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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第十四話「奴隷」

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第十四話「奴隷」-1-

 自室の窓から朝日を眺めながら、カスパールは九年前のことを思い出していた。

 カスパールが住む国パルメダでは、一ヶ月に一度、政府による三十分の国営放送がなされる。政策成果や海外の戦争状況、国家プロジェクト、優秀な小学生の自由研究紹介など、内容は多岐にわたるものの、視聴率はせいぜい一パーセント。

 しかし、その日は違った。

 民間放送、インターネット動画サイト、あらゆるメディアがひとつの壇上を映し、その放送は世界中に中継されていたのだ。

 カスパールは軍の大広間で、その歴史的瞬間を目撃していた。放送内容の概要はすでに公開されており、誰もがそれに注目をしていた。この歴史的瞬間を見逃すまいと、世界中の誰もが仕事の手や家事、勉強を中断し、モニターに釘付けになっていた。

 壇上にはまず大統領が現れ、「前座は久しぶりだな」と冗談めかして笑うと、世界に向けて挨拶した。

「本日は異例のことですが、パルメダの全地上波、そして世界各国で放送されています。まさに前代未聞の放送でしょう」

 数々の言葉を述べた後、「さて」と大統領は手を叩いた。

「皆様は、私の顔が見たくてご覧になっているわけではないでしょう。ええ。すぐに彼を呼びますので、しばしの間お待ちください」

 大統領が退場すると、カメラの後ろから記者のざわめきが聞こえた。無人の壇上が映し出される時間が流れ、カスパールのいる大広間にもざわめきが広がった。

 そして、五十秒後、彼が現れた。

 弱冠二十三歳の天才科学者、ジン・ソフィアクロウ。

 仮想空間コンクラムや瞬間移動装置などの技術を開発した若き科学者として、世界中に名を馳せていたが、その素顔は知られていなかった。カスパールは彼と面識があったため素顔を知っていたが、この放送を見るほとんどの者は、彼の端正な顔立ちに驚いたことだろう。

 モニターの向こうの雑踏が消え、大広間のざわめきがすっと消え去り、静寂が訪れた。

 この瞬間、世界は息を呑んでいた。

 陶器のような白い肌、繊細な輪郭、穏やかで芯の強い瞳。真ん中分けの髪は目の下まで伸び、男性としては長めだが、綺麗にセットされ清潔感があった。

 壇上に立ち、ジンはまっすぐ前を見据える。カメラの向こうには何百万人もの民衆が彼に注目をしている。少なからず緊張をしていたはずだが、彼の堂々とした立ち振る舞いは、一切のそれを感じさせなかった。

「大統領よりご紹介いただきました。ヘブンの代表、ジン・ソフィアクロウです」

 穏やかな声だった。しかし、その声の奥に潜む鋭さを、多くの人々は感じ取っていた。

「パルメダでは現在夕方ですが、朝や深夜の方もいらっしゃることでしょう。お忙しい中ご覧いただき感謝いたします。ですので、挨拶はこのくらいにしておきます」

 彼は一瞬たりとも、カメラの向こうの人々から目を離さなかった。

「この世界が、残りわずかの資源をめぐって争い初めて、もう十年になります。十年前の私は、まだ十三歳の、世間も知らぬ子供でした。この広大な世界の資源がそう遠くない未来に尽き、これから生まれる生命が、例外なく健康に天寿を全うすることができないなど、信じられるはずもありません」

 彼の話し方や声は温かくて優しい。そして、夏の隙間風のように涼しげな爽やかさもあった。

 それだけであればただの好青年に過ぎないだろう。

 しかし、彼の言葉の芯には、一国の大統領のようにはっきりとした芯があった。

「我が国パルメダは、この事態を数十年前に予測し、準備してきました。そのため、戦争に加わることはせず、傍観者として他の国々が争い合うのを、データの上で眺めるだけでした。まるで往年のSF小説を読んでいるかのように。しかし、私は世界のどこかで人と人とが争い、資源を奪い合っているという事実を、指を咥えて眺めることができませんでした。幼い頃から、私は後先顧みずに行動してしまう癖があり、それをこのときも発生させたのです。すなわち、私の得意分野——科学で戦争を止められないか、と。——私の来歴はこの辺りにしておきましょう」

 調べたい人だけ調べてください、と言って咳払いをし、本題に入った。

「我々は、光の連邦への扉を開ける手段を生み出すことに成功しました。厳密にはまだエネルギーが足りず、開けられていません。しかし、一年以内には必ず開く。この扉を開け、私は光の連邦へ渡り、侵略します。この世界が資源不足に陥った根本原因である彼らから、資源を返してもらいます」

 世界中がざわざわとし始めたのを、カスパールは肌で感じていた。

 あんなやつら皆殺しにしてしまえ、と囃し立てる声。

 精霊の魔法の力に、本当に人間は抗えるのか、返り討ちに合わないか、という心配の声。

 種々様々あるが、「侵略する」という言葉に、反対する声はなかった。

 ジンが民衆に静止のジェスチャーをすると、今のざわめきが嘘だったかのように会場は静まりかえった。その光景は、まるで神話の一幕のようだった。

 ジンは少しずつ語気を強めていく。

「ご存知の通り、彼らの魔法は脅威ですが、もはや私たち人間は五百年前とは違います。彼らと戦う武器——科学を手に入れたのですから。なんとしても、この世界に資源を返してもらいます。灰呪雲はいじゅうんを消してもらいます。そして、あらゆるエネルギーを無から生み出すというデシリアの力を我々のものにし、二度と我々人間に逆らえなくしてやります」

 ジンは一呼吸おき、民衆の心に寄り添うように、柔らかい声で続けた。

「皆さまも気づいていることでしょう。戦うことに、誰もが疲れていることに。資源を守るために、資源を浪費していることに。いつしか、戦争が一部の人間の金稼ぎに利用されてしまっていることに。こんなこと、もうやめませんか? ——そこで、皆さまにお願いがあります」

 ジンは、まっすぐな瞳で世界中の民衆と目を合わせた。

「資源は必ず、私が光の連邦から持ち帰ります。もう人間同士が争い合って奪い合う必要はありません。全員で一斉に武器を下ろし、私の研究に賭けてください」


 こうして彼は、誤った方向に進んだ世界の歴史に手をかけ、資源をめぐる世界大戦を休戦させた。

 次第に彼を『英雄』と呼ぶ声が増し、世界中の民衆が彼を支持するようになる。

 さらに『一年以内に必ず光の連邦への扉を開ける』という公約が実現された。

 光の連邦への扉とは、その名の通りふたつの世界を渡るための扉だ。その扉には二度と開けられぬよう、精霊にバリアが張られていた。このバリアは、どんな武器で攻撃しても傷ひとつつけられなかった。まさに、人智を超えた精霊の力。

 一年後、ジンはとうとうバリアを破壊した。精霊の源と同じエネルギーを原動力とする兵器に——スレイヴによって。

 その後、ジンや彼が率いるヘヴンの傭兵は空の邦の王子に出し抜かれ、計画に八年の遅延を招くことになる。当然それを批判する者もいたが、資源にはまだ余裕があった上、光の連邦からある程度の資源を持ち帰ることには成功したため、多くの民はジンおよび彼の作ったヘヴン社を讃えた。無の邦への扉を開けるまでの八年間、彼らの世界は一定の平穏さを保っていた。

「しかし、デシリアと灰呪雲の問題を解決せねば、勝利とは言えない」

 カスパールは窓越しに無の邦の空を見上げる。降り注ぐ朝日は、彼女にはあまりに眩しかった。


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