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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第三十九話「手鏡と姿見」

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第三十九話「手鏡と姿見」-4-

 一週間後。体育の授業が終わり、制服に着替えた瑞季は、しずくのもとへ駆け寄った。真色泉かえでの昨日の配信の話で盛り上がるつもりだった。

「佐倉さん! 昨日の配信、見た!?」

「あ、染谷さん……」

 だが、振り返ったしずくの顔を見て、瑞季は言葉を失った。

 その表情は、一週間前にかえでの話で盛り上がっていたときとは打って変わって、どんよりと曇っていた。目の下には、うっすらと隈が浮かんでいる。

「ど、どうしたの? 元気ないね」

「……なんでも、ない」

 しずくはうつむいたまま、それ以上何も言わなかった。

「そっか。話したくなったら、話してね」

 それだけを伝え、瑞季は小さく手を振って去っていった。


                   ◆


 その日の放課後。

 瑞季、優菜、星輝の三人は、連れ立って帰り道を歩いていた。しずくのことが気にかかり、瑞季の足取りは少しだけ重い。

 そのときだった。瑞季のバッグの中から、ヒナの焦った声が響いた。

「瑞季! 近くにスレイヴが現れたニャ!」

 三人は顔を見合わせ、頷き合う。ヒナが指し示した方向へと駆け出した。

 駅へ向かっていると、騒ぎが聞こえ始めた。過去に駅前で戦ったことはあったが、それは駅の東側。今回のスレイヴは駅の西側にいた。

 駅のコンコースを抜けると、西陽が差す広場が現れた。

 そこは、駅前再開発で作られた、無駄にだだっ広いモダンな広場だった。地面には、さまざまな書体や大きさの文字を立体化したオブジェが、アート作品として無秩序に点在している。『未来』『希望』『愛』といったポジティブな単語から、『嘘』『罪』『罰』といったネガティブな単語まで。市の偉い人が「アートによる街おこしです」と言って作ったらしいが、市民の間でも「誰に向けたメッセージなのかさっぱり分からない」「税金の無駄遣いだ」と不評らしい。

 広場の中心に立つ、異形の怪物。そして、その傍らには、紫色のコートをはためかせた、ナーサの姿があった。

「ナーサ……!」

 三人は声を揃える。

 スレイヴの身長は、三メートル近くあるだろうか。しなやかな手足は人間離れした長さを持ち、その肌は淀んだ暗い紫色をしていた。

 顔にあたる部分には、目も鼻もない。ただ、大きく裂けた口だけが、ぽっかりと開いていた。

 頭部から伸びる髪は、黒く濁っている。だが、その所々には、燃えるような赤と、鮮やかな黄色が、消えかけの夕焼けのように悲しく滲んでいた。

 身にまとっているのは、かつては優雅なドレスだったであろう、黒い布の残骸。その裾や袖は、悪意そのものが結晶化したかのように、鋭い棘となって、四方八方に突き出している。

 瑞季の胸に、嫌な予感が広がった。

 このスレイヴの姿、どこかで……。

「スレイヴを使うのは、久しぶりだな」

 ナーサは瑞季たちを一瞥すると、『楽』のオブジェを構成する『木』の横棒に腰をかけた。

「自分で戦うのも悪くないけど、こうしてまた、あんたたちが苦しんでるのを高みの見物するのもいいもんだ。さ、頑張ってあたしを楽しませてよ」

 すると、ヒナがバッグから飛び出してきた。

「ふざけるなニャ……! 人の心を何だと思っているんだニャ!」

 ヒナは、かつて故郷をスレイヴに滅ぼされた。そんな兵器をおもちゃ扱いするナーサが許せないのだろう。

 ナーサを睨み続けるヒナの背に、瑞季はそっと触れる。

「ヒナ。気持ちは分かるけど、今は早くスレイヴを浄化したい。お願い」

「……分かってるニャ」

 瑞季の言葉に応え、ヒナの身体が淡い光に包まれる。その光の中から、パーカー姿の穹が現れた。

「あいつのことが気に食わないのは、ぼくも一緒だけどね。よりによってなんでヴォイズ・アークの仲間なんかに」

 フッ、とナーサは嘲笑う。

「さあね。自分で考えれば? ――ただ、あたしだって、ジンを見捨てたあんたのことは気に食わない」

「見捨てたわけじゃ――」

 穹が言い返そうとしたところで、星輝が手を伸ばして制した。

「穹。気持ちは分かるけど、今は」

 穹は苦虫を噛み潰したような顔をしてから、息をついた。

「……そうだね、早く片付けよう」

「ありがとう、穹ちゃん。よし! みんな、行くよ!」

 瑞季の号令で、四人はデシリル・アンプを構える。

 眩い光が、夕暮れ時に差し掛かった広場を包み込んだ。

 光が収まると、リアハイリンはスレイヴへとまっすぐに駆けた。

 スレイヴは、背中に生えた割れた鏡のような翼を不気味に震わせた。無数のカラフルな光弾が、弾幕のようにリアハイリンへ降り注ぐ。

「きゃっ!」

 咄嗟に腕で顔を庇う。弾丸が身体に当たっても、痛みはほとんどない。代わりに、悪意に満ちた声が、心の奥底を直接抉るように脳内へ響き渡った。

 ——お前は偽善者だ。

 ——ヒーローごっこなんて幼稚だね。

 ひときわ大きな赤い光弾が、リアハイリンの腹部を捉える。

 ——お前は、悪だ。

 その言葉が消えた後も、悪意だけが身体にまとわりついていた。薄い膜を一枚、全身に貼りつけられたような感覚だった。

 腕を動かす。重い。もう一度、足を踏み出そうとする。膝が、ぐらりと沈んだ。

「くっ……なに、これ……!」

「ハイリン!」

 リアスピサが、炎をまとった拳を叩きつけようとスレイヴに迫る。だが、スレイヴは、背中の鏡の破片を彼女の周囲に展開させた。

「なにっ!?」

 四方を鏡に囲まれる。拳を叩きつけても、鏡面はびくともしない。

 その向こうで、何かが動いた。

 鏡に映っているのは、以前、父親に酷いことを言ってしまったときの自分だった。画質の粗いGIFアニメのように、同じ場面が何度も繰り返されている。

「変な攻撃してくんなよ」

 リアスピサが鏡の檻に向かって悪態をつく。

「ふたりとも!」

 リアマイムが水の鞭を放ち、リアシエルが瞬間移動で背後を取ろうとする。だが、スレイヴの動きは、それを読んでいたかのように素早い。鏡の翼で水の鞭を防ぎ、リアシエルの出現位置に、的確に弾丸を撃ち込んだ。

「くっ……強い……!」

 一方、リアハイリンは精神攻撃に耐えながら立ち上がり、反撃を試みて地面を蹴った。

「そんな言葉に……惑わされない!」

 だが、スレイヴは、まるでバレリーナのように軽やかなステップでその猛進を躱した。そして、リアハイリンの腕を掴むと、その勢いを利用して一回転させ、広場の『罪』というオブジェに叩きつけた。

「きゃあ!?」

 石造りのオブジェが割れ、その瓦礫にリアハイリンは横たわった。

 彼女はゴホゴホと咳をしながらもは再び立ち上がり、スレイヴを見上げた。

「あなたの黒感情は、何?」

 リアハイリンの問いに、スレイヴはもちろん答えない。ただ、大きく裂けた口から、悲痛な風の音が漏れるだけだった。

 やはり、このスレイヴの姿や、さっきから飛んでくるカラフルな弾丸の配色に、既視感がある。燃えるような赤と、鮮やかな黄色が混じった髪の色。

 背後からリアシエルとリアマイムが接近すると、スレイヴは再び暴れ出した。決定的なダメージを与えられないまま、四人は為す術もなく翻弄されていく。

「いい気味だねえ。あのジジイのスレイヴだけあって趣味は悪いけど」

 ナーサはその光景を、ただ腕を組んで冷ややかに見つめていた。

 そのときだった。

 戦場に、清らかで力強い風が一陣、吹き抜けた。

 リアスピサを閉じ込めていた鏡の檻が、砂の城のように崩れ去る。

「この風は……!」

 リアハイリンが顔を上げると、広場の街灯の上に五人目の仲間が静かに佇んでいた。

 白と黄色を基調とした、メイド服にも似た優雅な衣装。風にたなびく、金色の髪。

「ウインズ……!」

「お待たせしました、皆さん」

 リアウインズは、ふわりと地面に舞い降りると、四人の隣に並び立った。

 その光景に、ナーサの眉がぴくりと動く。

「お姉さま……」

 リアウインズが、姉の姿を見つめてつぶやいた。

 ナーサは何も言わず、目を逸らした。

 リアウインズもまた、姉から視線を外してスレイヴへ向き直った。

「今はまず、あの人を助けてあげましょう」

 リアハイリンたち四人は頷き、構えた。

「さあ、反撃の時間だよ!」


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