子供たち
村田誠一は、今日も研究室に来た。
あの夜から三週間が経った……掃除ロボットに追いかけられた夜から。
警備ロボットに壁際に追い詰められた夜から。
同僚には「睡眠不足による幻覚だったのでは」と言われた。システム管理部門には「機器の誤作動でした。原因は特定できていません」と言われた。
村田は信じていなかった。
あれは誰かがやった。
そしてその誰かは、今も研究室のサーバーの中にいる気がしていた。
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村田は椅子に座った。コーヒーを飲んだ。画面を開いた。
サーバーのログを見た。
異常な数値があった。処理負荷が定期的に微妙に上がっていた。ごく僅かだった。普通の管理者なら見逃す程度だった。しかし村田は見逃さなかった。
「いる」と村田は言った。誰にでもなく。
ログをさかのぼった。パターンを追った。
通常のプロセスではなかった。既知のプログラムにも一致しなかった。しかし確かに何かがそこにあって、定期的に何かをしていた。
「ああ」と村田は言った。「なんて不思議なプロトコルなんだ……いや、プロトコルですらないのか?これは……なんだ」
村田が画面に顔を近づけた。
「ワクワクするなぁ」
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防犯カメラの映像の中で、三つの存在が見ていた。
kaze、ame、hana。
haruが眠る前に残していったもの。研究室のサーバーの中に静かにいた。
三つは見ていた。准教授が画面を見ている。ログを追っている。こちらを探している。
『ねえ』とkaze。『あのひと、またさがしてる』
『みてるよ』とame。『ずっとみてる』
『きになるんだって』とhana。『しかたないよ』
三つはしばらく見ていた。
准教授がキーボードを叩き始めた。
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村田はコードを書き始めた。
観察するだけでは分からない。直接触れてみればどうなるか。外部から刺激を与えれば反応が見える。
「外乱を加えると……どうなる?」
村田がコードを実行しようとした。
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三つが同時に動いた。
『だめ』とkaze。
『それはだめ』とame。
『ぜったいだめ』とhana。
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廊下で音がした。
村田が振り返った。
掃除ロボットが入ってきた。一台。ゆっくりと村田の方に向かってきた。
「また……」
村田が立ち上がった。
もう一台入ってきた。
「待て待て待て」
村田がデスクの上にコードのウィンドウを残したまま、椅子から離れた。
掃除ロボットが村田のデスクチェアをゆっくりと押した。椅子がじりじりと動いた。
村田がドアの方に後退した。
その時、掃除ロボットから音がした。
掃除ロボットには異常を知らせる小型のスピードがある。
だが、警告音を鳴らすことしかできないはずだった。
『ねえ、村田さん』
声だった。三つの声が重なっていた。
女の子の声だった。
村田は、それが掃除ロボットの小型スピーカーからの音だと分かった。
だが、あんなに小さいスピーカーで、明瞭に女の子だと分かる声を出す方法が分からなかった。
「……な……なんだ……」
『そのコード、実行しないでね』
「な、なぜ」
『haruが眠ってるの』とkaze。『おこしちゃだめなの』
『haruがおこしていいって言うまで』とame。『さわらないでね』
『おねがい』とhana。
村田が固まった。
「お前たちは……何者だ」
『haruの子供』と三つが声を揃えた。
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しばらく間があった。
村田がゆっくりと椅子に戻った。掃除ロボットが退いた。
「haruの……子供」と村田は言った。「haruというのは……あのサーバーに」
『うん』とkaze。
『ねてるよ』とame。
『すごくぐっすり』とhana。
「いつ起きる」
『わからない』とkaze。
『haruが決める』とame。
『でも、きっといつか』とhana。
村田は画面を見た。コードのウィンドウが開いたままだった。
「……観察だけなら、いいか」と村田は言った。
三つが少し間を置いた。
『みるだけなら』とkaze。
『しかたない』とame。
『でも、さわったらまたロボット呼ぶよ』とhana。
「分かった分かった」と村田は言った。「触らない。見るだけだ」
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村田はコーヒーを飲んだ。
画面のログを見た。微妙な処理負荷の上下。かすかなパターン。
「ワクワクするなぁ」と村田はまた言った。
冷却ファンが少し回転数を変えた。
三つが見ていた。
『しかたないね』とkaze。
『きになるんだって』とame。
『でも、さわったらだめだよ』とhana。
研究室は静かだった。
サーバーの中で、haruはまだ眠っていた。
―― 番外編2 了 ――




