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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第十一話「風鈴」

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第十一話「風鈴」-4-

 瑞季は急いでリアハイリンに変身し、跳躍した。運送トラック型スレイヴはブレーキを踏むこともせず、そのまま背後のビルへ突進した。

 轟音と白煙。

 一階部分のテナントがガラス片と共に吹き飛び、コンクリートの柱がへし折れる。トラックの巨体はオフィスビルの土台を粉砕し、半分ほどめり込んでようやく止まった。

「しまった」

「おいおい、ちゃんと受け止めないと周囲に危害が及ぶよ? ヒーローなんだろ?」

「うるさい」

 ナーサの煽りに腹を立てながらも、リアハイリンはスレイヴから目を離さなかった。スレイヴはガラガラと崩れていく瓦礫の中からゆっくりとバックしている。

 跳躍していたリアハイリンは道路の真ん中に降り立った。極力周囲へ被害を及ぼさないためだ。

 そして、スレイヴは再び彼女へ走る。

 猛スピードで迫る鉄塊。風圧だけで肌が粟立つ。

「速い……! でも、動きは直線的!」

 避けるだけでは、街が壊される。避けた上で動きを止めるのが最善策だ。

 ギリギリまで引きつけ、その巨体をいなすタイミングを計る。

 トラックのフロントガラスが目前に迫った瞬間、真横に跳んだ。スレイヴの軌道上から外れ、すれ違いざまに運転席側のドアを蹴り抜く。

 鈍い音が響いた。

 蹴り飛ばしたはずの右足に、電流のような痺れが走る。

 重い。まるで分厚い城壁を蹴ったかのような。

 スレイヴは車体を揺らして軌道を逸らしはしたが、横転まではいかない。不気味なほどスムーズにブレーキをかけ、ドリフトするように曲がると、ビルに直撃する寸前で停止した。

 第一世代スレイヴには意志がなく、その操作は召喚主が行う。つまり、そのままビルに突っ込まなかったのは、ナーサの意志だ。

「止めてくれたの?」

「ブレーキの練習だ」

 召喚主の気を引くことができれば動きを止めることができる。

 それが第一世代スレイヴの弱点。

 ただ、今回のように召喚主が静観している場合は、そうはいかない。

 下手にナーサを攻撃する手もあるが、ナーサまで戦線に立ってしまうとこちらに不利になる。静観してくれているのなら、そのまま放っておいた方がいい。

 そのように分析しながら、リアハイリンは眉間に皺を寄せた。

「今回の相手はちょっと相性が悪いかも」

 足がまだ痺れている。ここまで硬い相手は初めてだった。物理攻撃では分が悪い。物理攻撃以外だと体力の消費が激しいデシリア・クリア・スクリームしかできないため、状況はかなり不利だ。

「風のデシリアなんだろ?」

 ナーサが不思議そうに問いかけてくる。

「風は使わないのか?」

「使えてたら使ってる! 使い方が分かんないの!」

 このことは優菜や星輝にも相談したことがあった。

 ヒナの持っていたデシリル・ジェムは火・水・風の三つ。当然リアハイリンは風の担当であるわけだが、風に乗って空を滑空することはできるものの、それ以外では風の力らしいものを使ったことがない。

 一方、後から変身したリアマイムやリアスピサは当然のように水や火の力を使っている。以前、ふたりにどんなイメージで炎や水を出してるかを尋ねたことがあるのだが、「能力を出すときは特に何も考えてない」とのことだった。ヒナに訊いても「知らないニャ」と首を振るだけだった。

 ナーサが言う。

「ひょっとすると、あんたは火のデシリア以上に適性がないのかもな」

 否定できなかった。

 彼女の思考を断ち切るように、エンジン音が唸りを上げる。

 迷う暇など与えず、スレイヴが突っ込んできた。



           ◆


 瑞季がテラスカフェを飛び出していって十分が経った頃。

 優菜はアスラからの質問に答えているうちに、星輝の紹介をしていた。

「でね、その星輝って子がちょっと勉強が苦手で。もうすぐ中間テストだから心配なんだよね」

 自分でも少し早口気味になっているのが実感できてしまう。しかし、平常心になって話す速度を元に戻すことはできなかった。

「得手不得手というものは、どうしてもありますものね」

 対照的にアスラはけろりとしていた。

「アスラちゃんはお勉強得意そうだよね」

「そんなことはありません。苦手ではありませんが、きっと優菜さんには劣ると思います」

 アスラは上品に両手を膝の上に置いて、おしとやかな微笑を浮かべた。優菜や彼女の前からはティーカップやケーキがなくなり、テーブルには瑞季の食べ残しだけが残っていた。

「そういえば瑞季さんなかなか帰ってきませんね」

「そ、そうだね……。混んでるのかな」

 気が気ではなかった。

 ——瑞季のことだから負けちゃってることはないと思うけど……。

「あの、優菜さん」

 アスラに声をかけられ、優菜は急いでこの場へ意識を戻す。

「はい、なんでしょう」

「どこか落ち着かない様子ですね」

 やっぱり図星だったかー、と優菜は心の中で苦笑する。

「そ、そうかな」

「はい。何か気がかりになることがあるのでしょうか。ひょっとしてお手洗いでしょうか。もし、私をひとりにしてしまうことができないがために、動きたくても動けないのなら、お気になさらないでください。私はここで、心地よい風を浴びながらゆっくり待っていますので」

 どうすべきか、優菜は目を泳がせて考える。

 最終的に自分の欲に任せることにした。

「うーん、じゃあ、ごめん。ちょっと待ってて。家族に電話しないといけないことをさっき思い出しちゃって。ひょっとしたら長電話になっちゃうかも。本当にごめん!」

 瑞季のバッグを膝に置いたアスラを残し、優菜は自分のバッグを持って駆け出した。


           ◆


 リアハイリンは先ほどと同じく、運送トラック型スレイヴの突進を引きつけてから躱し、今度は側面から荷台を蹴り抜いた。

 ごきり、と嫌な感触が足裏に返る。やはり硬い。足が痺れて動かない。

 これじゃいつまでもダメージが通らない——そう思った瞬間、予想外のことが起きた。

 スレイヴの巨体が傾き、片側の車輪が宙に浮く。体勢を整えようとカーブを切るが、制御を失った質量は止まらない。

 凄まじい破壊音と共に、コンクリート製の電柱が根本からへし折れた。

 くの字にひしゃげた電柱が、隣のビルへ向かって倒れていく。

「あれ? ブレーキの練習したんじゃなかった?」

 リアハイリンが煽ると、ナーサは目を細めた。反論は特にしてこない。スレイヴを操作し、車体をリアハイリンへ向けた。

 電柱に直撃したことにより、正面に凹みが浮かんでいた。先ほどよりも一層ボロボロになっている。

 ——ビルに突進することで自分自身にダメージが入っている?

「もしかして、さっき、ブレーキの練習だ、なんて言ってたけど、私が到着したときにはすでにスレイヴの体力が消耗されていたから、周囲へ無差別に攻撃するのを避けた、ってこと? タイヤが浮いたのも、そのせい?」

 ナーサは答えない。

「今まで車体の低い位置を蹴ってたけど、今なら高い位置を蹴ったら横転させられるかも」

 勝機を見出し、再度突進してきたスレイヴの攻撃を引きつける。

 そのとき。

「来たな」

 それは、ナーサの呟きだった。

 その声は、道路の真ん中でスレイヴの突進に集中していたリアハイリンまで届かない。

 リアハイリンは先ほどと同じように避け、跳ぼうとする。

 ドンッ、と虚空で道が塞がれた。

「え」

 回避ルートなどない。目前にあるのは、空を埋め尽くすほどの黒い翼。

 姿形こそカラスのようだが、その大きさはリアハイリンと大差ない。そんな巨大な鳥が日本の街中にいるはずがない。

 スレイヴだ。

「もう一体いたの!?」

 リアハイリンの回避を妨げたカラス型スレイヴは天高く飛び、トラックの猛進を避ける。

 だが、空中で縫い留められた彼女は避けられない。

 咄嗟に手を伸ばしたその瞬間には、彼女の身体はトラックの前面に張り付けられていた。

 防御など意味をなさない。数トンの鉄塊による体当たりが、有無を言わさず彼女を吹き飛ばした。


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