第三十九話「手鏡と姿見」-5-
五人揃ったデシリアたちの猛攻が始まった。
リアウインズが巻き起こす真空の刃がスレイヴを切り刻むように襲い、その隙をリアスピサとリアハイリンが突く。リアマイムの水の鞭が敵の動きを封じ、リアシエルが空間移動で死角から攻撃を仕掛ける。
「これで、どうだ!」
リアハイリンの渾身の蹴りが、スレイヴの胴体を捉えた。ガラスにひびが入るような甲高い音が響く。
その瞬間、リアハイリンは、はっと息を呑んだ。
スレイヴの、燃えるような赤と黄色が混じる髪や、ドレスのデザイン。
それは、真色泉かえでによく似ている。
「もしかして、佐倉さん?」
リアハイリンが呆然とつぶやいた、そのときだった。
《つらい……裏切られた気分……》
これまで沈黙を保っていたスレイヴのから、佐倉しずくの心の声が、脳内に直接流れ込んできた。
「佐倉さん。裏切られた、ってどういうこと?」
《推しが……推しのVの魂が、人妻だった……》
リアハイリンの動きが、ぴたりと止まる。
「……あ」
《分かってるの! ……ガワと魂は別々の人格だって! でも……分かってても、それでも耐えられなかった……! そう、私は器のちっちゃな女。笑いなさい……ふふふ……》
彼女はネットの海を探索するうちに、真色泉かえでの『中の人』が既婚者であるという、公然の秘密にたどり着いてしまったのだ。瑞季は以前からその事実を知ったうえで応援していたが、しずくにとっては耐え難い裏切りだったらしい。
《嫌いになっちゃいそう。裏切られた気分だよ……! そうだ! 赤スパで殴ろうかな!》
「ダメ! 反転アンチにだけはなっちゃダメ!」
魂活動もすごくいいから、そっちも一緒に応援しようよ。そんなことで嫌っちゃったらもったいないよ――そう言いたくなる。
しかし、言えるはずがない。
紡ぐ言葉を考えるリアハイリンの隣で、リアウインズが優しく語りかけた。
「誰のどんなところをどういうふうに好きになって、どういうふうに冷めてしまうか……。その組み合わせは、人の数だけ存在する、指紋のようなものです。あなたの想いを、私たちが否定することはできません」
リアウインズは苦しそうだった。
しずくの想いを受け止めながら、どうすれば黒感情を浄化できるのか。
その答えは、まだ誰も見いだせていなかった。
突如、スレイヴの中のしずくが絶叫した。
《あんなに性癖に刺さる、綺麗で可愛いお姉さんなんて希少種なのに!! ああ!! 綺麗なお姉さんによしよしされて慰められたい!!!!》
脳が押しつぶされそうになるほどの音圧だった。
リアハイリンは、どうすれば彼女を救えるか、スレイヴの目の前で真剣に悩んでいた。
しかし、少し離れて立つリアスピサとリアシエルは、
「……ウチらは、いったい何を聞かされてるんだ?」
「さあ……」
若干引いていた。
《むしゃくしゃする! あなたたちの性癖も聞かせなさい!!》
スレイヴが甲高い咆哮を上げた。そして、前線にいたリアハイリン、リアマイム、リアウインズへと高速で接近し、淡い光線を放った。
三人は咄嗟に身構えたが、光線を浴びても痛みはない。
だが、その直後、三人の胸元から、光る立方体の弾がポポポンと飛び出した。弾は上空へ舞い上がると、緩やかな放物線を描いて落下し、『闇』のオブジェのすぐ前に突き刺さった。そこには何やら文字が書かれていた。
それを見て、リアハイリンは気づいた。
「あ、この色、スパチャだ」
スーパーチャット——それは、配信者に投げ銭とともに送るコメントのことだ。
瑞季の胸から現れたのは、鮮やかなオレンジ色の弾だった。
『ロングヘアの綺麗なお姉さんがときどき見せるギャップ。元気っ子が揺らすポニーテール。ミステリアスで大人っぽいけど、ときどきPONを見せる天然お姉さん。ぼくっ娘ツンデレロリ。……全部最高!!!! ぐへへ……ハーレムだぜ』
「ちょ……な、なにこれ!」
「これ、もしかして、私たちのこと?」
「こんなこと思ってたんですね……」
リアマイムとリアウインズの視線に、リアハイリンは全力で首を横に振る。
「ち、違うって! いや、違わないけど、違うの!」
後方では、リアシエルが怒る猫のように毛を逆立てていた。
「……もしかして、『ぼくっ娘ツンデレロリ』って、ぼくのこと?」
「だろうな」
リアスピサが首肯する。
「だ、誰が『ぼくっ娘ツンデレロリ』だって!? 瑞季!!」
「まあ、落ち着けって。瑞季のああいうところは、そのうち慣れる」
次に、彼女たちは優菜から飛びでてきた、透き通るような水色のスパチャ弾に目を向ける。
『普段はおとなしめで、ときどき早口オタクになる普通の子だけど、いざというときはカッコいいヒーローになる。そんなギャップが好き。カチッて音が聞こえるくらいスイッチが切り替わるのが、何よりも素敵』
「これは、瑞季さんのことですね」
「優菜……」
リアハイリンは顔を真っ赤にする。リアマイムは、恥ずかしそうにぷいと目を逸らした。
その後方では。
「わかる」
「うん」
リアシエルとリアスピサが、深く頷き合っていた。
そして、アスラの弾は——燃えるような赤色だった。
『頼りがいのあるカッコいい年上のお姉さんしか勝ちません。銀髪か黒髪なら尚良しです。プラス一億万点。ああ……無理やりガーリーな服を着せて、恥ずかしがらせたくてたまりません……! そんな姿を見てしまったら、もう高血圧で死ぬ自信があります。いや、十年寿命伸びるかも。この生死をかけたギャンブルを、いつか楽しみたいものですね……ッ!!』
「……なんか、一番、業が深くない?」
「アスラちゃん……」
リアハイリンとリアマイムの、ドン引きした視線。
「み、見ないでください!!」
リアウインズは顔を真っ赤にしながら、巨大なスパチャ弾の前に立ちはだかり、両腕を広げて必死に隠そうとする。
その後方で。
「スピサ。ぼくらは、絶対にあのスレイヴに近づかないようにしよう。大切なものを失う気がする」
「そうだな。賛成。大賛成だ」
「冷静に考えると、うちのメンバーって、五人中三人アニメオタクなんだね……」
「おいおい、シエルが来る前なんて、ウチ以外全員だぞ。シエルが来てくれて、正直ちょっと助かってる」
「助かる理由、それでいいの?」
そのとき、
「……ません」
リアウインズの羞恥が、限界点を突破した。
「許しません……!!」
リアウインズが、天を裂くような絶叫を上げる。
「はぁああああああああああああああああああっ!!!!」
彼女を中心に、大気も空間も、さらには因果律さえも歪み始めた。
地面が砕け、活字のオブジェが、重力を失ったかのように宙を舞う。彼女の金色の髪は天を突くように逆立ち、その身体からは、青白いオーラが嵐となって吹き荒れていた。
それは、もはや風と呼べるような代物ではなかった。
惑星の自転さえも狂わせかねない、破壊エネルギーの奔流。
その暴風は、スレイヴの巨体を、紙屑のように軽々と上空へ吹き飛ばした。スレイヴが数百メートル上空まで吹き飛ばされると、嵐のような風がひとつの塊となり、さらに高い位置で静止した。直後、その風の塊から地面へ向かって猛烈な爆風が放たれ、スレイヴを叩き落とす。
砂塵が天高く舞い上がる。広場の中心には、隕石が落ちたかのような巨大なクレーターができていた。
「すごい力……!」
「ああ。今まで見た中で、一番強力な風かもな」
感嘆するリアハイリンとリアスピサ。その隣で、リアシエルが小さなため息をついた。
「……もっと真面目な場面でその力を発揮してほしいんだけど」




