第十四話「奴隷」-3-
瑞季はコンビニのレジ袋を片手に、足早に店の外へ出た。レジ袋にはヒナ用のチョコチップメロンパンと自分用のカレーパンが入っており、カレーパンだけがほかほかと温かい。
外で待っている優菜たちと合流し、三人は人目を避けるためにコンビニの側面側に向かい、メロンパンの封を開けてドラムバッグの中にいるヒナに渡す。
「ありがとうニャ」
瑞季はカレーパンの封を開ける。コンビニ内で温めてきたので、開けただけでスパイスの香りがふわっと湧きあがった。瑞季は普段パンを温めて食べることがあまりなく、カレーパンでさえもそのまま食べることが多い。温めるとこんなに香るんだなあ、と思いながらカレーパンを噛んだ。
一口目では揚げパンだけが口に入り、カレーが姿を覗かせる。もう一口食べるとピリッとした辛さのドロッとしたルーが舌を撫でた。
ふと視線を上げると、コンビニの向かいにあるレストランの看板が目に飛び込んできた。立て看板には、湯気を上げるカレーの写真が大きくあしらわれ、『繋市時計台名物欧風カレー』と誇らしげに謳われている。
「欧風カレーって何?」
瑞季の問いかけに、星輝は「さあ」は肩をすくめた。
「ヨーロッパのカレーなんじゃね?」
「ちょっと調べてみるね」
そう言って、優菜はショルダーポーチに手をかける。
「いや、そこまで気になってるわけじゃ」
「疑問はすぐ解消したいタイプだから」
優菜がポーチからスマホを取り出し、指紋認証でロックを解除した。そのとき、瑞季の背後から、凛とした女の声が響いた。
「欧風カレーとは、日本の喫茶店で生まれたカレーだ」
瑞季はハッとして振り返った。
彼女の三メートル後ろに立っていたのは、深い緑色の軍服の女——カスパールだ。
「カスパール!」
無表情な顔立ち、隙のないまっすぐな姿勢、軍帽。その姿は、日本の林を背景にするにはあまりに不釣り合いで、異様な存在感を放っていた。
「喫茶店の創業者が欧州滞在時に学んだソースをベースに作られたのが欧風カレーだ。野菜や果物、乳製品を使ったまろやかなルーが特徴となる。今しがた食べてきたが、なかなかの美味であった」
「なんでそんなに詳しいの……。じゃなくて、なんでここにいるの!」
カスパールは涼しい顔で応える。
「この町のカレー屋を巡っていたら、ここに到着したというわけだ。そこに偶然諸君らがいたというわけだな。いやはや、私も驚いたよ」
「嘘くさい。っていうか『この町のカレー屋を巡る』って何? 別にカレーの名産地じゃないんだけど」
「真偽の程はご想像にお任せしよう。……うむ?」
カスパールは眉をしかめ、まるで獲物を探すかのように鼻をヒクヒクさせた。そして、瑞季が手にしているカレーパンに目を向けた。
「この香りは、カレーか? 諸君が食べているそれは何だ」
「カレーパンだけど」
「なに!? カレー『パン』だと!?」
カスパールの表情が一変した。瞳孔が大きく開き、全身が震える。そして、糸が切れた人形のように、膝から崩れ落ちた。
「え、どうしたの」
「そのパン生地はおそらく揚げパンというものだろう。我が故郷にもパンを揚げたものはある。揚げることで表面が硬くなったパンを器代わりにし、カレーを入れたというのか……! 外を歩きながらでもカレーを食べられる上、ゴミも最低限で済む……。なんという天才的発明!!!!」
「いや、絶対あなたたちの邦の科学技術の方がすごいって」
カスパールは立ち上がりながら「カレーパン……その味や如何に……」と呟いていた。
「今すぐ食べたいところだが、一仕事を終えた晩餐にするとしよう」
「そんな大仰なものじゃないよ?」
「ちょうどこれから諸君らを探して戦いを申し込もうとしていたところだ。ここで会ったのも何かの縁。あちらの、人気のない森の中まで来てくれたまえ」
「嫌だ」
瑞季ははっきりと拒絶しながら思う。どうしてカスパールが瑞季たちの居場所を知っていたかは分からないが、ここで待ち伏せし、戦う場所を指定するということは事前に何か準備を仕掛けている可能性がある。警戒しなければ。
しかし、
「では、ここで戦わせていただこう」
そう言われてしまえば、選択肢はなかった。周囲には一般の人が行き交っている。ここで戦闘を始めれば、巻き添えが出る可能性が高い。
瑞季たちは互いに顔を合わせ、無言で頷きあった。
「分かった。森の中に行くよ。でも、その前にチャットだけ打たせて。待ち合わせ中だから」
「承知した」
カスパールは瑞季に背を向けて森へ歩いていく。
瑞季はスマホを取り出し、アスラへチャットを打ち始めた。指先がわずかに震えている。楽しみにしていた予定が台無しになってしまい、胸の奥で怒りが沸々と湧いていた。




