第三十七話「不死鳥の歌」-7-
戦いから数日が過ぎた夜。
高梁家のリビングは、賑やかな声と夕食の香りに満ちていた。テレビでは子供たちに人気のアニメが流れ、弟たちが画面に夢中になっている。
星輝の父は、ソファに座ってその光景をぼんやりと眺めながら、数日前の出来事を思い出していた。
以前、進路のことについて話しかけたときの星輝は、どこか上の空だった。それを察してやれず、傷つけてしまった。だから、せめてもの償いにと、悠太くんと渡くんを家に呼んだ。ふたりが訪ねてきて、星輝が驚いていたところまでは覚えている。
だが、その後の記憶が、ぷっつりと途絶えているのだ。
目を覚ますと、リビングで横になっていた。時計を見れば、あれから二時間も経っていた。悠太くんと渡くんは、すでに帰ったあとだった。
後で星輝に聞くと、満面の笑みでこう答えたのだ。
「驚くほどスムーズに曲ができたんだ! 父ちゃんがふたりを呼んでくれたおかげだよ!」
そうか、と安堵しつつも、どこか腑に落ちない部分はあった。だが、娘の晴れやかな笑顔を見れば、まあいいか、と思えた。
それ以来、星輝の様子が、少しだけ変わった。
弟たちに「ねえ、これやっといて!」「そこのお皿、運んで!」などと頼み、家事を分担するようになった。これまでも弟たちは気が向けば自ら手伝っていたが、星輝から頼むのは珍しかった。弟たちは文句を言いながらも、どこか嬉しそうに姉の手伝いをしている。
変わったのは、それだけではない。
「父ちゃーん。お茶、淹れたけど飲むー?」
台所から、ひょっこりと顔を出した星輝が、湯気の立つマグカップをふたつ、手に持っていた。
「おう。ありがとな」
そう答えると、星輝は嬉しそうに笑って、隣に座った。そして、マグカップのひとつを渡してくる。
「……なんか、最近、少し変わったな」
「そうか? どこが?」
星輝は、熱いお茶をふーふーと冷ましながら、不思議そうに小首を傾げる。
父は、言葉を探すように、少しだけ黙り込んだ。
「なんつーか……前より、ガキっぽくなったっつーか……」
「はあ!? なんだよそれ、悪口か!」
「いや、そうじゃねえよ!」
ぷうっと頬を膨らませる娘に、父は慌てて首を横に振る。
違うんだ。おまえはこの家の娘なのに、ずっと母親代わりになろうと、必死に背伸びをしていた。家族の重荷を背負わせてしまった小さな背中が、どれほど痛々しく見えたことか。そんなことをしなくてもいいと伝えても、星輝は聞き入れなかった。自分は父親として信頼されていないのかと、悩んだ夜もあった。
だが、今の星輝は、どこか肩の力が抜け、年相応の娘らしさが戻ってきたように見える。
どう言葉にすればいいか迷っていると、星輝は、父の腕に自分の身体をぴとっと寄せた。
「ねえ、父ちゃん」
「ん?」
「観たい映画があるんだけどさ、今度の日曜、連れてってくれない?」
そう言って、星輝は、ソファの背もたれに預けていた父の肩に、こてんと自分の頭を乗せた。
父は一瞬戸惑った。
こんなふうに、自分の楽しみのために、娘から何かをねだられたのは、いつぶりだろうか。
だが、戸惑いはすぐに消え、代わりに、どうしようもない愛おしさが胸に込み上げた。
星輝はかすかに顔を紅潮させていた。
「たまには、その……ダメかな」
久しぶりに見る娘の表情に、目頭が熱くなる。
「……あたりまえだろ。どこにでも連れてってやるよ」
照れ隠しにぶっきらぼうに答えると、星輝は「やった!」とはしゃいだ。
何があったのかは分からない。
だが、あの日、娘にとって何か大切なことがあったのだろう。
それだけで充分だった。
テレビの前からは弟たちの笑い声が響き、隣では星輝が嬉しそうに笑っている。
父はその光景を眺めながら、娘の頭をそっと撫でた。
(第三十七話「不死鳥の歌」了)
第三十八話「空色の栞」2026/10/31 8:00投稿予定




