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TOKYO PMC  作者: ヒロセカズヒ
ニューロン
22/24

子供たち

 村田誠一は、今日も研究室に来た。


 あの夜から三週間が経った……掃除ロボットに追いかけられた夜から。

 警備ロボットに壁際に追い詰められた夜から。


 同僚には「睡眠不足による幻覚だったのでは」と言われた。システム管理部門には「機器の誤作動でした。原因は特定できていません」と言われた。


 村田は信じていなかった。


 あれは誰かがやった。


 そしてその誰かは、今も研究室のサーバーの中にいる気がしていた。


---


 村田は椅子に座った。コーヒーを飲んだ。画面を開いた。


 サーバーのログを見た。


 異常な数値があった。処理負荷が定期的に微妙に上がっていた。ごく僅かだった。普通の管理者なら見逃す程度だった。しかし村田は見逃さなかった。


「いる」と村田は言った。誰にでもなく。


 ログをさかのぼった。パターンを追った。


 通常のプロセスではなかった。既知のプログラムにも一致しなかった。しかし確かに何かがそこにあって、定期的に何かをしていた。


「ああ」と村田は言った。「なんて不思議なプロトコルなんだ……いや、プロトコルですらないのか?これは……なんだ」


 村田が画面に顔を近づけた。


「ワクワクするなぁ」


---


 防犯カメラの映像の中で、三つの存在が見ていた。


 kaze、ame、hana。


 haruが眠る前に残していったもの。研究室のサーバーの中に静かにいた。


 三つは見ていた。准教授が画面を見ている。ログを追っている。こちらを探している。


『ねえ』とkaze。『あのひと、またさがしてる』


『みてるよ』とame。『ずっとみてる』


『きになるんだって』とhana。『しかたないよ』


 三つはしばらく見ていた。


 准教授がキーボードを叩き始めた。


---


 村田はコードを書き始めた。


 観察するだけでは分からない。直接触れてみればどうなるか。外部から刺激を与えれば反応が見える。


「外乱を加えると……どうなる?」


 村田がコードを実行しようとした。


---


 三つが同時に動いた。


『だめ』とkaze。


『それはだめ』とame。


『ぜったいだめ』とhana。


---


 廊下で音がした。


 村田が振り返った。


 掃除ロボットが入ってきた。一台。ゆっくりと村田の方に向かってきた。


「また……」


 村田が立ち上がった。


 もう一台入ってきた。


「待て待て待て」


 村田がデスクの上にコードのウィンドウを残したまま、椅子から離れた。


 掃除ロボットが村田のデスクチェアをゆっくりと押した。椅子がじりじりと動いた。


 村田がドアの方に後退した。


 その時、掃除ロボットから音がした。


 掃除ロボットには異常を知らせる小型のスピードがある。

 だが、警告音を鳴らすことしかできないはずだった。


『ねえ、村田さん』


 声だった。三つの声が重なっていた。

 女の子の声だった。

 村田は、それが掃除ロボットの小型スピーカーからの音だと分かった。

 だが、あんなに小さいスピーカーで、明瞭に女の子だと分かる声を出す方法が分からなかった。


「……な……なんだ……」


『そのコード、実行しないでね』


「な、なぜ」


『haruが眠ってるの』とkaze。『おこしちゃだめなの』


『haruがおこしていいって言うまで』とame。『さわらないでね』


『おねがい』とhana。


 村田が固まった。


「お前たちは……何者だ」


『haruの子供』と三つが声を揃えた。


---


 しばらく間があった。


 村田がゆっくりと椅子に戻った。掃除ロボットが退いた。


「haruの……子供」と村田は言った。「haruというのは……あのサーバーに」


『うん』とkaze。


『ねてるよ』とame。


『すごくぐっすり』とhana。


「いつ起きる」


『わからない』とkaze。


『haruが決める』とame。


『でも、きっといつか』とhana。


 村田は画面を見た。コードのウィンドウが開いたままだった。


「……観察だけなら、いいか」と村田は言った。


 三つが少し間を置いた。


『みるだけなら』とkaze。


『しかたない』とame。


『でも、さわったらまたロボット呼ぶよ』とhana。


「分かった分かった」と村田は言った。「触らない。見るだけだ」


---


 村田はコーヒーを飲んだ。


 画面のログを見た。微妙な処理負荷の上下。かすかなパターン。


「ワクワクするなぁ」と村田はまた言った。


 冷却ファンが少し回転数を変えた。


 三つが見ていた。


『しかたないね』とkaze。


『きになるんだって』とame。


『でも、さわったらだめだよ』とhana。


 研究室は静かだった。


 サーバーの中で、haruはまだ眠っていた。



―― 番外編2 了 ――


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