第三十五話「秋空より、天の川へ」-7-
第三十六話「月の音色」2026/10/17 8:00投稿予定
おなかがいっぱいになると、人は眠くなる。
それは、どれほど過酷な運命を背負った小さな戦士でも、例外ではなかったらしい。
心地よい秋の日差しの中、瑞季の肩を枕にして、穹はすうすうと穏やかな寝息を立てていた。
四人は、その寝顔を静かに見つめていた。
「かわいい寝顔ですね」
「うん。こんなに小さな子が色々なものを背負ってたなんて。今は何も考えずにゆっくり休んでいてほしいね」
優菜の優しい言葉に、星輝も深く頷いた。
「ああ。そう思うと、穹がヒナと出会えたのは、幸運だったのかもな。ひとりだったら……ウチなら耐えられない」
「うん……」
瑞季は、穹の桃色の髪を撫でる。あまりに柔らかい髪だった。
秋の心地よい風が、少女たちの間を吹き抜ける。
ふと、アスラが疑問を口にした。
「そういえば私たちは、未来で優菜さんが星輝さんを殺めることになると、ずっと勘違いしていましたよね。瑞季さんは、未来の瑞季さんに嘘をつかれていたってことですか?」
「ううん」
瑞季は首を横に振る。
「私が勘違いしてただけだよ。嘘はついてない。いかにも私が悪役になったら使いそうなミスリードだよ」
瑞季は自嘲気味に笑った。
そのときだった。
瑞季にもたれかかる穹の身体が、もぞりと動いた。
「ん……」
「あ、起こしちゃったかな。ごめんね」
穹はゆっくりとその瞼を開けると、しばらくぼんやりと空を見上げていた。
「お疲れのようですね。もう少し休憩してから帰りましょうか」
アスラの優しい言葉に穹はこくりと頷く。
「うん……。そうお願いしたいニャ……」
一瞬、時間が止まる。
言葉の最後に付いていた奇妙な響き。
穹は自分の口から出たそれにハッと我に返ると、猫のようにびくりと肩を揺らした。
四人は、その反応に、思わずぷっと吹き出してしまう。
瑞季がニヤニヤしながらからかった。
「穹ちゃん。かわいいニャ」
「ニャなんて言ってない! 言ってないったら言ってない! わ、忘れろー!」
叫びながら、穹は、心の中でしたり顔するヒナの姿を見た。
《語尾ニャの素晴らしさに、おぬしもようやく気づいたかニャ》
恥ずかしさで顔が真っ赤になり、額にじわりと汗が浮かぶ。
だがその心の奥底には、一筋の冷たい感覚もあった。
確実に同化が進んできている——。
今はまだ分離している穹とヒナの心は、そう遠くないうちに、完全にひとつになるだろう。そうなったら、もう今のように人間の姿と精霊の姿を、行ったり来たりすることもできなくなる。
そもそも、人間と精霊が同化するなんて無茶なことをしている。どこかで何かの拒絶反応が起きて、息絶える可能性だって否定できない。
「……」
一抹の寂しさと不安。
みんなが面白おかしく笑っている中、アスラだけはその穹の一点の曇りを見抜いていたようだった。
「そういえば穹さんの時空では、結局誰がリアマイムとリアスピサになっていたのですか?」
穹は、優菜と星輝の顔を順番に見た。
正史のリアマイムとリアスピサが優菜と星輝でないことを、彼女たちが知ったのはつい最近のことだ。それまで、穹はそれを知りながら、自分の身を隠すために話さなかった。
「……知りたい?」
穹は星輝と優菜の瞳を覗き込む。
しばらく星輝と目を合わせていると、彼女は首を振った。
「いや、いいよ」
優菜も頷き、迷いのない笑顔で応える。
「わたしも大丈夫。だってここではわたしたちが、リアマイムとリアスピサだから。別の世界のことは、関係ないよ」
穹は少しだけ驚いたのち、安堵して肩から力を抜いた。
「……うん。それがいいと思う」
穹はゆっくりと立ち上がった。
「さあ帰ろう。……あと」
彼女は一度言葉を切り、そして四人の顔を改めて見渡した。
「ぼくは、この時空の人間じゃない。この戦いが終わったら、元の世界に戻ることになると思う。だから、短い付き合いになっちゃうと思うけど……その、」
彼女は顔を真っ赤にし、目線を逸らしながらも、はっきりと言った。
「……よろしくね」
その不器用な挨拶に、四人は笑って頷いた。
「よろしくね、穹ちゃん」
「こんなに心強いことはないよな」
「うん。わたしたちなら、きっと勝てる」
「はい。みんなで力を合わせて頑張りましょう」
四人がそれぞれ穹に声をかけると、ようやく穹は顔を上げ、四人の瞳を順番に見ることができた。
星輝が「よーし!」と手の甲を上にして、すっと前に差し出した。
穹は一瞬困惑したが、優菜がその星輝の手に自らの手を重ね、その上に瑞季が手を乗せるのを見て、その意味を理解した。
アスラが「お先にどうぞ」と目で促す。
穹もおずおずと、その小さな手を重ねた。
そして最後に、アスラがその上に手を置いた。穹の手を挟んだ上下の手は、柔らかくて、温かかった。
五つの小さな手がひとつになる。
「ウチらは絶対に負けない。負けてやらない。これからもみんなで頑張るぞ!」
「「「「おー!」」」」
その誓いの後、瑞季がいたずらっぽく笑った。
「よし。さあ、帰るニャ」
「帰るニャ帰るニャ」
「おうちに帰るまでが遠足だニャ」
「今日は本当に楽しかったですニャ」
「もうーっ! だからやめなさいってばー!」
穹の抗議の声が、秋の澄み渡った空へと、どこまでも響き渡っていった。
先生は、きっとぼくを戦いに巻き込みたくなかった。普通の幸せから遠ざけることになるから。
でも——巻き込まれたからこそ、ぼくはここでヒナや瑞季たちと出会えた。笑い合える時間を知ることができた。
この時空の瑞季を恨み続けていたなら、ぼくは今もひとりだった。
ぼくが今、ひとりじゃないのは、先生とロイが瑞季とヒナを信じ続けていたから。
だから、この幸せは、先生たちからのプレゼントなんだと思う。
ありがとう、先生——。
秋空の向こう、はるか遠くの天の川へ、穹は想いを馳せた。
(第三十五話「秋空より、天の川へ」了)




