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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第十四話「奴隷」

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第十四話「奴隷」-6-

 優菜たち三人は、ただ言葉を呑み、カスパールを茫然と見つめて立ち尽くすしかなかった。

「我が世界で偉人と呼ばれる者の中には、こちらの世界で若くして死んだことになっている者も珍しくない。激しい奴隷労働で亡くなった遺体を、魔法で偉人そっくりに作り替えて精霊がすり替えたということもあったそうだ。もう少しこの世界の言葉を読み書きできるようになったら、その偉人たちの名で文献を読み漁りたいものだ」

 その言葉には、歴史の闇に葬られた真実を渇望する、静かな執念のようなものが滲んでいた。

 何百年と積み重ねられてきた種族の悲願。その重みが、言葉の端々から鉛のように降り注ぐ。

「そんなわけ……」

 ヒナが身体を震わせながら、糸のように細い声で呟く。

 信じられない。信じたくない。

 そんな悲痛な叫びが、優菜の胸をも締め付ける。だが、カスパールの語る内容には、否定しがたい説得力があった。彼らの歴史において、それは揺るぎない正義なのだ。

「信じられぬと言うのなら、我らと共に光の連邦へ戻ってみるか?」

 自信に満ちた声色だった。表情にも余裕がある。それが、刃物のような鋭さをもって優菜たちに突きつけられる。

 カスパールは寄りかかっていた木の幹から背中を外し、手を腰の位置で組んで彼女たちを見据えた。

「たとえ逆立ちをして考えたところで、真の悪は精霊だ。少々手荒な真似をされても当然。その悪に、諸君らが身を挺してまで護る価値はあるか?」

 誰も答えられない。

 風の音さえ止まったかのような静寂が訪れる。

 ヒナがおずおずと、瑞季たちの顔を見上げる。その表情は蒼白で、どこか魂が抜け落ちたように憔悴していた。

「……ねえ」

 重苦しい空気を破り、最初に口を開いたのは優菜だった。

「この世界にやってくることができたのは、デシリル・ジェムの贋作を使ったから?」

「いかにも」

「その贋作は、どうやって作ったの?」

 問いかける声は、答えを聞く前から、すでに怒りの熱を帯びて震えていた。

「もしかして、今言った『少々手荒な真似』?」

「そうだ」

 まるで今日の天気を答えるかのような軽い肯定だった。

「空の邦の王子がデシリル・ジェムを持って無の邦へ逃亡したとき、我々はたいへん困った。しかし、ジンは初めからそのシナリオさえも想定していたかのように、即決したのだ。精霊からエネルギーを抽出し、擬似デシリル・ジェムを作ることを。デシリル・ジェムとは、いわば大量のエネルギーを圧縮して保存した石だ。そのエネルギーを精霊たちから拝借すれば、理論上デシリル・ジェムを作ることができる」

 やっぱり……。

 最悪の予感が的中した。優菜は奥歯を噛み締め、震える声で尋ねる。

「石をひとつ作るのに、どれくらいの精霊のエネルギーが必要なの?」

 カスパールは、他人事のように淡々と答える。

「何万もの精霊から死ぬ間際までエネルギーを吸い取い、ようやくデシリル・ジェムのエネルギーの全体の一パーセントとなる。こうして何年もの間エネルギーを吸い続け、作られたのがデシリル・ジェムの贋作だ。これでも本物のエネルギーには遠く及ばないのだから、デシリアのエネルギーとは末恐ろしい。もっとも、諸君らがそれを使いこなせているようには見えないが」

 瑞季の眉間に深い皺が刻まれる。彼女はいまだ、風の力を完全には扱えていない。その事実を嘲笑うかのような言葉だった。

「……王子」

 カスパールは視線を落とし、項垂れるヒナへ無情に告げた。

「我々がこちらにやってくるのに八年を費やした理由が分かったか? 諸君ひとりの勝手のために、数十万以上の精霊が八年間苦しみ続けることになったのだ」

 逃げ場のない事実が、鋭利な杭となってヒナの心を貫く。

 ヒナが三つのデシリル・ジェムを持ち出さなければ。

 火・水・風の三つの邦の民が、八年間も搾取され、苦しむことはなかった。

 その罪の重さが、小さな背中を押し潰そうとしている。ヒナは、寒さに凍えるようにその身を震わせていた。

「そ、そんな……ぼくの、せいで……」

「精霊が人間にしてきた仕打ちを思えば、これくらいの報復は当然だろう」

 カスパールは、そう言って肩を竦めた。

 ヘヴンの行いは、いわば支配者への革命。正義の輝き。

 しかし、

「そんなのおかしい!」

 彼らにとってそれが正義でも、それは優菜の正義に反している。

 様々な物語のヒーローから受け継いだ正義に。

「憎しみが憎しみを生むだけじゃない! そんなこと、あなただって分かってるはずでしょう!?」

「いかにも。しかし、最初に我々に憎しみを植え付けたのは、精霊たちの方だ。それが自らの手に戻るだけ」

 カスパールの声は、氷のように冷たかった。

 優菜はぎり、と歯軋りをする。

 彼女の言い分は理解できる。自分たちの種族が虐げられてきた歴史があるなら、報復したくなる気持ちもわかる。

 けれど。

「あなたたちの苦しみはよくわかった。でも、そのやり方だけは、絶対に違う。——だよね?」

 優菜は、隣に立つ瑞季と星輝に、同意を求めるように視線を送った。

 迷いはない。ふたりの瞳にも、同じ色の炎が灯っていた。

「同感だよ」

 瑞季が強い意志を込めて頷いた。

「カスパール。あなたは、私たちに同情を引こうとしたのかもしれないけど……どんなにもっともらしい大義名分を並べたところで、今のあなたは、ただの侵略者にすぎない。力で他者をねじ伏せようとしているだけの、悪だ」

 星輝もまた、拳を握りしめて叫んだ。

「どんな理由があろうと、罪のないヒナたちまで傷つけたことを正当化する理由にはならねえんだよ!」

「みんな……!」

 ヒナが涙に濡れた瞳で見上げる。

 孤独な闇に落ちかけたヒナに向けて、三人は力強い笑顔を見せた。

 わたしたちはあなたの味方だ、と伝えるように。

「……そうか」

 カスパールは三人の決意に満ちた表情を見つめ、静かに乾いた息を吐いた。

「交渉は決裂か。残念だ。これで、諸君らと戦わねばならなくなってしまった」

 その声には、微かな落胆の色が混じっているようにも聞こえた。

 分かり合えるかもしれないという期待が、霧散していく。

「ひょっとすると、メルキーヴァは諸君らがそう答えるであろうことを、最初から見抜いていたのかもしれないな。……だとしたら、奴の方が私よりも一枚上手だった、ということか」

 カスパールは自嘲するように呟くと、戦闘態勢に入るように、ゆっくりと腰を落とした。

 張り詰める殺気。

 肌を刺すような緊張感が、周囲の温度を一気に下げる。

「忠告しておく。私は、メルキーヴァやブラフザールとは違い、手加減というものを知らない。……諸君らがせめて、この『水の黒銃』の実践訓練の相手くらいにはなってくれることを、祈っている」

 カスパールの右手に、黒く鈍い輝きを放つ銃が握られていた。

 森の木漏れ日がその銃身に反射し、不吉な光を放つ。

 鳥の声も、風の音も消えた。静寂だった森の空気が、濃密な戦いの予感へと塗り替えられていく。

 三人は互いに顔を見合わせ、頷きあった。

 言葉はいらない。覚悟は決まった。

 眩い光が、森の暗がりを切り裂いた。


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