第十三話「好きなことをして生きていく」-7-
翌週の週末、星輝たちは瑞季の部屋にいた。そこにはいつもの三人とアスラがおり、机の上には、答案用紙と点数が書き込まれた集計表が広げられた。そして、それらを指さしながら星輝は目を輝かせながら興奮気味に話す。
「アスラ! 見てくれよ、これ!」
星輝は、宝物でも見せるかのように、自分のテスト結果をアスラに見せた。一番点数が高いのは英語で七十点。赤点が危ぶまれていた数学も、なんとか四十二点を確保している。そして、集計表に書かれた五教科の合計点は三百九点。クラスの平均点である三百五点を、僅かながら上回っていた。
「ほら! 平均点、超えたぜ! 音楽を続けられる! やったー!」
星輝は得意げに胸を張る。その顔は、達成感と喜びに満ち溢れていた。
「目標達成、ということですね。おめでとうございます、星輝さん」
アスラは穏やかな表情で祝福の言葉を述べた。
ブラフザールとの激しい戦闘があったのは、テスト期間の直前。しかも彼女たちは負けたのだ。そんな状況下で、勉強が苦手な彼女がここまで頑張ったことに、純粋な感嘆を覚えていた。
今日は『テストお疲れさま会』と称して、四人で瑞季の部屋に集まっている。ヒナにはアスラがいる手前、部屋の押し入れ——ヒナ曰く『地獄の入り口』——の中で、息を潜めてもらっている。
「……どうして、わざわざ私に答案を見せてくださったのですか?」
アスラは不思議に思い、尋ねた。自分は彼らのクラスメイトどころか、同じ学校に通っているわけでもない。直接勉強を手伝ったわけでもない。ただの、街で偶然瑞季と出会って仲良くなっただけの人物なのだ。
「ん? ああ、瑞季からさ、アスラもウチのこと心配してくれてるって聞いてたからな。だから、ちゃんと結果報告しなきゃって思ってさ!」
星輝はニッと笑って答えた。その屈託のない笑顔に、アスラの胸がチクリと痛んだ。
討つべき敵が音楽をやめさせられる。
それに、アスラはなんとも思っていないはずだった。
なのに、今、自分は安堵している。
「そ、そうですか……。わざわざ、私のために答案を持ってきてくださるなんて、思ってもいませんでした」
アスラは、星輝のまっすぐな視線から逃れるために目を逸らし、小さな声で呟いた。
「……嬉しい、です」
「いやー、それにしても今回はマジで頑張ったわー。優菜と瑞季にケツ叩かれまくってさ。叩かれすぎてナイスボディになっちゃったよ。やればできるじゃん、ウチ!」
星輝は、アスラの内心の葛藤など露知らず、自分の頑張りを自画自賛している。
「まあ、ぶっちゃけ、勉強なんてつまんねーし、できることなら一生やりたくねえけどな」
「こらこら、勉強は続けなきゃ意味ないんだから」
「だな。頑張るよ、これからも。アスラちゃんは、勉強好きなのか?」
「え、えーっと、はい」
突如話題を振られ、アスラは動揺してしまう。呼吸を整え、いつもの優等生としてのアスラを演じることを心がけ、続けた。
「勉強は、自分の将来の選択肢を広げるためにも大切です。それに、世の中には、残念ながら数学や理科の知識を悪用して、人を騙してお金儲けをしようとする人もいます。そういった悪意から自分の身を守るためにも、日頃からしっかりと知識を身につけておくことは、とても大事なことだと、私は思います」
模範的な回答。けれど、その言葉には、自分自身の経験から来る、偽らざる思いも込められていた。
知識は力であり、身を守る盾にもなる。
それは、どんな場所でも変わらない真実。
「へー……。なんか、アスラが言うと、すっげー説得力あるな。偉いなあ、アスラは」
星輝が素直に感心したように言う。その純粋な賞賛が、アスラの心を締め付けた。
偉くなんてない——。
星輝は気分を切り替えるように、パンと両手を合わせた。
「この調子で、これからもギターの練習のついでに、ちょっとずつ復習していかねーとな。自信持って生きていきたいからさ! だから、アスラも見守っててくれよな!」
そう言って、星輝は再びアスラに満面の笑みを向けた。その笑顔は、夏の太陽のように眩しく、アスラの心の影を容赦なく照らし出す。
「……はい。もちろんです。楽しみに、しています」
アスラは、なんとか笑顔を作って答えた。けれど、ぎこちなかったかもしれない。
「せっかく学校に通える環境にあるのですから、皆さん、しっかりと勉学に励んでくださいね」
そう言って、アスラはふと、小さな声で付け加えた。
当たり前に学校に通えるのが……羨ましいです——。
その呟きは、あまりにも小さく、他の三人の耳には届かなかったようだ。
「ん? ごめん、アスラ、何か言った?」
優菜が聞き返す。
「あ……い、いいえ。ただの独り言ですから、お気になさらないでください」
アスラは慌てて首を振り、誤魔化すように話題を変えた。
「そ、それより、瑞季さんは、テストの結果、いかがでしたか?」
途端に、瑞季はあからさまにぷいっと顔を背け、視線を泳がせた。
「……聞かないでほしい」
その反応を見て、星輝が待ってましたとばかりに口を挟む。
「瑞季はなー、なんと、ウチに合計点で三点差で負けたんだよ!」
「うぐっ……! めちゃくちゃ悔しい……! 『犬も歩けば猫は寝る』とか訳わかんないこと言ってた人に負けるなんて……!」
瑞季が本気で悔しがっているのが面白いのか、星輝は得意満面の笑みを浮かべ、ケッケッケと喉を鳴らす。
「これが実力だ、瑞季! 次の期末までには、この高みまで登ってこい!」
「たった三点差でそんなに偉そうになれる!?」
瑞季が猛然と反論し、それを見ていた優菜もくすくすと笑い出す。三人はいつものように、賑やかに、そして楽しそうに笑い合っていた。
その光景を見ていると、アスラの胸にも、温かいものが込み上げてくる。
任務のこと、自分の正体、葛藤……そういったものが、一瞬だけ遠のいていくような気がした。釣られるように、アスラも「あはは……」と、乾いた、けれど確かな笑い声を上げていた。
今は、ただ——。
この温かい光の中にいたい。そう願ってしまう自分がいることに、アスラは気づかないふりをした。
(第十三話「好きなことをして生きていく」了)
第十四話「奴隷」 2026/5/9 8:00投稿予定




