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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第三十四話「ふたつの空、重なる心」

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第三十四話「ふたつの空、重なる心」-7-

 鏡に囲まれた不気味な空間。そのすべての鏡面に、倒れ伏した少女の姿が映っていた。

 そして、鏡の中の少女は、ゆっくりと身体を起こし始めた。

 空色のパーカーを羽織った少女、神辺穹。

 ナーサの電撃を受けたその身体は、まだ、痺れと痛みで思うように動かないようだ。それでも、彼女は歯を食いしばり、震える足で、しっかりと立ち上がった。

「なるほど」

 黒瑞季が、納得したように呟いた。

「私が知るヒナよりも、この時空のヒナが少々アクティブに感じられたのは、リアマイムとリアスピサが変わった影響のひとつかと思っていたが……神辺。おまえと同化した結果だったというわけか。人間と精霊の同化という特殊な現象であるが故に、おまえには人間の栄養も必要だった」

 穹は息を切らしながら、先生の敵である黒瑞季を睨み続ける。

「確かにぼくは、染谷瑞季を殺すために、この時代に来た。でも……今は違う」

 そして、彼女はうつむいたまま、リアハイリンへと身体を向ける。

「ぼくは……」

 穹は震える身体を押さえながら、ゆっくりと顔を上げた。

「ぼくは、先生が本当に望んでいた未来を……作るんだ……!」

 その精一杯の叫びを、

「くだらんな」

 黒瑞季は冷笑する。

「力を持った者の宿命を、彼女は理解できていなかった。そもそもリアハイリンが誕生したのは、精霊と人間の醜い争いの結果。そんな事態を招いてしまった世界に死刑を突きつけるのが、その使命だ。彼女だって、私と同じく散々な目に遭ってきた。いや、私以上だろう。なのに、彼女は『耐え続ける』という惰性を選んだ。そんな半端な選択を取るなど、気が触れてしまったとしか思えない」

「ふざけるな!」

 穹が、今にもほどけてしまいそうなほど繊細な声を強く震わせ、叫んだ。

「気が触れてしまったのは、あんたのほうだ!!」

「ガキは黙ってろ。……ナーサ、あいつから空の石を奪え」

 だが、ナーサは動かなかった。拳を強く握り、穹を睨んでいる。

「……ナーサ?」

「――つまり、未来から来たあんたは、ジンがスレイヴと同化していたことも知ってた。違うか?」

 それは、おぞましいほどに低く、どすの効いた声だった。

「ち、違う……! ヘヴンのことは詳しくないの! 知らなかった!」

「でも、その可能性には充分気づけたはずだ。自分自身が、そうなんだから」

「それは……」

 穹が閉口した瞬間、ナーサは解き放たれた獣のように地面を蹴った。

 紫色の閃光が、穹へ迫る。

 彼女は咄嗟に腕で身体を庇おうとする。だが、ダメージの残る身体は、その思考についてこない。体勢を崩し、無様に尻餅をついてしまう。

 あまりにも、大きな隙。

 だが、その小さな身体に、ナーサの非情な手が届くことはなかった。

 その直前、彼女の目の前で、硬い音が弾けた。

 リアハイリンの白い背中が、神々しく輝いていた。

「デシリアの宿命とか、そういう大きな話は、私には分からないけど……!」

 ナーサの拳を両手で受け止めながら、リアハイリンは叫ぶ。

「そういう大きいものばかりを見すぎて、あなたは本当に大事なものを見失っている!」

 リアハイリンは、視線を離れて立つ黒瑞季から、目の前のナーサへ視線を移した。

「ナーサ。あなたはどうなの」

「あ?」

「あなたも、その宿命ってもののために、動いているの?」

 ナーサはチッと舌打ちをすると、一度、後方へと跳躍した。空気を階段のように駆け上がり、リアハイリンの頭上を取る。

 そこから、強烈な蹴り落としが放たれた。

 リアハイリンは横へ跳んで回避する。足元の鏡が砕け散った。

「ジンを犠牲にした世界なんて消えるべき……それだけだよ」

「本気で言ってるの? ……いや、違う。あなたは、本当に大切なものに気づいていながら、もう後に引けなくて目を背けてるだけだよ!!」

「っ……! 分かったようなことを言ってんじゃねえ!!」

 激昂したナーサが、再びリアハイリンへと拳を放つ。

 リアハイリンも、同時に拳を放った。

 白と紫の拳が、正面から激突する。

 凄まじい衝撃が散らばった鏡の破片を再び巻き上げ、穹のフードを揺らした。

 そして、白い拳が、紫の拳を押し返した。

「なっ……!」

 ナーサの身体が吹き飛ばされ、背後の鏡の柱に激突する。鏡が大破し、その破片がキラキラと美しく宙を舞った。

 リアハイリンはゆっくりと振り返り、尻餅をついたままの少女の足元に立った。

 穹から見上げたリアハイリンには、鏡の破片による反射の光が、後光のように輝いていた。

「瑞季……」

 穹の声が、ヒナの声に聞こえた。

「ぼくは、ずっと瑞季を騙していた。だから、瑞季にとってぼくは仲間なんかじゃないよね……。でも、今はこの場を乗り切るために、協力させてほしい」

「それは違うよ」

 リアハイリンは、優しく首を振った。

「え?」

「確かに、私はまだ、あなたのことをよく知らない。ずっと前からヒナと同化してたなんて言われていまだに困惑してるよ。でも、あなたは……ヒナと一緒に、私の友達になってくれた」

 目頭に、熱いものが込み上げた。

「私がヒナと過ごした時間は、あなたと過ごした時間でもある。だから、あなたと私が仲間じゃないわけなんてない。『協力させてほしい』とか、そんな他人行儀な感じじゃなくてさ……」

 リアハイリンは、穹へとその手を差し伸べた。

「一緒に戦おう、穹ちゃん」

 穹は、差し伸べられた手を、ただ見つめていた。

 しばらくして、慎重に握った。その温かさに触れた途端、視界が涙で揺れ、瞳から雫が零れ落ちた。

 涙を流したのは、先生を亡くしたあの日以来だった。

 あの日、自分の中からすべてが失われたと思っていた。

 けれど今、失ったはずの未来を、先生が信じた人と、繋ぎ直している。

 リアハイリンにその手を引かれ、穹は立ち上がった。

 彼女の眩しい笑顔に、穹は顔を真っ赤に染めて、ぷいと目を逸らす。

 しかし、すぐに意を決し、彼女はリアハイリンの瞳をまっすぐに見上げた。

「先生が信じた未来は、間違いじゃなかった……。ありがとう、瑞季」

「どういたしまして」

 ふたりは共に未来を見据え、目の前の敵と対峙する。

 穹と、彼女の内側にいるヒナが、高らかに宣言する。

「絶対に、ぼくらは負けない!!」

 彼女はポケットから、空色のデシリル・ジェムとデシリル・アンプを取り出した。

 そして、デシリル・アンプを顔の前に掲げ、宝石を嵌め込む。

 カチャリという音が響いた瞬間、鏡に囲まれた無機質な空間が、まるでインクを垂らした水のように、美しい星空へと塗り替えられていく。その輝きの広がる様は、さながら万華鏡のよう。

 穹の身体は、その星空の中心へと、ゆっくりと吸い込まれるように浮遊した。静寂な宇宙の中、彼女の身体は光のシルエットへと変わる。

 それは、まるで彼女の短い人生の物語。

 絶望の闇の中を、彼女はただ落ちていく。

 だが、彼女は、もうひとりではない。

 光のシルエットの瞳が、カッと開かれた。その瞳は、眩い青色に輝いている。

 星々が彼女の決意に応え、一斉に輝きを増した。

 無数の星屑が渦を巻き、彼女の元へと集まってくる。

 深い藍色の夜空そのものが彼女の足元に集い、優雅なフリルを持つ青いスカートを織りなす。

 天の川の光がその上半身を包み込み、純白のボディスと、ふわりとした袖を形作った。

 二条の流れ星が美しい軌跡を描きながら、彼女の頭上を駆け巡り、愛らしい猫の耳が生まれる。

 桃色だった髪は、光の中で、無限の蒼穹をを思わせる、深く鮮やかな青色へと、染め上げられていく。

 最後に彼女は、彗星の尾を掴むように、まっすぐに手を伸ばした。

 そして、一筋の眩い光の杖を、その手に取る。その瞬間、杖は光の粒子となり、流れ星のように彼方へ消えた。

 杖が消えると、右手にはデシリル・アンプが残された。それを、自らの手で右腰のポーチに収納する。

「『デシリアの 永遠《とわ》に広がる魂は 如何なる者にも奪えない』」

 彼女は静かに、そして力強く、その口上を紡ぐ。

「『重なる心、リアシエル!』」



(第三十四話「ふたつの空、重なる心」了)


第三十五話「秋空より、天の川へ」2026/10/10 8:00投稿予定

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― 新着の感想 ―
おお! 色んな謎がばっと解明されましたね! そうか、穹ちゃんそんな事情が。というかずっとヒナの中にいたのか。 だから飯が必要だったのか… 穹ちゃんの「先生」が優菜なのかな? リアマイムは優菜じゃないら…
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