↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第三十六話「月の音色」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
247/266

第三十六話「月の音色」-2-

 優菜が音痴だと告白した翌日の放課後。瑞季、星輝、優菜、沙耶の四人は、駅前のカラオケボックスへ向かっていた。星輝が「特訓しよう!」と提案したのだ。

「まさか、優菜にそんな弱点があったなんて」

 瑞季は隣を歩く優菜を見て、つい頬を緩めた。

「わ、笑わないで……」

「笑わないよ。かわいいなあ、って」

 いつも落ち着いている優菜が、こんなにも自信なさげな顔をしている。なんだか新鮮だった。

「ウチだって最近は勉強もちょっと頑張ってるだろ? だから、優菜も頑張って乗り越えようぜ」

 受付を済ませて廊下を抜け、案内された部屋に入る。ソファにどかっと腰を下ろした星輝が、慣れた手つきでタッチパネルリモコンを操作した。

「よっしゃ! じゃあまずはウォーミングアップがてら、ウチから歌うわ!」

 そう言って一曲目を入れると、彼女は隣に座る優菜へとリモコンを渡そうとした。

 だが、優菜はそれを、やんわりと手で制する。

「ごめん星輝。何を歌うか、もう少し考えたいから、後回しにしてくれるかな」

「お、おう。分かった」

 リモコンは、テーブルを挟んで向かい側に座る瑞季の手へと渡った。

 やがて、部屋にけたたましいイントロが鳴り響く。

 星輝が選んだのは、流行りのアップテンポなロックチューンだった。

 マイクを握って立ち上がると、星輝の表情が変わった。少しハスキーな歌声が、狭い部屋いっぱいに響き渡る。

「やばい……」

 星輝の歌声に圧倒されながら、瑞季は選曲画面を見つめていた。

「マニアックなアニソンかVチューバーの曲しか思いつかない……。今時の普通の中学生はどんな曲を聴いてるんだろう……」

「そんなに気を遣うメンツでもないし、瑞季さんの好きなものを歌えばいいと思うよ」

 隣に座る沙耶が優しく微笑む。

「それはそうなんだけど……。せめて一発目くらいは、みんなが知ってる曲を……」

 悩んだ末、瑞季は自分が小学生の頃に夢中で見ていたアニメのオープニング曲を入れた。

 すると、その選曲を見た沙耶がぱっと顔を輝かせた。

「あ、わたしもそれ好き! じゃあわたしはエンディングを入れようかな」

「お、沙耶ナイスチョイス!」

 星輝が一曲歌い終え、瑞季の番が回ってくる。

 テーブルに置かれたもう一本のマイクを手に取り、座ったまま自分の口に向ける。

 瑞季も、けっして歌が上手なわけではない。メロディに合わせて身体を揺らし、大好きなアニメの思い出に浸りながら歌うのは、純粋に楽しかった。

 歌い終わって優菜を見ると、彼女はまだ目の前のリモコンを手に取ろうとはしなかった。

 リモコンを大きな蜘蛛でも見るかのように薄目で見つめていた。小さくため息をつき、ソファの背もたれに身を預ける。何も歌っていないのに、すでに疲れ切った顔をしていた。

 次に、沙耶がマイクを握る。

 彼女は少し恥ずかしそうに、はにかみながら歌い始めた。その透き通るような綺麗な歌声は、なかなかのものだった。

 沙耶が歌っている間も、優菜はずっと上の空だった。

 だが、曲が終わる頃、彼女は意を決したように身を起こした。震える手でリモコンを取り、曲名を入力する。

 モニターに表示された文字を見て、瑞季は目を見開いた。

『君が代』

「渋い」

 沙耶が歌い終え、いよいよ優菜の番がやってきた。

 彼女は震える手でマイクを握りしめる。

 そして、荘厳なイントロと共に、歌い始めた。

 優菜の声そのものは、澄んでいて綺麗だった。ところが、音程は伴奏から大きく外れ、声も小さすぎて曲に埋もれてしまう。

 アップテンポな曲が三曲続いた後の荘厳な国歌。

 その落差に、瑞季は風邪をひきそうになる。

 歌い終えた優菜は、すべての気力を使い果たしたかのように、テーブルの上に突っ伏した。

「うう……」

「お疲れさま……。すごくいい声だったよ」

「な。全然恥ずかしがるようなもんじゃねえと思うけどな」

「うん。音程とか誰も気にしないし、楽しく歌ったらいいと思うよ」

 三人が口々に慰めの言葉をかける。

 優菜はゆっくりと顔を上げた。

 その瞳は、今にも涙が浮かびそうなほど弱々しかった。

「……歌うのが、怖くて」

 彼女は絞り出すように言った。

「小さい頃、ピアノを少し習っていたこともあって、耳はそこそこいいの。だから、自分の声の音程がずれているのが分かっちゃって……それが気持ち悪くて……」

 優菜はウーロン茶を一口飲んで、続ける。

「恥ずかしいとか、音程なんて気にするなとか、そういう話じゃなくて。……ただ、自分の思い通りの音程を出せないことが、怖いの。だから、音楽の授業でも、実はほとんど口パクでやり過ごしてて」

「そう、なんだ」

 歌うことそのものが怖い。瑞季には、そんな感覚がよく分からなかった。人前でひとりで歌うのならともかく、家族や気心の知れた友達とカラオケに行くのは、誰にでも平等に楽しいものだと思っていた。

 その深刻な告白を受け、星輝が立ち上がった。

「なるほどな。理屈は分かった。だったら話は早い! ウチがその恐怖症治してやるよ!」


 そこから星輝によるレッスンが始まった。

 まずは発声練習。

「リピート・アフター・ミー。ド〜」

「ドー」

「それはミだな。ナイスなハモリだぜ、優菜」

「ハモってるつもりじゃないんだけど……」

 次に音感を鍛えるため、星輝がキーボードアプリで弾いた音を優菜が当てるゲーム。

「これは?」

 星輝がキーボードアプリで音を鳴らす。

「ファ!」

 優菜はその音を真似して歌った。

「正解! でも今の声はドの高さだったぜ」

「うっ……」

 そして、実践。星輝が小声で歌い、それに合わせて優菜も歌う。

 一時間ほど練習しても、優菜は思ったように声を出せず、何度も肩を落とした。

「もう……わたしはダメ……」

 レッスン開始から一時間後。優菜は再びテーブルに突っ伏していた。

「まあ、そんな一朝一夕で上手くいくものじゃないと思うよ。これからみんなで、じっくり練習続けていこうよ」

 沙耶の優しい言葉に、優菜は力なく頷くことしかできなかった。

 合唱コンクール本番まであと二週間。

 その短い時間が優菜には、永遠の拷問のように感じられた。

 しかし、

「逃げてばかりじゃ、ダメだよね」

 優菜は顔を上げた。

「わたしひとりなら、きっと逃げてた。口パクしてた。でも、みんなが付き合ってくれるなら、わたし、頑張れる」

 それに——こんなところで逃げるのは、わたしのなりたいわたしじゃない。

「下手なりに、精一杯立ち向かおうと思う」

 そう宣言する彼女の手は、まだ震えている。しかし、その声量は、先ほどまでよりもずっと大きい。

 そんな彼女の姿に、星輝は満足げに笑った。

「よし! じゃあ、練習の続きだ!」

「はい! 先生お願いします!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。