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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第三十七話「不死鳥の歌」

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第三十七話「不死鳥の歌」-6-

 リアスピサの覚醒に、悠太と渡は一瞬、演奏を止めた。だが、ふたりはすぐに顔を見合わせ、力強く頷き合う。悠太がカホンの縁を叩き、嵐を切り裂くように四つのカウントを刻んだ。

 再び、アンサンブルが始まる。先ほどよりも力強く、迷いのない音だった。

 リアスピサはそのビートに身を委ね、炎のギターをかき鳴らす。そして、即興で生まれた言葉を、渡が作ったメロディに乗せて歌い出した。


    押し寄せる闇

    窓叩く音は 絶望の高笑い


 その歌声をかき消すように、凪宮が風の刃を放つ。だが、リアスピサがブリッジミュートを刻むと、その音圧が風を霧散させた。


    立ち向かうきみ

    かき鳴らす音が 空を塗り替えた


 スレイヴのLANケーブルが鞭のように襲いかかるが、悠太の叩き出す力強いリズムに合わせ、リアスピサは最小限の動きで回避する。まるで、攻撃が来る場所が分かっていたかのように。

「そんな……! 僕の風が、あなたなんかの音に……!」

 凪宮には、リアスピサが奏でる炎のギターが、翼を広げる巨大な火の鳥に見えていた。何度打ちのめされても、灰の中から蘇る不死鳥に。


    大切なものを 写真に閉じ込めて

    バインダーを開いて 眺めていればいいと思ってた


 最愛の父へ向けて、語りかけるように言葉を紡いでいく。

 父ちゃんは、ずっと答えを教えてくれてたんだな。でも、ウチはそれを無視していた。

 それに、やっと気づいたんだ。


    違う

    描く未来のセンターに立つのは

    ぼくだ


 リアスピサは、涙を頬に伝わせながら、サビのメロディを高らかに歌い上げた。


    燃え上がれ ぼくらだけの歌

    誰のためでもない この叫び

    傷だらけ ぼくらだけの歌

    Sing for yourself 不死鳥よ 飛べ


 力強い歌声が、絶望の雨雲を切り裂いていく。

 曲がブレイクし、間奏へと突入した。

 リアスピサは、スレイヴと化した父へ、胸に秘めた想いをぶつけた。

「父ちゃん。ウチの想いは、届いてるか?」

 その言葉は、スレイヴの核へとまっすぐに届いていく。

「今を精一杯楽しむ! 仲間と笑い合う! それが、結果的に誰かの力になるなら最高じゃんか! ウチは、ウチが幸せになるために歌う! だから……」

 リアスピサは、最愛の父の心へ、手を差し伸べた。

「だから、見守っててくれよ、父ちゃん。これからもどんどん心配かけるかもだけど、ウチが大人になったら、酒飲みながら、ありがとうって言わせてくれ」

 彼女の想いが、父を縛りつけていた罪悪感の鎖を打ち砕いた。

《……ああ。楽しみにしてるよ……星輝……。なんだか、力が湧いてきた》

 父の温かい声が、確かに聞こえた。これでもう、浄化ができる。

 そのとき、

「ふざけるな!」

 凪宮が叫んだ。その様子はいつものように大人びてはおらず、年相応の少年のそれだった。

「その男は無責任です! あなたを縛り上げているのです! 愛情とかそんなくだらないものに惑わされず、現実を見るべきだ!」

 凪宮は黒杖を大きく振った。周囲の空気が無数のカマイタチへと変貌し、リアスピサめがけて雨のように降り注いだ。

 間奏が終わる。リズム隊が動きを止め、ギターがコードを優しく鳴らし始めた。その柔らかい響きが、鋭いカマイタチを、ひとつひとつそよ風に変えていく。


    心の隙間風に 惑わされたときもあった

    正義を見失ったこともあった

    でも やっと気づいたよ


 星輝は春の日差しのような笑みを凪宮へ向けた。そして、右手の親指で自分の胸を指す。


    真に信じるべきものは

    最初から ここにあったんだ


「っ!」

 その歌詞が、凪宮の心に鐘のように鳴り響いた。

 しかし、彼にはそれを受け入れられない。

「こうなったら、僕の手であなたたちをズタボロにしてやる!」

 凪宮の絶叫が、雨音を切り裂いた。もはや彼の表情に、いつもの余裕はない。

 彼が杖を振り下ろすと、周囲の大気が悲鳴を上げるように渦を巻き、大小様々な竜巻が、無数に発生した。

 竜巻から、無数のカマイタチの刃が放たれる。狙いはリアスピサだけではない。スレイヴの巨体にも、その向こうにいる悠太と渡にも、容赦なく刃が押し寄せた。

「やめろぉっ!」

 大切な人を、これ以上傷つけたくない。

 今度こそ浄化して、父ちゃんを取り戻すんだ——!

 リアスピサは炎のギターをかき鳴らし、音の衝撃で刃の軌道を逸らした。スレイヴと化した父にも、悠太と渡にも傷を負わせないよう、必死に音を重ねていく。

 だが、四方八方から押し寄せる刃は、あまりにも多かった。すべての軌道を逸らしきることはできない。

 まずい——!

 彼女が絶望に目を見開いた、その瞬間。

 清らかな風が吹き抜けた。

 凪宮の荒れ狂う風とは質の違う、一陣の風。

 その優しい突風が、渡と悠太を包み込むように守り、降り注ぐカマイタチを霧散させる。

 同時に、スレイヴの周りには、澄んだ水の壁がドーム状に出現していた。カマイタチの刃は、その水面に吸い込まれるようにして、静かに威力を失っていく。

「お待たせ」

 水の壁の向こうから、聞き慣れた声が響く。

「くっ……!」

 凪宮が忌々しげに顔を歪めると、彼の目の前に、さらにふたつの影が音もなく舞い降りた。

 純白の戦士・リアハイリン。

 そして、空の戦士・リアシエル。

 ふたりは何も言わず、ただ、射抜くような鋭い視線を凪宮へ向けていた。

「凪宮」

 彼へ、リアスピサは告げる。

「これが、ウチの最高の仲間たちだ」

「くっ……!」

 リアスピサは、駆けつけてくれた四人に、最高の笑顔を見せた。そして、最後の力を振り絞り、クライマックスのサビを歌い上げる。


    燃え上がれ ぼくらだけの歌

    誰のためでもない この叫び

    傷だらけ ぼくらだけの歌

    Sing for yourself 不死鳥よ 飛べ

    生まれ変わった ぼくらこそが 不死鳥だ


 リアスピサは、涙で滲む視界の中、炎のギターを天に掲げた。

「『黒き感情、燃え尽くせ』ッ! これが、Magical Heartの魂だ!」

 全力で右腕を振り下ろす。

「『デシリア・セイリング・ファイア!』」

 バンドが奏でる激しいリズムに乗せて、紅蓮の炎が鳳凰《ほうおう》となって解き放たれる。それは、暴風ごとスレイヴを優しく飲み込み、その黒感情を、温かい光の中へと浄化していった。

 炎が収まると、アスファルトの上に父が横たわっていた。憑き物が落ちたような穏やかな顔で、静かに眠っている。


 凪宮は、ただ愕然と、その光景を見つめていた。

 自分の信じてきた理論が、音楽などという力によって、粉々に打ち砕かれた。

 なぜだ。どうして。理解できない――。

 思考が完全に停止し、雨に打たれるのも忘れ、ただ立ち尽くす。

 変身を解いた星輝が、そんな彼に向き直った。

「次は、おまえの話をウチらに聞かせろよ。言葉じゃ無理なら、音楽でもいいぜ」

 凪宮の身体が、びくりと震えた。

 星輝は凪宮の瞳をまっすぐに見つめている。

「おまえの風、なかなかセンスのあるリズムだったよ。あれは、音楽が好きなやつのリズムだ」

「……!」

 それは、誰にも見せたことのない、唯一の逃げ場所。

 凪宮はたじろぎ、一歩後ずさる。

 星輝は続ける。

「音楽が好きなんならさ……一緒に演奏してみないか?」

 凪宮は、射抜かれたように目を見開いた。

 脳裏に、主である黒瑞季に手を引かれた、あの雨の日が蘇る。

 あのときと同じ、救いの手。

 心の中が、ぐちゃぐちゃになる。

 敗北への悔しさ。

 自分の孤独を見透かされた羞恥。

 そして、ほんのわずかに、その温かい光に心が揺れてしまった自分自身への、どうしようもない苛立ち。

「うるさい……!」

 凪宮は顔を歪め、逃げ出すように姿を消した。


 星輝はひと息ついた。全身から力が抜け、そのまま後ろに倒れそうになる。リアマイムが慌てて身体を支えた。

「星輝。よく頑張ったね」

「へへ……」

 戦いが終わった。

 静寂の中、弱まってきた雨だけが、優しく地面を濡らしている。

「星輝」

 肩に声がかけられる。悠太の声だ。

「いろいろと気になることはあるけど、まあ、なんだ。とにかく、お疲れさん」

 星輝はリアマイムの支えを借りて姿勢を立て直す。それから、バンド仲間のもとへ歩み寄った。悠太は、気を失った星輝の父を背負っていた。

「サンキュー。ふたりも、お疲れさん。助かったよ」

 そのとき、はあ、とため息の音が聞こえた。

 渡だ。

 ベースギターのストラップを肩にかけたまま、腕を組み、雨空を見上げている。

「渡? どうした?」

「なんか、貸しを作っちゃったかな、って。バンドは、貸し借りゼロの関係でいたいんだよね。だからさ……——次のステージで僕がミスをしたら、精一杯ケアしてほしい」

 星輝から目を逸らしたまま頬を染める渡。

 そんな少年の姿に、星輝は思わず吹き出した。

「な、なに笑ってんだよ!」

「ごめんごめん。ケアなんて、あたりまえだろ。貸しとか借りとか関係なく、それくらいするって」

 渡は少し考え込み、やがていたずらっぽく口元を緩めた。

「じゃあ、どう返してもらおうか考え直さないとね」

「ああ。面白い回答を待ってる」

 悠太の背に負われた父は、穏やかな寝息を立てていた。星輝はその顔を見つめ、ようやく心から笑った。


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