↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第三十八話「空色の栞」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
260/266

第三十八話「空色の栞」-1-

「……っ、そこ! 逃がさないよ!」

 深夜、染谷瑞季《そめやみずき》の部屋には、ゲームのコントローラーのボタンを激しく叩く音と、幼い少女の声が響いていた。

 ゲーム機の画面の中で、神辺穹《かんべそら》が操るカートがレースコース上を火花を散らしながら急旋回する。先行するのは、瑞季のカートだ。

「あはは、穹ちゃん、目の前にトラップあるよ?」

「なっ……!?」

 穹のカートが地雷に接触し、派手なエフェクトと共に失速した。画面の左半分で、瑞季の機体が一位のままゴールテープを切る。

「もうそろそろ終わろうか、穹ちゃん」

「……もう一回。もう一回やる」

 穹の桃色の前髪の間から覗く瞳が瑞季を射抜く。

「それ二十回くらい言ってるよね? もう三時近いし、さすがに……」

「ぼくが勝つまで終わらせない」

 瑞季が困ったように頬を掻いたときだった。

 トントン、とドアが叩かれる。

「……瑞季、明日早くから遊園地に行くんでしょ。早く寝なさい」

 母親の静かながらもどこか威圧感のある声。

 その瞬間、穹の姿がかき消えた。ベッドの上には、三毛猫柄の愛くるしいぬいぐるみ——ヒナが転がっている。

 瑞季は立ち上がり、眠そうな母に向かって両手を合わせるようにして謝った。

「あ、ごめん! 起こしちゃった!?」

「うん、起こされた。早く寝なさいよ」

「はーい」

 瑞季が慌てて返事をする。ドアが閉まり、足音が遠ざかるのを確認して、瑞季はふぅ、と息を吐いた。

「危なかった……。穹ちゃん、ということで、続きはまた今度で」

 ベッドの上のヒナが光に包まれた。次の瞬間、人間の姿に戻った穹が、ひょいと顔を上げる。

「だめ。音を消して黙ってやればいいでしょ。ぼくが勝つまでやる。だからといって瑞季は手加減禁止だからね」

「ええー……」

 穹の、年相応に子供らしい負けず嫌いな横顔が、なんだか眩しかった。

「まさか、私を先にへばらせて実力差を埋めようとしてる?」

「さあ、早く次やるよ。ボタン押して」

「え、否定してくれないの?」

 瑞季は「仕方ないなあ」と苦笑しながら、再びコントローラーを握りしめた。


 穹は、普段ほとんど人間の姿にならない。特に瑞季の家では、「人間の姿でいると、不法侵入してる気がする」と言って、ヒナの姿のままで過ごしていた。

 この日も、数時間前まではそうだった。

「瑞季は相変わらず下手だニャ。あーあ。あと一瞬早くハンドル切っていれば」

 瑞季がレースゲームをしていると、いつも後ろのヒナがうるさくなる。

「うるさい指示厨! 難しいんだって! 自分でやってみなよ!」

「でもぼくのこのプリティな身体はゲーム機を触るのに向いてないニャ」

「じゃあ穹ちゃん呼んでよ」

 すると、ヒナは黙った。穹の人格と話しているらしい。

 たぶん穹ちゃんは恥ずかしがって断るだろうなあ、と瑞季が思っていたら、ヒナがニヤリと笑った。

「分かったニャ。ぼくの代わりに穹がスーパープレイで瑞季を蹴散らしてくれるらしいニャ」

 その瞬間、ヒナの身体が光に包まれ、ベッドの上に桃色の髪の少女が現れた。

「ちょっとヒナ! ぼくは指示も何もしてないって! ゲームなんてほとんどしたことないし!」

 瑞季は心の中でヒナにグーサインを出した。

「まあまあ。せっかくだから、ちょっと一緒に遊ばない?」

 瑞季は彼女にコントローラーを差し出す。

「まあ……ちょっとだけなら」

 恥ずかしそうに頬を赤らめる。コントローラーを受け取る手は、どこか嬉しそうだった。

 こうして、長い長い「ちょっとだけ」が始まった。


 ゲーム音を消し、ふたりは無言で画面に食らいついていた。穹はカーブのたびに身体まで傾け、コントローラーのボタンを必要以上に強く叩いている。

 その必死さがおかしくて、瑞季は何度も笑いそうになった。

 その直後、穹のカートがまた地雷を踏んだ。

 画面いっぱいに爆発エフェクトが広がる。

 穹は声を出せない代わりに、口をへの字に曲げた。

 その顔を見た瞬間、瑞季は耐えきれなくなって噴き出した。


           ◆


 翌朝。秋の冷え込みが肌を刺すバス停で、穹は高梁星輝《たかはしてんし》たちへ深く頭を下げていた。

「ごめんなさい。ぼくのせいで瑞季が……」

 本来なら今日は瑞季が来る予定で、穹はいつものように彼女のバッグの中にいるはずだった。

「昨日、ぼくが勝つまでゲームを続けたせいで」

 脳裏に浮かぶのは、顔を真っ青にして「……ごめん、穹ちゃん……頭が痛くて……」とベッドから頭を上げることすらままならない瑞季の姿。

「ゲームしてたらプレイヤーの方を倒しちゃうなんて、穹は面白いな」

 星輝は真剣に反省する穹を見て、カラカラと笑っていた。

「ごめんなさい……」

「瑞季が来られないのは残念だけど、穹が代わりに来てくれたんなら悪くないな。今日は思いっきり遊ぼうぜ」

「……」

 穹は星輝と目を合わせられなかった。ヒナの姿なら気安く話せるのに、人間の姿で向き合うと、なぜか気恥ずかしくてうまく言葉が出てこない。デシリアとして共に戦うことには少しずつ慣れてきたが、こうしてプライベートで接するのは、まだ苦手なままだった。

 しかも、今日は初めて会う相手もいる。

「なあ、姉ちゃん。このちっちゃいの誰?」

 星輝の弟・晃《あきら》が穹に指さす。

 ピキ、と穹の中で何かが切れる音がした。

「……だ、誰がちっちゃいって!?」

「事実だろ。ただでさえちっちゃい姉ちゃんより背ぇ低いし、何年生? 四年生くらい?」

「六年生!」

「うそだろ!? 同い年かよ」

 晃の生意気な言葉に、穹の額に青筋が浮かぶ。

「こっちこそ信じられない! あんたみたいな精神的に幼いガキが同い年なんて!」

「ああ!? ガキにガキとは言われたくねえなあ!」

 一触即発の空気。星輝が「こらこら、初対面でケンカすんな」とふたりを引き剥がそうとしたとき、向こうから月音優菜《つきねゆうな》とアスラが歩いてきた。

「おはよ〜」

 元気に手を振る優菜。

「おはようございます。瑞季さんのことは残念でした」

 まるで瑞季が死んだかのように神妙なアスラ。

「……おはよう」

 穹は小声で挨拶を返した。

 ふと、晃の方を見ると、彼は緊張した面持ちでピンと背筋を伸ばしていた。

「お、おはよっ……ござ……お、おはよ、アスラさん……!」

 顔を真っ赤にし、視線を泳がせ、あからさまに挙動不審になる晃。

 アスラは不思議そうに小首を傾げる。

「おはようございます、晃くん。今日はよろしくお願いしますね」

「は、はひっ! も、もちろんですっ! おれが……おれが、アスラさんのこと、エスコートしますからっ!」

 さっきまでの威勢はどこへやら。晃は耳まで真っ赤にして、アスラの前だけで別人のように縮こまっている。

 穹は、その隣で鼻を鳴らした。

「……きもちわる」

「なっ……!? おまえ、今なんて言った!」

「気持ち悪いって言ったの。あんた、さっきまであんなに偉そうにしてたのに、アスラが来た途端にそれ? エスコート? 介助されるのはあんたのほうでしょ」

「うるせー!」

「仲良いなあ、おまえら」

 星輝が豪快に笑い、アスラは困ったように「いいのですかね……?」と首を傾げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。