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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第十二話「瀬を早み 岩にせかるる 滝川の」

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第十二話「瀬を早み 岩にせかるる 滝川の」-3-

 その後、星輝と交代して瑞季が優菜と向かい合うことになったが、戦況は星輝のときと概ね同じだった。

 瑞季が半ば冗談で「三人まとめて相手しても勝てない気がする」と言うと、星輝が「いいねえ! それやろう!」と言い、瑞季の左手側の面に星輝が座り、その向かいにアスラを座らせた。こうして、四人で五十枚の札を囲んで素人三人による優菜レイド戦が始まった。

 アスラは平仮名が満足に読めないため、みんなで彼女の膝の先にある五枚の音を教え、その五枚だけに集中してもらうことにした。その結果、アスラはその五枚のうち三枚を取った。その後、アスラは担当外の札まで一枚取ってしまい、優菜を驚かせる。

「よく取れたね、アスラちゃん」

「はい。最初に優菜さんと星輝さんと戦っているときに、優菜さんは上の句の最初の『む』の音だけで『きりたちのぼる』の札に飛びついていましたので。きっと、上の句が『む』の音で始まるものは、他にないんじゃないか、と」

「すごい! その通りだよ! 『きりたちのぼる』の音と、字も覚えてたんだ」

「はい。すごく印象に残ったので覚えていました」

「すごすぎる!」

 優菜は正座で座りながら飛び跳ねるようにして手を叩いた。

 瑞季は、こんなにはしゃぐ優菜を初めて見た。いつも大人びていて高校生や大学生にも見える優菜だが、このときは年相応の少女に見えた。

 瑞季や星輝も一緒にアスラを褒めると、アスラの顔がみるみる赤くなっていく。それがかわいくて、瑞季は「天才!」「千年に一度の逸材なんじゃない?」とオタク語彙の褒め言葉を次々と浴びせていた。

 すると、

「うるさい。初心者のお遊びなら他所でやってくれる?」

 瑞季の後ろからツンとした女の子の声が聞こえた。

 振り返ると、瑞季たちと同じくらいの歳の女の子が立っていた。声色や黒縁のメガネからは真面目さが際立っている。

「こらこら、鳥羽とばさん」

 足立先生はあぐらで座ったまま『鳥羽さん』と呼ばれた女の子に顔を向けた。

「初心者は大切にしないと。興味を持ってくれるだけでありがたいんだから。どんな遊戯でもスポーツでも、その業界を支えてるのはプロフェッショナルじゃなくて初心者だ」

 鳥羽は不服そうな顔で優菜たちに背中を向け、大広間を出ていった。

 さっきまでとは一転し、静かになった空気の中、足立先生がため息をついた。

「悪い子じゃないんだけどね。ちょっと真面目すぎるのと、月音さんをライバル視しているだけで」

 よっこらしょ、と呟きながら足立先生は立ち上がる。

「あまり気にしないで。騒いでくれてもいいからね」

 足立先生は鳥羽を追いかけるようにして大広間を出ていった。


 その後、三対一の優菜レイド戦が続行された。優菜は下の句が読まれ始めるまで動いてはいけないと言うハンデがあったが、結局下の句が始まるまでには当たりをつけていることがほとんどだったのでまるで歯が立たず、さらに「下の句の後半が始まってから優菜が動いてもいいようにしよう」と星輝が提案してハンデが追加された。そのおかげで瑞季たちは場に札が減るほどに追い上げてきたが、結局優菜の陣地の札がなくなるのが先だった。

 このゲームで、アスラは自分が担当する五枚のうち読まれた四枚と、それ以外を一枚取っていた。その一枚の札を彼女は大切そうに手にしていた。

「どうしたの? アスラちゃん」

「あの、優菜さん……、『からくれないに みずくくるとは』で、読み方あっていますか?」

 たどたどしいながらも、正確な発音だった。

「うん、合ってるよ。この『ゐ』は昔の字だから、今は使われないの。ほんとにアスラちゃんは耳がいいんだね」

 優菜が感心して言うと、アスラは「いえいえ……」と謙遜しつつ、嬉しそうに頬を染めた。そして、記憶を辿るように宙を見つめる。

「上の句は、ちはやぶる——なんでしたっけ」

千早ちはやぶる 神代かみよもきかず 竜田川たつたがは。だね」

 優菜が淀みなく答える。それは、今日の体験会の初めに読まれた歌だった。星輝も「あー! ウチが最初に取ったやつか!」と思い出したように声を上げたが、取ったのは優菜である。指摘するのも野暮だと思い、彼女は「そうだね」と短く頷くだけに留めた。

「ちはやぶる……かみよもきかず……たつたがわ……」

 アスラは歌の響きを確かめるように、小さく繰り返した。そして、うっとりとした表情で呟く。

「すごく、音が……言葉の響きが、美しいです」

「ふふ、アスラちゃんもお目が高いね」

 優菜は自分のことのように嬉しくなって言った。

「『ちはやぶる』は百人一首の中でも人気のある一首なの。竜田川っていう奈良県の川一面に紅葉が浮かんでいるのが美しくて、こんな美しい景色は神様の時代からの言い伝えなんかでも聞いたことがない、って詠んだ歌なんだって」

「紅葉……。アニメで見たことがあります。赤や黄色の葉っぱですよね? 実在するんですか?」

「うん。もちろん……あれ?」

 しかし、優菜は首を傾げる。アスラの出身はカナダだったはず。

「カナダにもメープルの木がたくさんあるよね? カエデって紅葉するし、国旗にもなってるくらいだから、アスラちゃんの国にもそういう景色はたくさんあるのかなって思ってたんだけど」

「あ、えっと……それは」

 アスラは急に視線を逸らし、指をもじもじさせながら、少し言いにくそうに口を開いた。

「私が住んでいたあたりには、その……木はありましたけれど、川いっぱいに葉が浮かぶほど、たくさんは……ありませんでした。だから、その、本当にそんな景色があるのかな、と……」

「あ! そっか、そういう意味ね! ごめんなさい」

 優菜は慌てて謝った。

「いえいえ、お気になさらず」

「うーん、たしかに、いまどきの日本の普通の川で、歌みたいに一面真っ赤っかになるほど葉っぱが流れてる所は、あまりないかもしれないけど……。でも、ここで詠まれている奈良の竜田川とか京都とか、昔からの紅葉の名所って言われるような場所に行ったら、きっと見られるんじゃないかな」


 午後二時になる頃には優菜の言った通り、大広間の人の数は増えていた。瑞季たちが来たときの二倍ほどだ。老人や小学生が中心だが、老若男女幅広い世代の人々がいる。

 いつもその時間になると模擬試合をすることになっており、足立先生は対戦相手を決めるための抽選箱を抱え、参加するひとりひとりにその口を向けていた。

 ゲストのお嬢さんたちもどうかな? と瑞季たちも誘われたが、断って見学をすることにした。もちろん優菜は参加し、抽選箱から『三』と書かれた紙を取り出していた。彼女が引くまでの間に同じ数字を引いた人はいなかった。

 他の参加者も次々とくじを引いていく。その中に、ひとり、鋭い視線を優菜に向けている少女がいた。黒い縁の眼鏡をかけた、少し神経質そうな雰囲気の少女。先ほど瑞季たちに突っかかってきた鳥羽茜とばあかねだ。

 茜は黙って割り箸を引く。番号を確認した茜の口元が、わずかに歪む。そして、足立先生が「はい、では同じ番号同士で対戦してください」と告げると、迷いなく優菜の元へと歩み寄った。彼女の引いた番号も『三』だったのだ。

「鳥羽さん、よろしくね」

 優菜はにこやかに挨拶したが、茜の表情は硬いままだった。

「月音さん。今日は、絶対に倒してやるから」

 低い、しかし強い意志のこもった声で茜は言い放った。その目は眼鏡の奥で、挑戦的に優菜を射抜いている。

「望むところだよ」

 優菜も笑みを消し、まっすぐに茜を見据えて応じた。ふたりの間に、パチパチと火花が散るような緊張感が走る。

「さあ、ふたりとも、席について」

 足立先生にそう言われて、他の参加者がもう畳に膝をつけていたことに気がつく。

 すみません、と短く謝罪して指定された場所に向かい合い、正座する。他の会員たちもそれぞれの対戦相手と向き合い、一斉に札を広げ始めた。

「今日こそ、絶対に勝つ」

 茜が小声で呟く。

 彼女が優菜を敵対視しているのはいつものことだ。

 でも、今日はいつもと様子が違う——。

 優菜はその違和感を受け、反射的に足立先生に目を向けていた。彼は、寂しそうに茜の横顔を見つめていた。


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