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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第十四話「奴隷」

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第十四話「奴隷」-4-

 陽光が、森の木々の隙間から降り注ぎ、緑の葉を鮮やかに照らし出していた。鳥の声と風の音だけが聞こえる静謐せいひつな空間の中、土を踏みしめる四人の足音だけが、やけに大きく響いている。

 瑞季たちは、先頭を歩くカスパールの背中を、緊張感を保ちながら見つめていた。かれこれ二分ほど、彼女に導かれるまま、森の奥へと歩き続けている。

「このあたりでいいだろう」

 低く、よく通る声で呟くと、彼女はゆっくりと振り返った。その視線は、まず警戒心を露わにする瑞季、星輝、優菜の三人を順番に捉え、そして最後に、瑞季が肩にかけているドラムバッグへと注がれた。

「なぜそう構える? そんなに戦いたいのか?」

 カスパールの言葉には、挑発的なニュアンスはほとんどなかった。むしろ、穏やかな疑問や確認のような。

「戦いたいわけなんてないでしょ。あんたたちが仕掛けてこなきゃ、こっちだって戦わない」

「それは私も同じだ」

 カスパールの返答は、瑞季の予想を覆した。

 予想外の言葉に、瑞季は眉をひそめる。

「え?」

「戦う必要がないのであれば、戦わずに済めばいい。メルキーヴァのような戦闘狂でない限り、誰もがそう思っているはずだ。違うか?」

 仮想空間での戦い以来、メルキーヴァとは出会っていない。彼が現在どうしているか瑞季たちは知らないし、興味もない。

「どうせ、『その代わり、ヒナを大人しくこちらに差し出せ』とでも言うんでしょ」

 すると、カスパールは、ふっ、と口元だけで笑う。

「どうやら、諸君らは我々を勘違いしている。同時に、我々も諸君らを勘違いしているかもしれない。メルキーヴァという道化師が事態を撹乱させたからな。答え合わせをしてみないか?」

 そう言うと、カスパールは近くにあった太い木の幹に、ゆっくりと背中を預けた。

「そう警戒するな。諸君らもくつろぐといい」

 そうは言われても、素直に「分かりました」とはいかない。三人は、カスパールから適度な距離を保ったまま、いつでも動けるように身構えている。

「ふむ。敵を前にして、安易に警戒心を緩めないのは、賢明な判断だな」

 カスパールは体重を木の幹に預けたままだ。瑞季たちを警戒しているようには見えない。それは、デシリアに変身していない瑞季たちなど警戒に値しない、と暗に言っているかのようだった。

「……これが気になるか? リアマイム」

 カスパールは、自身の左耳を指先でとんとんと叩いた。瑞季はそこで初めて、彼女の耳に肌色の補聴器のような装置が付けられていることに気がつく。

 その装置にいち早く気がついた優菜は、慎重そうに首肯した。

「これは翻訳機だ。聞いた言葉を、瞬時に我々の言語に翻訳することができる」

「これまた漫画みたいな便利アイテム……」

 仮想空間、転移装置など、ヘヴンの技術力には何度も驚かされてきたため、リアルタイム翻訳程度ではもはや驚けない。

 同時に、思う。

 気づいていなかったけど、これまで戦ってきたメンバーも、同じものをつけていたのか——。

「空の邦の王子は、そのバッグの中か?」

 カスパールは、瑞季のドラムバッグをじっと見つめながら尋ねた。

 瑞季は無意識に半歩後退し、肩にかけたドラムバッグのショルダーストラップをぎゅっと握った。バッグの中で、ヒナが身じろぎするのが伝わってくる。

「安心しろ。危害を加えるつもりはない。無理に姿を現せとは言わないが、私の話に間違っているところがあれば訂正してくれ。空の邦の王子」

 ヒナは、まだチャックの隙間から顔を出そうとはしない。ヒナもまた、カスパールの真意が読めず、どう対応すべきか、迷っているのだろう。

 カスパールは、ヒナからの返事を待たずに続けた。

「諸君らは、我々が光の連邦を侵略した理由について、どう理解している?」

 その問いかけは静かだったが、森の空気を震わせるような重みを持っていた。

 瑞季は一瞬言葉に詰まったが、すぐに強い意志を目に宿して答えた。

「……詳しい理由は何も聞いてない。でも、あなたたちがヒナたちを一方的に苦しめて、故郷を奪ったことは知ってる。そうやって誰かを傷つけて苦しめることに、正義なんて絶対にない」

 その言葉に、星輝も強く頷き、続けた。

「瑞季の言うとおりだ。メルキーヴァってやつも、特に大義名分らしいことは言ってなかった。ライブ会場や学校でスレイヴを召喚したり、ウチの首を殴ったりしたし。あんなやつのことも、その仲間のあんたとも、これっぽっちも分かりあえる気なんてしないね」

「なるほど。やはり、メルキーヴァはそれだけしか言っていなかったか」

 カスパールは、まるで教科書の記述を確認するかのように、淡々と呟いた。

「まあ、無理もない。捕えられてすぐに逃げ出した王子が、すべての事情を知っているはずなどないのだから。牢の中で、我々の目的を全世界の侵略だとする噂話も耳にしたことがある。そして、メルキーヴァのような男であれば、あえて真実を話さない、という選択をとっても何ら不思議はない。自分たちを、ただ傍若無人な侵略者という『設定』にしておいた方が、諸君らのような若いデシリアと戦う上では、都合がいいだろうからな」

「設定?」

 瑞季がいぶかしげに聞き返す。

「ああ。てっきり、すでに真実の史実を聞いていると思っていたよ。ブラフザールやナーサたちもきっとそうだ。メルキーヴァから史実を聞いて、それでもなぜか我々に歯向かってくる。——そのような野蛮な心の生き物ではないかと、勘違いしていた」

「野蛮はあなたたちでしょ」

 その指摘をカスパールは無視する。

「実際には、メルキーヴァは王子が我々の目的を勘違いしていることを利用し、あえてそれを話さないことで諸君らと戦う道楽を選んだ。彼らしい選択だ」

 瑞季の思考は整頓されていない引き出しのようにぐちゃぐちゃしていた。その思考をまとめる暇を待たず、カスパールは続ける。

「さて、どこから話すべきだろうか。五百年前の戦争については、どこまで知っている?」

「聞いたことはあるけど」

 そのとき、瑞季のドラムバッグのチャックが開き、ヒナが顔を出した。

「ごきげんよう、空の邦の王子。直接顔を合わせるのは、初めてでしょうか」

 カスパールの声には、身上のものへの表面的な尊敬の響きがあった。

 彼女たちヘヴンは、光の連邦で王子であるヒナにあざむかれ、結果的に大きな損害を被ったはずだ。少なからず敵意や憎しみがあって当然なのに、それがまったく感じられなかった。そのことが、逆に底知れない不気味さを感じさせた。

「その戦争は、約五百年前にデシリアの力を独り占めしようとした人類が、ぼくら精霊に反乱を起こした、悲劇的な戦争だニャ。精霊は、光の連邦にいた正しい心を持つ人間にデシリル・ジェムを与え、デシリアにし、その力で戦争を止めたんだニャ。それ以降、闇の邦と光の連邦は関係を経った」

「……断定型か。実に悲しいものだな。正確には、デシリアの力を独り占めしようとした人類が、精霊に反乱を起こしたと『学んだ』、だろう?」

 学んだ、の部分をカスパールは強調して言った。

 ヒナは、カスパールの言葉の真意が掴めない様子で、怪訝な表情を浮かべた。

「何が言いたいんだニャ」

「歴史というものは、いつだって勝者によって描かれる。自らの正当性を知らしめるために、敗者の歴史に多少の脚色や改変が加えられるのは、世の常だ」

「改変? どういうことだニャ」

「敗者である我々人間側に伝わる歴史は、こうだ。『精霊による不当な支配と搾取から、人類の尊厳を取り戻すために、我々の祖先が精霊に対して反旗を翻した』」

 その言葉は、ヒナが信じてきた歴史とは、全く正反対のものだった。

「そ、そんなの、嘘だニャ! でたらめだニャ!」

 ヒナは激しく反論する。

 まるで子をなだめる親のように、カスパールは優しく言った。

「まだ幼く、王族にのみ伝えられるという『禁書』の存在さえ知らされていない諸君にとっては、そうだろうな」

「禁書……?」

「王子。諸君は、我が故郷——諸君らが『闇の邦』と呼ぶ世界と、ここ無の邦の関係について、どう認識している?」

 カスパールは、国語の教科書の記載の解釈を生徒に尋ねる教師のように、淡々と問いかける。

「……無の邦と闇の邦は、元々はひとつの同じ世界だったニャ。でも、人類が誕生した後、何か大きな出来事をきっかけにして、ふたつに分裂した……と、学んだニャ。精霊界では、常識中の常識ニャ!」

「らしいな。諸君のお父上も、最《、》初《、》()同じことを言っていたよ。しかし、それは違う」

 カスパールは静かに否定の言葉を返す。

 ヒナの父。つまりそれは空の邦の王。侵略者であるはずのカスパールが、侵略された国の王と直接対話した。その事実に、瑞季は言い知れぬ違和感を覚えた。特殊な力を持つ精霊の王を、ただの人間であるはずのヘヴンが問い詰める。その異常な状況を生み出すには、どのような背景があるというのか。

 瑞季がそこまで考えかけたとき、カスパールが話を続けたため、思考は中断された。

「千年以上も昔。精霊たちは強大な力を持つというデシリル・アンプを探し求めていた。しかし、伝承によれば、デシリル・アンプは人間と精霊が共に力を合わせなければ見つけ出すことができないという。故に、精霊たちはまず、この無の邦にデシリル・アンプがあると考え、人間たちの協力を得て捜索を開始した。だが、残念ながら、無の邦からは一向にデシリル・アンプは見つからなかった」

 カスパールは一度言葉を切り、静かに息を吸い込んだ。

「そこで、精霊たちは考えた。デシリル・アンプは、もうひとつの世界——当時はまだ知的生命体が存在しない、未開の世界であった世界にあるのではないか、と。そして、精霊たちは、無力な無の邦の人間たちの中から労働力を無理やり未開の世界へと連れ去った。使い捨ての道具として酷使し、世界中を探し回らせた。——その世界こそが我々の故郷であり、精霊に拉致された者たちこそが、我々の先祖なのだ」

 語られる残酷な歴史に、瑞季は息を呑んだ。

 優菜も、星輝も、そしてヒナさえも。

「つまり、精霊に反旗を翻した我々の祖先とは、豊かな無の邦から、強大な力を持つ精霊によって一方的に拉致され、奴隷同然の過酷な待遇で未知の世界中を渡り歩かされ、愛する故郷に戻ることさえ許されなかった、哀れな移民なのだ。……王子。諸君はこう言ったな。『無の邦と闇の邦は元々同じ世界だったが、人類誕生後、何かをきっかけにして分裂した』と。確かに、ふたつの邦がどのようにして生まれたのか、その成り立ちは未だに謎に包まれている。だが、両方の世界に同じ『人間』が住んでいるのは、そんな幻想的な理由からではない。すべては、諸君ら精霊の、過去の所業の結果なのだ。精霊たちはあえて真実を隠蔽し、自分たちに都合の良い、取り繕われた美しい歴史を教科書に載せ、子々孫々に教えている。我々が知る精霊とは、そのような、実に醜いほどに人間臭い、欺瞞に満ちた生物なのだよ」

 カスパールの声は静かだったが、その言葉の端々には、抑えきれない怒りが込められていた。

「そ、そんな話……! ぼくは、信じないニャ! でたらめだニャ! だいいち、それは、おぬしら闇の邦側の一方的な主張にすぎないニャ! おぬしが、我々精霊に伝わる歴史が間違っていると主張するように、ぼくだって、おぬしらが信じている歴史が間違っていると主張するニャ!」

 ヒナは、震える声で必死に反論した。信じたくない、という気持ちが痛いほどを瑞季に伝わる。

「『禁書』」

 カスパールは、再びその言葉を口にした。

「……その言葉に、本当に覚えはないか?」

「ないニャ」

「だろうな。諸君のお父上も、まだ息子には伝えていないと言っていた。王族だけが、その存在を知ることを許される……精霊の、触れてはならない真実が記された、禁断の書物の存在を」


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