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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第十三話「好きなことをして生きていく」

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第十三話「好きなことをして生きていく」-1-

 満員御礼のライブステージで、カラフルな照明に照らされながら、高梁星輝たかはしてんしはギターソロを弾いていた。ギターの技術に定評のある星輝でも完璧に弾くことが難しく、ごまかしながら弾くのが精一杯のギターソロだ。だが、この日の彼女はそのソロを完璧に弾きこなしていた。自分でも信じられないくらい左手の指が素早く動き、右手が寸分の狂いもないタイミングで弦を弾く。あまりにも完成度の高いギターソロに、会場は最高潮に盛り上がった。

 ソロが明けて、星輝はボーカルに戻る。ハイトーンが続くメロディだが、まったく苦しさを感じず、スムーズに声を出すことができた。

 こんなに何もかもがうまくいくことは初めてだ!

 かつてない興奮に身体を任せ、曲の最後のキメで星輝はジャンプをし、ギターを掻き鳴らす。

 そのとき、星輝の足元からステージの床が消えた。

 何が起きたのか分からず、穴に落ちていく。いつまで経っても足が地につくことがないまま、彼女は虚無の中を延々と落ち続けていく——。

「高梁」

「いてっ」

 後頭部に教科書の背が落ちてきて星輝は目が覚める。

「いい夢は見れたか?」

 頭を上げると、小池先生が仏頂面で星輝を見下ろしていた。

「……なんだ、夢か。夢でよかった」

「ほう。この状況より悪い夢があるのか。めでたいものだ」

「え?」

 クスクスとした笑い声が周囲から聞こえてきた。授業中に居眠りしていたらしいことを星輝は徐々に理解していく。

「あ、居眠りしちゃってすみません」

「高梁よ。前に言ったよな。次、授業中に居眠りしたらバンド活動をやめさせる、って」

「え? ——あっ。あ!」

 昨日も星輝は授業中に居眠りしてしまい、こっぴどく叱られたばかりだった。そこで「次居眠りしたらバンドを禁止にするからな」「りょー」と約束をしてしまったのだ。

「すみません! 次のライブが近くてずっと練習してて眠れてなくて」

「夜遅くまで起きていたのに、今日の宿題すら出せてないのか。あきらかに学業に支障をきたしているな」

 学外の活動は、お金稼ぎ目的でなければ、学業に支障をきたさない範囲で認められている。逆に言うと、支障をきたしたと判断されたら、親を通して活動をやめさせられることになるのだ。

 星輝はすっかり目が覚めていた。

「小池っち——いや、小池閣下お許しください!」

「敬称の癖が強い」

「なんでもしますから!」

 立ち上がり、頭を九十度下げる星輝。

「ほう、なんでもか」

 その光景を見て、ネットで読んだ同人誌を思い出し、顔を赤くしていた染谷瑞季そめやみずきのことはともかく、星輝は必死だった。バンドをやめさせられることは、彼女にとって人生の半分を失うほどの絶望なのだ。

 小池先生は黙って高梁星輝の後頭部を見つめ続け、「では、こうしよう」と言った。

「来週の中間テスト、全教科の合計で平均点を取れ」


           ◆


 放課後、教室の掃除が終わってクラスメイトたちが部活や自宅に向かった後、星輝と瑞季、月音優菜つきねゆうなは教室に残っていた。

「ありがとう……ウチに勉強を教えてくれる天使たちよ……」

 星輝は前の席に座る優菜と、右の席をくっつけて座る瑞季にそれぞれ頭を下げた後、何かを思いついたように手を叩いた。

星輝てんしに勉強を教える天使てんし、ってな!」

「やかましい」

 本当に大丈夫なのかな、と瑞季は不安で胸がいっぱいだった。

「先生方、よろしくお願いします」

「私は勉強教えられるほど成績良くないんだけどね」

「ウチからしたら天上人だよ」

「じゃあ優菜は何になるの?」

八百万やおよろずの神の集合体」

「強い」

 優菜は困り顔で微笑みながら、教科書もノートも開かずに勉強回を始めた。

「じゃあ、まずさっきの授業の歴史から行きましょう」

「対よろです」

「まずはテスト範囲の最初のところから。一一九二年、もしくは一一八五年に作られたものといえば?」

「……エレキギター?」

「そんなわけないでしょ。じゃあ、有名な語呂合わせを言うね。『いい国つくろう、』」

「『そして壊そう』」

「やばい人じゃん」

 鎌倉幕府ね、鎌倉幕府、と優菜が答えを言うものの、星輝はいまいちしっくりきていない顔だった。

「次は今日やったところから出すね。フランシスコ・ザビエルが日本に来た理由は?」

「良質な育毛剤を求めて」

 優菜の顔には「これはダメだ」と書かれていた。優菜が物事を諦めかけているのを瑞季が初めて見た瞬間だった。

 今度は瑞季が、自分のノートを広げて問題を探す。

「おっ、瑞季、意外と字綺麗じゃん」

「話逸らさないで。じゃあ、これは? 理科の実験で、液体が沸騰するときに突沸を防ぐために入れるものは」

「まごころ」

「沸騰石ね。まごころでは、おいしいものしか作れないよ。じゃあ、次はことわざ行こう」

 瑞季は国語の教科書を開き、適当なことわざの説明文を読んだ。

「理屈のよくわかっている立場の人が、自分では実行しないことのたとえ。『医者の』?」

「『愛人が看護師』」

「だいぶ実行してるじゃん」

 瑞季は一度咳払いし、自身の心に浮かんだ諦めの文字を見て見ぬ振りした。

 私は教科書に載っていることわざの前半を読むだけの機械……ただの読み上げ機械だ。

「『井の中の蛙、』」

「『死す』」

「『一寸先は』」

「『二寸』」

「『犬も歩けば』」

「『猫は寝る』」

「もしかして大喜利してる?」

「いや、ウチは聞いたことある歌のフレーズを答えてるだけで」

 瑞季の脳内で言いたいことが渋滞し、頭が痛くて左手でこめかみを押さえた。

 すると、星輝がパチンと指を鳴らす。

「いや、待て。こういうときこそ逆転の発想が大事なんじゃないか? ——そうだ!」

 優菜も瑞季も「どうせろくでもないアイデアなんだろうなあ」というジト目で黙って彼女を見つめるだけだった。

 星輝は意気揚々と言う。

「ウチがめっちゃ低い点数出せば平均点が下がるんじゃ」

 案の定碌でもなかった。

「平均点は下がるけど、必ず星輝の点よりは上になるよ」

「それにいつも星輝は点数低いじゃん」

「確かに……。そうだ!」

 星輝は立ち上がり、勢いよく頭を下げ、机におでこをぶつけながら懇願する。

「頼む! 優菜! 瑞季! ゼロ点を取ってくれ!」

「嫌だよ」

「たとえふたりゼロ点がいたとしても、平均点は全教科足して三点くらいしか下がらないと思う」

「その三点がウチを救うかもしれない……!」

「残念だけど、その三点で救える領域に、星輝はまだ立ってないよ」

 そのとき、瑞季のブレザーの内ポケットでスマホが震えた。二度目までのバイブレーションでは無視していたが、三度目でどうやら電話らしいと気づき、「ちょっとごめん」と言って瑞季は立ち上がり、スマホを見た。

 アスラからの着信だった。

 瑞季は通話ボタンを押し、教室の窓際へ向かった。


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