第三十五話「秋空より、天の川へ」-5-
集合場所の駅で星輝たちと合流し、電車に揺られること三十分。
瑞季たちが降り立ったのは広大な自然公園の最寄り駅だった。午前十時前。ホームは行楽客で賑わっている。
改札を抜け公園へと続く、葉が黄金色に色づき始めたケヤキ並木を歩く。澄んだ空気の中、金木犀の甘い香りが風に乗って運ばれてくる。
「うわーっ! 空気うめー!」
「星輝さん。声が大きいですよ」
「いいじゃんかよアスラ! たまにはこういうのも!」
「確かに、それはそうかもですが」
「ほら、アスラも大声出そうぜ!」
「え、あ……お、おー!」
ふたりのやり取りを眺めながら、瑞季は隣を歩く穹の様子をそっと窺った。
彼女はリュックのショルダーストラップをぎゅっと握りしめ、きょろきょろと落ち着きなく周囲を見渡している。
「穹ちゃんって、私たちがいないときにこっそり外に出たりとかしてないの?」
「ときどきしてた。でも、こんなに自然が多いところは、初めて」
肩に力が入った話し方だった。
そんな彼女へ、優菜は微笑みかける。
「穹ちゃん大丈夫? 疲れてない?」
「……う、うん。大丈夫」
穹は少しだけ驚いたように優菜の顔を見上げた。そして、すぐにぷいと顔を逸らしてしまう。その耳がかすかに赤くなっているのを、瑞季と優菜は見逃さなかった。
「ふふっ。穹ちゃんは本当にかわいいね」
「か、かわいくなんてないし!」
公園の入り口を抜けると、視界一面の芝生が広がっていた。
その開放的な景色に、五人は思わず、わあと歓声を上げる。
「どこにシート敷こうか?」
「あっち! あの大きな木の下がいい! 日陰になってて気持ちよさそうだし!」
星輝が指さした方へみんなで向かい、大きな木の下にレジャーシートを広げる。
荷物を置くと、星輝がさっそくバッグの中からフリスビーを取り出した。
「なあみんな! 穹と色々話したい気持ちはあると思うけど、ちょっと身体動かさねえ?」
「お、いいね。さんせーい!」
瑞季が元気よく手を上げる。
「運動音痴なのは許してね」
「フリスビーくらいなんとかなるって。優菜、アスラ、穹もどう?」
「いいよ」
「もちろんです」
優菜とアスラも頷き、シートから立ち上がった。
穹はどうしていいか分からず、黙ってシートの上で体育座りを続けていた。だが、瑞季に「こっちおいでよ!」と手を引かれ、おずおずとその輪に加わった。
最初はぎこちなかった穹の動きも、仲間たちの楽しそうな笑い声に包まれるうち、少しずつ自然になっていった。
星輝が、軽快なステップで優菜にフリスビーを投げる。優菜はぎこちなくも丁寧なフォームでキャッチし、アスラへと投げ返した。アスラはその鋭い反射神経で、難なくキャッチすると、今度は瑞季へと、山なりの軌道で優しく投げる。
「いくよ! 穹ちゃん!」
瑞季の投げたフリスビーは、彼女が思っていたよりも高く、そして、大きく右へとカーブしながら、穹の頭上を越えていった。
「あ! ごめん!」
だが、穹はそのフリスビーの軌道を、瑞季が投げた瞬間から追っていた。獲物を見つけた猫のように素早く、しなやかに、芝生の上を駆け抜けていく。そして、落下地点を予測すると、ふわりと軽やかに跳躍した。
天へとまっすぐに伸ばされた小さな手。
その指先が、回転するフリスビーをぴたりと掴み取った。
その見事なキャッチに、思わず、みんなが声を上げた。
「おー!」
「すげえじゃん、穹!」
穹は思った。
こうして、遊びのために全力で走ったのは、いつぶりだろう。
デシリアになって以来、常に敵に追われ、怯え、先生やロイに支えられてきた。
こんな、あたりまえの楽しい時間が、ひどく懐かしい。
年相応の屈託のない笑顔が、自然とこぼれていた。
「これくらい、お茶の子さいさいだよ。適当に投げるから、頑張って取ってね!」
穹は全身のバネを使って、力いっぱいフリスビーを投げた。
夢中になって遊んでいるうちに、空は高く澄み渡り、日差しがもっとも高く昇る時間になっていた。
心地よい疲労感と共に、五人はシートの上へと戻ってきた。
「はー、疲れたー! 腹減ったー!」
星輝が芝生の上に大の字になって寝転がる。
そのあまりの無防備さに優菜が苦笑した。
「星輝。下着見えちゃってるよ」
「え、やべ」
ガバッと起き上がる星輝。しかし、星輝はジャージを深く履いているため、下着が見える隙間はない。
「嘘だよ」
優菜がクスッと笑うと、続いてみんなでどっと笑った。最初は硬い表情をしていた穹も、クシャッと破顔している。
「平和だなあ」
瑞季は、こっそりと小声で呟く。
デシリアとしての戦いが、夢の中の出来事のように思えてしまう。しかし、この戦いがなければ、この優菜や星輝とこんなに仲良くなることはなかっただろうし、アスラや穹とは出会うことさえなかっただろう。
戦いがあったからこそ、今ここにいる。
この平和を、この先もずっと大切にしていきたい。
「さあ、みんな。お昼ご飯にしましょうか」
優菜がそう言うと、彼女とアスラは、持ってきた大きなバスケットを開いた。
中から現れたのは彩り豊かなお弁当だった。
卵焼き、タコさんウインナー、唐揚げ、ブロッコリー、エビフライ。
おにぎりは可愛らしい動物の形に握られている。
その彩りに、瑞季と星輝は目を輝かせた。
「うわーっ! すっげー! 店で売ってるやつみたい!」
「ふふっ。昨日の夜アスラちゃんと一緒に作ったの」
「優菜さんのお料理の腕前は、本当に素晴らしいです」
「その言葉、そっくりそのままお返しするよ。わたしは少しお手伝いしただけなんだから」
穹は、その色とりどりのお弁当をじっと見つめていた。大きな瞳が、キラキラと輝いている。
「さあ、食べようぜ!」
星輝の元気な掛け声を合図に、五人はそれぞれ箸を手にした。
「いただきます!」
五つの声が重なり合った。




