↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第三十八話「空色の栞」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
263/266

第三十八話「空色の栞」-4-

 お昼すぎ、穹たちは巨大迷路にやってきた。

 木枠とアクリルパネルが複雑に組み合わされた巨大迷路。制限時間内にゴールすれば園内ショップの割引券がもらえる仕組みだ。

「いい? 瑞季の分まで割引券をむしり取るよ」

「あはは、穹ちゃん気合入ってるね」

 穹は優菜を引き連れ、スタート地点のひとつに立っていた。隣の入り口にはアスラと星輝、晃が並んでいる。

「おい、ちびっこ! おれが先にゴールして、アスラさんにカッコいいところ見せてやるからな!」

 晃が柵越しに挑発的な笑みを浮かべる。

「あんたみたいなバカ、迷路の藻屑《もくず》になればいいの。勝つのはぼくだよ」

「なんだと!」

 カウントダウンと共に、ふたつのグループは同時に迷宮へと吸い込まれた。


 五分が経過した。

「あっちはどれだけ進んでるんだろう。人数も多いし、有利なのはあっちだよね」

 優菜が透明な壁越しに反対側のルートを気にしながら呟いた。それに対し、穹は迷いなく角を曲がりながら、淡々と答える。

「大丈夫。たとえ頭数はあっちが多くても、頭の質は『1 + 0.5 + 0.1』だからぼくらの方が上だよ」

「辛辣だなあ」

 優菜は苦笑しながらも、穹の迷いのない足取りについていった。

 ほどなくして、穹たちはパネル越しに晃たちと遭遇する。

「……思ってたより早いね」

 穹が足を止め、ガラスの向こうの晃を睨む。

「へっ、互角ってところだな! だがこの先はおれたちが勝つ。猫見習いの直感は鋭いんだよ!」

 晃が鼻を鳴らしたときだった。

 ドンッ、と鈍い音が響いた。

 穹たちの通路の向こうで、未就学児くらいの男の子が体勢を崩し、アクリル壁の角にぶつけていた。その後ろには、少年より一回り大きく、よく似た男の子が走っていた。追いかけっこをして走っていたのだろう。

 頭をぶつけた少年は悲鳴を上げる間もなく、その場に倒れ伏した。

「え、うそ……」

 兄と思われる少年が顔を真っ青にして立ち尽くす。

「おい、大丈夫か!?」

 晃が駆け寄ろうとするが、アクリルパネルが邪魔をして向こう側へ行けない。行き止まりだ。

「クソッ、どっから回ればいいんだ!」

 周囲の客も足を止め、「危ない!」「誰かスタッフを!」とパニックになりかける。

 その喧騒の中、

「——道を開けて」

 穹が走る。

 目の前には二メートルを超えるアクリル壁。

 止まる気配はない。

 次の瞬間には、右足が壁を捉えていた。身体が跳ね上がり、もう一枚の壁へ。さらにもう一度。こうして高度を上げ、頂点に手をかける。そのまた、しなやかな身のこなしで最上部を軽々と越え、向こう側の通路へと着地した。

 晃はパネル越しに、その軽やかな動きを呆然と見つめるしかなかった。

「動かさないで。……もしもし、ぼくの声が聞こえる?」

 穹は子供の頭や首を動かさないよう気をつけながら、呼びかけへの反応と呼吸を確かめた。

「大丈夫。無理に起きなくていいからね」

 子供はかすかに頷いた。

「……」

 同い年とは思えないほどの鮮やかな身のこなしに、晃は憧れと敗北感を同時に覚えていた。

「よかった、意識はある。きみ、親御さんは? 携帯、持ってるなら電話してくれる?」

 パニックになっていた兄の少年に、穹が静かなトーンで指示を飛ばす。少年は「あ、う、うん!」と震える手でスマートフォンを取り出した。

「スタッフさんを呼んでくる!」

 優菜が即座に反応し、迷路を逆走していく。

「アスラ、星輝、晃」

 穹はアクリル越しにふたりを振り返った。その瞳には、先ほどまでの子供じみた意地は微塵も残っていない。

「こっちはそんなに人手はいらないから、ゴールに向かってて」

「え、でも」

 晃は戸惑う。

 目の前の穹が、あまりに遠い存在に見えた。

「景品の割引券、取ってよね」

「あ、ああ……」

 晃は圧倒され、思わず頷いた。


 その後、担架を持って駆けつけたスタッフと合流し、穹は子供とその両親と共に非常口から迷宮を脱出した。

「本当にありがとうございました。なんとお礼を言えばいいか……」

 母親が涙ながらに穹の手を握る。穹は気恥ずかしさに目を伏せた。

「……いえ。ぼくは何もしてませんから。それに——」

 言いかけて、穹は口をつぐんだ。

 むしろ、自分を動かしたのは晃だった。壁の向こうで、彼は真っ先にあの子を助けようとしていた。

 あの姿を見たからこそ、穹も迷わず動けたのだ。

 その後、検査のため、親子はスタッフと共に事務所へ向かっていった。

 それを見届けた直後、遊園地の祝祭には不釣り合いの、不吉な地鳴りが響いた。

「!?」

 一拍遅れて悲鳴が上がる。中央広場の方角から、黒い煙が立ち昇っていた。スレイヴの出現を告げる狼煙《のろし》だと、穹たちは瞬時に悟った。

「……よりによって今なの」

「穹ちゃん」

 優菜の一言に、穹は力強く頷く。やるべきことは、ただひとつ。

「行こう」

 穹と優菜は走りながら、デシリル・アンプを手に取った。

 未来で自分を導いた先生とは違う、今の時代のリアマイム。その優菜と並んで、穹も戦場へ向かって走った。

 胸の奥に湧いたのは、懐かしいような、不思議な気持ちだった。

 遊園地の空を、水色と空色の二筋の光が駆け抜けた。


 一方、迷宮のゴール地点。

 突如として響き渡った爆音と地鳴りに、割引券を手にした晃は身をすくめた。

「なんだ、今の音。アトラクションって感じではなさそうだったけど」

 晃は不安そうに、隣にいたはずの姉へ目を向けた。しかし——。

「……あれ? 姉ちゃんは?」

 晃はきょろきょろと周囲を見回した。

「姉ちゃん?」

 返事はない。

「どこ行ったんだよ……」

「……星輝さんなら、あちらへ行きましたよ」

 アスラが、騒然とする広場とは反対の方角を指差しながら、穏やかに言った。

「少し気分が悪いと、お手洗いに向かわれました。私たちは待っていましょう」

「そうなの? 全然元気に見えてたけどなあ」

 首を傾げる晃の背後の建物の向こうに、アスラは赤い光を見た。

 スレイヴはお任せします、みなさん——。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。