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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第十四話「奴隷」

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第十四話「奴隷」-2-

 六月に入り、例年通りのじめじめと蒸し暑さが頭角を現し始めた。もう二度とこの季節が来なければいいのにと染谷瑞季そめやみずきは毎年思うが、その願いが叶ったことはない。

 そんなうんざりするような陽気の中、瑞季は現在、繋市の街並みを見下ろす高台にある時計台公園に来ていた。高台がある山の頂上付近には土地が拓かれる前からの自然が残されており、比較的涼しかった。

 瑞季、月音優菜つきねゆうな高梁星輝たかはしてんしの三人は、公園のベンチに腰掛け、アスラからの連絡を待っていた。ちょうど待ち合わせ時間まで五分という頃、瑞季のスマートフォンが震えた。アスラからのチャットだった。

〈すみません、ちょっと遅れます〉

 簡潔ながらも申し訳なさそうな文面が添えられていた。

 瑞季は頭を深く下げるアスラを想像する。

「アスラちゃんちょっと遅れるみたい」

「大丈夫かなあ」

 星輝は、小さな身体で大きく伸びをして、不安げに呟いた。

「何が?」

「ひとりでこんなところまで山登りさせちゃってさ。しかもフィーチャリング・ジャパニーズ・サマーだぜ? そもそも、あんな華奢な体で、ここまで山登りさせるのもどうかって話だよ」

「でも現地集合を指定したのはアスラちゃんだし」

 事の発端は、先日アスラが瑞季の家に来たときに「あれはなんですか?」と時計台に興味を示したことだった。瑞季にとって山頂の時計台は『昔からそこにあるもの』でしかなかった。瑞季自身、小学生の頃以来そこに行ってなかったので、久々に行きたくなってきて「今度一緒に行く?」と提案し、優菜と星輝も誘って今日に至る。

 瑞季は待ち合わせ場所を山の麓にある駅にしようかと提案したが、アスラは「ひとりでこのあたりを散策してみたいです」と言い、現地集合となったのだ。

 まだ出会って間もないし、心を完全には開いてくれてないのかなとも思ったが、瑞季もひとりで気ままに知らない場所を散策するオタクの習性を持ち合わせている。そう考えるとむしろ自分と同類なのでは、という気がして親近感が増した。

 瑞季は膝に乗せたボストンバッグのチャックを開けた。そこには昨晩「たまにはこのプリティな姿のままお出かけしたいニャ」とわがままを言った猫のぬいぐるみ、ヒナがいた。

「暑くない? だいじょうぶ?」

「ちょっと暑いし狭いし臭いけど平気ニャ」

「臭いは余計」

 そんなやりとりに優菜と星輝が苦笑する。

 優菜が尋ねる。

「ねえヒナ」

「どうしたんだニャ」

「アスラちゃんが遅れてくるなら、ヒナたちやヘヴンのことちょっと聞こうかなと思って。いいかな」

 優菜の言葉に、瑞季も星輝も、少しだけ緊張した面持ちでヒナを見つめた。

 前回のブラフザールとの戦いで完敗してから、一週間が経過している。その間、三人はデシリアやヘヴンについて、どこか意図的に会話を避けてきた。

「構わないニャ」

 ヒナは小さく頷き、優菜を見上げた。

「ありがとう。ブラフザールが使っていた、火のデシリル・ジェムの贋作については瑞季から聞いてる?」

「うむ。聞いたニャ。とてもじゃないけど、信じられない話ニャ。人間がデシリル・ジェムを精製してしまうなんて」

 ヒナの声には、困惑と、わずかな怒りが滲んでいた。

「やっぱり、人に作れるようなものじゃないんだね」

「いかにもだニャ。デシリル・ジェムの力は精霊由来の神聖な力だニャ。実際に見たわけじゃないけど、あれは科学だけで作れるようなものではないはずニャ」

「なあ、ヒナ」

 今度は星輝が口を開いた。

「前に聞いた話だと、ヒナはこの世界に来るときに、デシリル・ジェムを使ったんだよな? 『扉』を開けるために。でも、ヒナが本物のデシリル・ジェムを持ってるのに、ヘヴンの連中は、こっちにやって来た。それってやっぱり、奴らがその偽物を使ったってことじゃないのか?」

「ぼくも、そう考えているニャ。でも、もしそうだとしたら、余計に話が分からなくなるニャ。『扉』にデシリル・ジェムと誤認させるほどの強力な模造品を、いったいどうやって……」

 ヒナは言葉を切り、考え込むように俯いた。

 瑞季にも皆目見当がつかなかった。

 錬金術か、魔法か、それとも未知の超科学か。

 いずれにせよ、自分たちの常識を遥かに超えた技術であることは間違いない。

 重たい沈黙が流れた。木々の葉が風に擦れる音だけが、やけに大きく聞こえる。

 いつか、ヒナが言っていたことを瑞季は思い出す。

 ——デシリル・ジェムのないヘヴンは、もう無の邦へは渡れない——なんてことはないと、ぼくは思っていたニャ。奴らは常識を覆す。

 実際に彼らはやってきた。彼らが覆した常識とは、きっとそのデシリル・ジェムの贋作のことだろう。

「偽物の制作に八年かかった、ってことかな」

「そうかもね」

 頷く優菜。

 そして、新たな疑問を口にした。

「ねえ、ヒナ。基本的なことかもしれないんだけど……。私たちのこの世界——無の邦、だっけ。それと、ヘヴンの人たちが来た闇の邦って、別々の世界なのに、どうして同じような人がいるの? ヒナたち精霊と人は、明らかに違う種族だけど……こっちの人と、闇の邦の人はほとんど同じだよね。それが、なんだか不思議に思えて」

 これまで遭遇したヘヴンの一員——メルキーヴァ、ナーサ、ブラフザール、カスパールは、いずれも白人系の人間だった。街中で見かける外国人観光客と言われても、誰も疑問には思わないだろう。まったく別の世界で進化してきたはずの種族が、ここまで酷似することがあるのだろうか。

 ヒナは静かに答える。

「無の邦と闇の邦が、元々はひとつの同じ世界だったからニャ」

「えっ!?」

 三人は見開いた目でヒナに注目する。

「はるか昔、人類が誕生して間もない頃、何らかの大きな出来事がきっかけとなって、ひとつの世界がふたつに分裂したんだニャ。それが、おぬしたちのいるこの無の邦と、闇の邦ニャ」

「何かって、その分裂の原因は?」

 瑞季が前のめりになって尋ねる。

「残念ながら、それは判明していないニャ。記録もほとんど残ってないし、伝説やお伽話とぎばなしの類として語り継がれているだけニャ」

「世界が……分裂……」

 優菜が呆然と呟く。

 瑞季は文字通り地球が分裂するのを想像した。ひとつの球が真っ二つに割れる。それがどのようにしてふたつの球体になるのか、まるで想像できなかった。

「瑞季」

 ドラムバッグの中から、ヒナが瑞季の顔を見上げてきた。

「ん? どうしたの?」

「おなかすいたニャ」

「わがままな」

 そのとき、瑞季のおなかが、ぐうと鳴った。

「……」

「……」

「……私も、お腹空いてきたかも」

「そらそうニャ」

 ヒナがバッグの中から得意げに指摘する。

「二度寝してギリギリの時間に起きて焦って家を出たんだからニャ。おかげで瑞季から感情エネルギーを食べることもできなかったニャ」

「二度寝したのはヒナもでしょ!」

「ぼくは三度寝たニャ」

 ふたりの軽妙なやり取りに、優菜と星輝は堪えきれずに楽しそうに笑い出した。

「瑞季とヒナってほんといいコンビだよな」

「うん、見てて飽きないね」

「だね」

「どこが!?」

 悪い気はしないにゃ、としたり顔のヒナのおでこに、瑞季はデコピンした。「痛いニャ! ぼくはこれでも王子なんだニャ!」と騒ぐヒナをドラムバッグの奥に無理やり押し込める。それを見て優菜と星輝はまたクスクスと笑った。

「そうだ、瑞季。ちょうどあっちにコンビニがあるから行こうか。お食事処も何件かあるけど」

「うーん、コンビニにするよ。ヒナのチョコチップメロンパンはコンビニにくらいしかないだろうし、外食はお財布に厳しいし……」

「そういえば」

 優菜が思い出したように、バッグを覗き込むようにして尋ねる。

「ヒナ、あれ以来体調は大丈夫なの?」

 以前、ヒナは人間の食べ物を食べすぎたことが原因で体調を崩したことがあった。

「うむ、あれからはすこぶる元気ニャ! 人間の食べ物はちょっと控えるようにしてるから、たまに口寂しいときはあるけどニャ……」

「そっか。ちょっと寂しいかもしれないけど、我慢だね」

 優菜が優しく言う。

「仕方ないニャ。王子たるもの、自己管理もできなくてはニャ!」

 ヒナは再び胸を張るような仕草をし、ウインクした。

 他愛ない会話を交わしながら、三人はベンチから立ち上がり、コンビニを目指して歩き始めた。梅雨前の蒸し暑さは相変わらずだったが、友人たちとの時間は、そんな鬱陶しさも忘れさせてくれる。

 木漏れ日が揺れる、平和な昼下がり。

 そんな彼女たちの穏やかな日常を観察している者がいることに、彼女たちは気づいていない。


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