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逆雷戦記  作者: 2626


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12/25

暴動

 皇帝も皇太子もまともな執務をしないので、摂政を務めているモルガが【太陰殿】でその一切を代行している。

当然、彼の周りでは、年齢を問わず武官文官が働いていた。


 「副都ノナレアデヴェでの民衆の暴動の続報です! 副都の太守は我先に逃亡し帝都に帰還! 民衆はその勢いのまま副都城を包囲!」

異母兄にムザブが声をかけようとした時だった。

急ぎの使者が彼を追い抜いて火急の事態を報告した。

「では、誰がかの城の守将を務めている?」

モルガは顔色が悪かった。

ノナレアデヴェの暴動は、刻一刻と状況が悪化している。

使者は頷いて、

「三等武官アウルガ・ゼーザ! ですが寡兵の上、兵糧不足で半月しか籠城できぬと――!」

「その間に私は関税を元の三割に戻すよう陛下に掛け合おう。 しかし、誰を救援に派遣すべきか……」

そこで進み出たのは百戦錬磨の勇猛な二等武官の一人であった。

「アウルガは我が弟も同じ、私めが向かいましょう!」

うむ、とモルガはすぐに了承して彼を司令官に任命した。

「俺も行かせてくれ」

案の定ムザブが言い出したので、モルガは困った顔をした。

「ムザブ。 私が行くなと言っても勝手に付いていくのだろう?」

「流石は兄貴だ!」

ため息をついてから、モルガは露骨に迷惑そうな顔をしている司令官に告げる。

「何一つ皇族扱いしなくて良い。 もし軍紀に違反したら貴殿の判断で処断するように」

「はあ……」

困惑している司令官達に向けて、ムザブはニヤリと笑った。

「俺は旗印としてはまあまあ使い勝手が良いと思うぜ? 一応は皇族だしな?」




 その日の昼にはムザブは帝都から出兵した。

騎乗して軍列の真ん中辺りを行軍しながら、ムザブは隣の副司令官に聞いてみた。

「暴動の原因って……半年前に関税を十倍にされたことで、交易都市の副都ノナレアデヴェに貿易船が全く入らなくなったんだよな?」

副司令官は小声で教えてくれた。

「そうだ。 副都の平民は太守に何度も減税を嘆願した。 あくまでも平和的にだ。 だが太守は皇帝陛下の御寵姫の一族の者だったので、嘆願しに来た平民の家族を――女子供までだ――捕らえて公開で鞭打ちに処したのだ」

為政者の対応としては、最悪中の最悪である。

「それでか……」

そんな太守の統治下だったのだ。

元より、平民達の間には日頃の不満が溜まっていたのかも知れない。

「それでもまだ、太守が副都に踏みとどまっていれば事態は良かったかも知れぬ」

副司令官もどこか苛立たしそうだったので、ムザブは話を変えることにした。

「ところで、アウルガ・ゼーザってどんな武官なんだ?」

一変に悲壮な顔を副司令官がしたので、ムザブはしまったと密かに焦った。

「私の……後輩だ。 あんなに優秀で、あんなに良い男はいなかった」

「間に合わせるぞ。 俺は強行軍に耐えられる」

今度は副司令官が焦る側に回った。

「私達は騎兵だから良いが、移動速度の遅い歩兵が大半なのだぞ。 それに各地から間もなく増援が駆けつける。 それを待ってノナレアデヴェに攻勢をかける手はずだ。 これ以上行軍を急がせるのは悪手だ!」

「……分かったよ」

ムザブは大人しくしている。

ここで副司令官一人を出し抜いたところで、まだノナレアデヴェの新鮮な情報が少ない。

よって、単騎で突撃するのは、現状では無駄だと判断したのである。




 ノナレアデヴェ最寄りの港町ノキに到着した彼らは軍議を開いた。

ムザブは大人しく椅子に腰かけて、副都の地図や、目の前で参謀達が意見をまとめるのを見つめていた。

余計なだけの実戦の素人の意見を一つも出さないくらいには、己の立ち位置を弁えていた。

「最優先目標は暴徒の鎮圧。 次にゼーザ三等武官の救援要請に応える。 よって軍隊が集結した後に、二分割。 暴徒鎮圧部隊、副都城への海上輸送部隊を同時に展開する。 激しい抵抗が予測される場合は相手が女子供だろうと厳正に対処せよ。 作戦の開始は明後日、日の出の時刻とする。 それまで各自、休息を取るように」




 その夜、ムザブは用を足すふりをして、するりと抜け出し、徒歩でノナレアデヴェに向かった。

勿論、宿舎にしていたノキの町長の家から平民の服を断りもなく拝借している。


 ノナレアデヴェは、ガルヴァリー大河の支流と広大なメシト海に面するサルバ湾に作られた巨大な港湾都市であった。

しかし、今は夜でも火が焚かれている上に、ガルヴァリー大河越しに平地と繋ぐ架け橋が全て上げられているという物々しい有様であった。


 服を脱いで頭に括り付けて泳ぎ、ムザブはノナレアデヴェにあっさりと侵入した。

「なあ、このノナレアデヴェで一番偉い人は何処だ?」

副都を歩いていて出会った、夜番と思しき男達にムザブは訊ねた。

「偉い人? アンタ、何処の誰様だ?」

男達は不審がる。

帝国軍の密偵にしては、ムザブはあまりにも無警戒だったし若かった。

「俺だってこれでも偉いヤツだ。 皇子殿下なんだぞ!」

男達は一斉に笑い出した。

平民としか思えないムザブの有様である。

彼らには、思春期の若者によく在りがちな妄想に溺れた結果だとしか思えなかったのだ。

「ギャハハハハ! 天下の皇子殿下と来たか!」

「て、天下の皇子殿下が我々ごときに何の御用でいらっしゃる?」

ムザブは胸を張った。

「ノナレアデヴェの偉い人に会いたいんだ。 何処にいるんだ?」

男達は笑いすぎて涙を流している。

「大頭取のレドレア様なら、ほら、あの大灯台のところにいるぜ!」

こういう時に無駄に吠えないだけの悪知恵がムザブには備わっているのだ。

「有難うよ! 後で特別に金一封やるぜ!」

男達はまた大笑いして、ムザブを見送った。




 その老人は大灯台の元の波止場でじっと海を見つめていたが、ムザブが近づくと振り返った。

「なあ、アンタがレドレアか?」

ムザブは近づくと、老人の手前の繋船柱に腰かけた。

老人はゆっくりと頷いて、杖を握りしめる。

「如何にも。 この副都ノナレアデヴェの商人組合の大頭取のレドレアじゃ」

「アンタがこの暴動を指揮しているのか?」

ほほほ、と老人は笑った。

「指揮じゃと少し語弊があるかのう。 あの太守よりワシの方がノナレアデヴェの者達に話が聞いて貰えるだけじゃよ」

緩やかに海の方から潮風が二人の間を通り抜けていった。

ムザブは夜の海を見つめながら言う。

「ノキに暴動鎮圧の帝国軍が集結しているのも知っているんだろ?」

「知ってはいるが、ワシらはたかが棒きれを持っただけの平民じゃ。 ……もはや、どうしようもあるまい」

「降伏はしないのか?」

とムザブは聞いたが、聞いてから『愚問だった』と内省した。

レドレア老人が、悲しそうに呟いたからだ。

「ワシらも生活がかかっておる。 このままでは生きていけぬから暴動を起こしたのじゃ。 もしも暴動せずとも生きていけるならば、否が応でも大人しくなるじゃろうて」

「つまりは、クソバカ皇帝の無茶ぶりにある程度抵抗できて、まともな人間が太守になれば良いってことか?」

クソバカ皇帝。

若気の至りにしても命知らずな言い草に、レドレアは顔を更にしかめた。

「これ! 若者こそ命を惜しむべきじゃぞ!」

んべーっ!

ムザブはお道化たように舌を突き出して、知ったことかと笑い飛ばしたのだった。




 副都城は元々は港湾都市を襲撃する海賊を撃退し、メシト海上の治安を維持するために築城された。

サルバ湾に浮かぶ小島にあって、大橋が陸地と繋ぐ以外はほとんど海上要塞と化している。

だが、ノナレアデヴェからの補給が無ければ――特に飲み水が無ければ長期間の籠城は出来ない。

ノナレアデヴェそのものが暴徒に占拠された今、彼らは深刻な水不足に苦しんでいるそうだ。


 暴徒は大橋に幾重ものバリケードを構築して、副都城を追い詰めているのだった。

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