第三十八話「空色の栞」-6-
リアシエルを見送ったリアスピサは、地面に無数の穴を開ける闇色の怪物へと向き直った。
「さて……遊ぶのはここまでだ。まとめて焼いてやるよ!」
彼女は怪物が次に現れる位置を予測して、地表へと掌底を打ち込む。灼熱の衝撃が地中へと伝わり、怪物の悲鳴のような軋みが響いた。リアスピサはそのまま、怪物の装甲を粉砕すべく、全身の情熱を右拳に凝縮させて大きく振りかぶる。
だが、その一撃が放たれる直前、背後から巨大な影が覆いかぶさった。
「!?」
ロボット型スレイヴが、右腕のビームサーベルを振り下ろしてきたのだ。
刃が空気を裂く轟音が迫る。リアスピサは強引に身体を捻って回避したが、ビームサーベルが地面をかすめ、煉瓦造りの床に鮮やかな一文字の傷を刻んだ。
続けてビームサーベルが振り下ろされる。
しかし、
「させない!」
その刀身を、瞬間移動で接近したリアシエルが蹴り飛ばした。
「シエル! サンキュー!」
「お待たせ。さあ、早く終わらせよう」
「ああ!」
リアシエルは空中を駆け巡る。
巨兵が機体の砲口を空へ向け、黒い弾丸を一斉に放った。
その軌道に、リアマイムが水の壁を差し込む。弾丸は水壁に弾かれ、発射した巨兵へと跳ね返った。
背後から戻ってきた弾丸を避けようと、巨兵が身を捻る。その足元へ、リアスピサが滑り込んだ。
「もらった!」
炎の拳が、巨兵の膝関節を叩き潰す。
傾いた巨体の頭上へ、リアシエルが跳んだ。
「この、みんなが笑顔になれる場所を……壊させなんかしない」
穹の姿が消えた。
次の瞬間には、巨兵の背後にいる。
スレイヴが振り向くより早く、一撃。
さらに瞬間移動。今度は頭上。
すると、ロボット型スレイヴはリアシエルを視界に捕えるのをやめ、自身の腕を激しく回転させた。周囲の空気を巻き込み、巨大な旋風が巻き起こる。
不意の風圧に煽られ、空中を移動していたリアシエルの体勢が崩れた。瞬間移動の軌道も乱れ、動きが鈍る。
「くっ」
挙兵の銃口が向けられる。
銃声。
空色の身体が、弾き飛ばされた。
身体から力が抜け、天地が反転した。墜落する中、硬い地面への衝突を覚悟するが、彼女の全身を、冷たく柔らかな感触が包み込んだ。
「シエル!」
水のクッションが、彼女を優しく受け止めていたのだ。身を起こしたリアシエルは、すぐさま戦場を見据えた。
そこへ、闇色の巨大もぐらが地中から巨大な口を開けて飛び出してくる。
「させるかよっ!」
ふたりの前に割って入ったのはリアスピサだった。彼女は怪物の突進を正面から食い止めた。そのまま懐へ飛び込み、至近距離で自らのエネルギーを爆発させる。
「『黒き感情、燃え尽くせ。デシリア・セイリング・ファイア!』」
放たれた紅蓮の劫火が、怪物の闇を内側から焼き尽くす。浄化の光が、空いっぱいに大輪の花を咲かせた。
残るは、忙しなく空中を旋回するロボット型スレイヴのみ。
「わたしが動きを止める!」
リアマイムが、スレイヴの進路を塞ぐように巨大な水の盾を出現させた。盾は高速回転し、スレイヴの行く手を阻む。
逃げ道を失った巨兵が反対方向へ向き直った。
「逃がさない!」
水の盾から複数の鎖が噴き出し、巨兵へと絡みつく。鎖は瞬く間に檻を形作り、スレイヴを閉じ込めた。
その頃、すでにリアシエルはスレイヴに接近していた。流星のような速度で巨兵の胸元へと突き進む。
「『黒き感情、虹となれ。デシリア・アジュール・ゲイル!』」
放たれた空色の光球が、鋼鉄の巨兵を芯から貫いた。
激しい閃光が遊園地を包み込む。
次の瞬間、ロボット型スレイヴの姿は消え、浄化された黒感情が光の粒子となって、空から降り注いだ。
戦闘の喧騒が消え、遊園地に歓声が戻る。三人の戦士たちは、互いに顔を見合わせて微笑んだ。
◆
戦場から離れたメリーゴーランドの屋根の上。
凪宮は、手元で鈍い光を放つ水晶を冷ややかに見下ろしていた。
「……多くの人間を恐怖させたことにより、第一世代とは思えないほど黒感情が溜まりましたね。意外と悪くない収穫でした」
水晶の奥で渦巻く闇の濃さを確かめ、彼は満足げに頷いた。
「ああ。戦果は充分だ。とっとと帰るぞ。こんなキラキラした場所、長居したくないしね」
磐名はカチューシャを外して放り投げ、気怠そうに伸びをした。
ふたりの影は、誰に気づかれることもなく闇の中へと溶けていった。
◆
バスを降りると、街灯が灯り始めていた。
優菜と星輝、アスラが少し先を歩く中、穹と晃は自然と最後尾で並んでいた。
「あんた、頑張ってアスラを助けようとしてたね。感心したよ」
不意に投げかけられた穹の言葉に、晃は飛び上がるほど驚いた。
「な、なんで知ってんだよ! おまえ、あのときいなかっただろ!」
「ちょっと離れたところにいたの。意外とかっこいいところあるじゃん」
「……っ」
晃は顔を真っ赤にして、バツが悪そうに鼻の頭を掻いた。
「へっ、当たり前だろ!」
晃はニヤリと笑う。
「ひょっとして、おれに惚れちゃった?」
「それはあり得ない」
「即答!?」
「ぼくに好かれても仕方ないでしょ」
「まあ、それはそうだけどさ……。おまえこそ、好きな人とかいんの?」
穹は、不意に遠い空を仰いだ。
脳裏に浮かぶのは、あまりに眩しい笑顔をした、ひとりの青年の姿。彼女にとっての、もうひとりの先生。
その笑顔を思い出すと、胸の奥がツンとした。
「……まあ……うん。いるよ」
「へえ、意外」
「あんたとは似ても似つかないよ」
「おまえだって、アスラさんとは似ても似つかねえよ。でも、おかげで、今日は楽しかった。ありがとな」
晃の純真な笑顔に、顔が熱くなっていく。
穹は目を背け、ぼそっと呟いた。
「……こっちこそ、楽しかった」
東の空が黒くなり始めた頃、穹と瑞季の家へ続く道と、晃たちが帰る道が分かれる交差点にたどり着いた。
「またな、穹」
晃の言葉が、穹の胸を締めつけた。
自分は未来から来た異分子だ。いつまでこの時代に留まっていられるかも分からない。この先、世界がどうなるのか。自分が生き残れるのかさえ。
もう二度と会えないかもしれない。
けれど。
「うん。またね」
穹は、また会える未来を願い、微笑んで手を振った。




