきたが、このアウルガには負けている。
大型の肉食獣に似た俊敏さと優美さを持つ、大層な美丈夫であった。
急ぎ水や物資が城に運び込まれるのを横目で見ながら、ムザブはアウルガに声をかけた。
「どうして暴徒を鎮圧しなかったんだ?」
出来たはずである。
見たところ副都城の武官に負傷者はいないし、相手は平民ばかり。
軍船を出して威嚇するなり、いっそ実力行使に訴えるなりすれば良かったのである。
「……何分、寡兵でしたので」
嘘だ。
ムザブの勘が鋭く告げた。
「もしかして、アンタもレドレアの爺さんと知り合いなのか」
「!」
虚を突かれた顔でアウルガはムザブを見つめる。
アタリだ。
ムザブはすかさず囁く。
「なあ、向こうで少し話さないか?」
「俺達帝国軍が撤収したら、海賊が来るぜ」
数日前のレドレアのように、アウルガも驚かなかった。
「どうして……そのように殿下は思われたのですか?」
尻が痒くなったムザブは睨みつける。
「殿下と『様』は二度と使うな、命令だ! 重石を括り付けて海に突き落とすぞ!」
少しだけのため息。
「……承知。 では、ムザブも何故海賊を視野に?」
「おおよそはアウルガの考えと同じだ。 だから副都城に引きこもっていたんだろ? 話してみろよ」
完全に観念した顔をして、アウルガは口を開いた。
「暴徒と言っても平民です。 帝国軍が来るならば大人しくならざるを得ません。 帝国軍には私の知己が大勢います。 彼らが積極的に平民を殺傷しないだろうことも分かっていました。
ですが、このノナレアデヴェ近海の海賊は世界屈指で凶悪凶暴。 私達が厳重に見張っていなければ、行き交う商船や近くの港町が何度も襲われるのです。 幸い、今までは滅多にノナレアデヴェそのものが襲われることはありませんでしたが……」
これだけの大騒動が起きてしまったのだ。
今までノナレアデヴェを守ってきた秩序が再構築されるまでには、それなりの時間がかかる。
ムザブも、港町ノキの軍議の時からその可能性に気付いていた。
「帝国軍が引き上げた直後。 まだ騒乱の収まっていない隙にノナレアデヴェに来れば、全部が油断した時に好き放題に略奪できるって寸法だろ?」
剝き出しにされたその危険性を、アウルガはよく理解していた。
「ええ。 逆を言えば、帝国軍が撤退した直後、海賊は全戦力で襲ってくるでしょう。 ……少しでも備えが必要だと思ったのです」
今、この副都城にいる武官はろくでなしの太守と共に逃げなかった無二の精兵ばかりだ。
そんな虎の子を、平民との辛いだけの争いに投入して無意味に損耗させたくなかったのだ。
「念のために聞くけどさ、海賊ってどんな連中なんだ? どんな悪さをしているんだ?」
「……大半が帝国の者ではありません。 言葉と訛りからして、恐らくはトラセルチアの僻地出身です。 人身売買、違法薬物取引、海賊行為、強奪、殺人等々――」
途端に例の【狂犬】の笑みをムザブが浮かべたので、アウルガは対応に戸惑った。
ムザブは獰猛に言う。
「そりゃあいい。 平民相手じゃ噛みつくのに気が引けて困っていたんだ。 そんなクソ共なら遠慮なくぶちのめして捕まえられるってモンだ!」
半日もかからず、帝国軍は難なく暴動を鎮圧した。
司令官達が捕らえた暴動の首謀者達の移送の準備をしている所に、ムザブは腹を押さえて力なく姿を見せたのだった。
「おい……おい。 屁と下痢が止まらない、とても馬には乗れそうに無い……。 後から帝都に帰るから、先に行っていてくれないか。 護衛を少し残しておいてくれると助かる」
……仕方ない。
彼らは『だから皇族を連れてくるのは嫌だったのだ』と内心でため息を吐いた。
粗野に見えてもその御体は皇族で間違いなかったのだ。
きっと、ここの水が合わなくて腹を壊したのだろう。
――最優先課題である暴動の鎮圧、副都城の救援も最小の損害で達成していたので、司令官達でさえこの時は油断していたのだ。
ましてや、この【狂犬】が海賊と戦いたくてうずうずしているのだとは、つゆ思っていない。
アウルガがムザブの魂胆に気付いたのは、彼だけが居残ったことを知らされた時である。
「なりません!」
珍しく声を荒げて、アウルガはムザブを追い返そうとしたのだが。
「大声を出すなよ、腹が痛い病人相手に」
腹が痛いと言いながら皿いっぱいの肉をもりもりと食うのは、れっきとした詐病なのである。
「ですが!」
今宵は満月が出る。
海賊は夜陰に乗じて襲ってくるだろう。
「俺もアウルガの指揮に従う。 これなら良いだろ?」
「……御身の安全は一切保障できかねます」
安全などクソくらえだ。
ムザブは危険を待っていたのだ。
実戦を知りたくてたまらなかったのだ。
「上等!」
そう言うなり、彼は肉を噛み砕いて飲み込んだ。
灯りも付けてない大きな軍船と、それを取り巻くように小舟まで幾艘も率いた船団が――月夜の静けさに乗じるようにして、ノナレアデヴェの港湾に侵入してきた。
が、先行く小舟の動きが、間もなく波止場だというところで止まる。
「ドウシタ!」
「ナンダ!?」
「ナニカガ! カジニヒッカカッテイルゾ!」
その瞬間、灯りという灯りが灯って、港が昼間のように明るくなった。
鎖と網だ。
海中に、鎖や網がまるで彼らの動きを予測したかのように張り巡らされていたのだ。
まんまと罠にかかったことを海賊達が悟る前に、鼓膜が破れるような戦喇叭の音を引き連れて背後からありったけの軍船が突撃してきた。
その方面から驟雨のごとく矢が降り注いで海賊達が倒れたかと思うと、次は石礫がノナレアデヴェの街の方から絶え間なく降ってきた。
思わず見れば、街の方面では大勢の平民がうず高く積まれた投石の山を背後に、ひしめいていた。
「良いぞ! 狙え、狙え!」
彼らの指揮を担っているのがムザブだった。
弓に矢をつがえて、その先頭に立っている。
「やあやあ我こそは偉大なるガルヴァリナ帝国が皇子が一人ムザブドリック! この矢外れし時は我が命月に還さん!」
そう大喝して放った矢が鋭い音と共に見事に海賊を射抜き、海に落として大きな水しぶきが上がったので、平民がこれ以上なく湧きあがった。
彼らはずっと鬱屈していた。
太守の暴政に耐えて忍んできた。
堪りかねて暴動を起こしたけれども、力で鎮圧されたきりで何も解決していない。
もしもこれで前の太守が戻ってきたり、もっと酷い太守が来たりしたら、彼らはどうなる。
ましてや海賊に襲われたら、売られて奴隷にされるかも知れない。
その不安と鬱屈を代わりにやっつけるように、ムザブは矢を命中させていくのだ。
逃げようとした海賊が海に飛び込む。
撤退するために船の向きを変えようとして、海賊船同士が衝突して大穴が空く。
混乱が悪化し怒号が飛び交う間も、矢と石は無情に降り注ぐ。
かくなる上は海を泳いで逃げるしかないと覚悟を決めて、海賊の頭領は配下の死体を盾に海に飛び込もうとした。
だが、その瞬間、海賊船の横腹に穴を空けるようにして軍船が船首から突っ込んできた。
一種の衝角攻撃である。
バランスを崩した首領は船の甲板を転がって激しく体を打ち付けた。
それでもしぶとく海に身を投げようとしたが、ついに背後から投網を投げつけられて囚われたのだった。




