第三十話「正義と救済の境界線」-5-
現場は、街外れにある広大なスクラップ置き場だった。
錆びついた鉄骨、潰れたドラム缶、廃車の山。すべてが夕日に照らされて、巨大な墓標のように見えた。
その中心に、それはいた。
おびただしい量の金属ゴミが、意思を持ったかのように寄り集まり、巨大な人型の怪物を形成している。その身体には、ズタズタに引き裂かれた制服のブレザーやリボンが痛々しく絡みついていた。
そして、そのスレイヴの少し離れた場所。廃車の上に、ひとりの少年が観劇でもするように優雅に座っていた。
「凪宮くん!」
「ごきげんよう、みなさん」
瑞季が初めて彼と出会ったとき——青いフードの少女から命を救ってくれたときと同じ、優しい響きだった。しかし、彼は敵だ。世界をリセットするために未来から来た組織『ヴォイズ・アーク』の一員。
「今回は誰を……!」
星輝の問いに、凪宮は手に持った黒い杖を弄びながら、楽しそうに答えた。
「陣頭愛華さんですよ」
「え……?」
「あなたに酷いことをした彼女を、あなたがどのように救うのか。特等席でじっくりと拝見させていただきます」
悪趣味な笑顔だった。
瑞季は振り返り、星輝の顔を見る。歯を食いしばり、凪宮を睨むその顔には、明確な怒りが見えた。
三人は、アイコンタクトだけで互いの意志を確認し、同時に変身を遂げる。
リアハイリンたちが身構えた、その直後だった。
スクラップの山が、轟音とともに弾け飛んだ。
三人は一斉に左右へ跳ぶ。
さっきまで立っていた場所を、鋼鉄の巨体が突き抜けた。巨体とは思えない速さだった。リアハイリンは紙一重でかわし、その背後へ回り込む。
「いける!」
そう思った瞬間、スレイヴの腕が伸びた。掴んだのは、廃車の脇に転がっていたクレーン車のアーム。
次の瞬間、それが巨大な棍棒と化して、横薙ぎに振り抜かれた。
「危ない!」
リアマイムが水の壁を叩き出す。
鋼鉄の塊がぶつかった瞬間、水壁が轟音を立てて砕け散った。そのまま三人の身体までまとめて弾き飛ばされる。
「くっ……!」
着地する暇もない。
巨体の肩から、無数の鉄パイプが跳ね上がった。
「来る!」
次の瞬間、鉄の雨が降った。
リアマイムが盾を、リアスピサが炎の壁を展開する。金属が炎を突き抜け、水面を穿ち、地面へ次々と突き刺さっていく。
「こんなの、キリがねえ!」
リアスピサが吠える。
その横を、リアハイリンが抜けた。身体の密度を落とし、鉄パイプの隙間をすり抜ける。目の前には、スレイヴの懐。
「押し切らせてもらうよ!」
踏み込み、拳を叩き込む。
硬い。
なのに、手応えがない。
「……え?」
拳が、めり込んだ。
違う。
めり込んだのではない。
拳の周囲だけ、スレイヴの胴体を構成していた鉄板やパイプが、逃げるように後方へずれたのだ。
「しまっ——」
拳を引こうとした、その瞬間、周囲の金属片が一斉に尖った。
無数の鉄の棘が、リアハイリンの腕へ向かって閉じる。
咄嗟に腕を引き抜く。戦闘服が、わずかに引き裂かれた。
リアハイリンは素早く飛び退く。
「ハイリン!」
リアスピサが駆け寄る。だが、スレイヴは彼女に顔を向けることもせず、自分自身の身体の金属片を剥がし、散弾銃のように発射した。
「がはっ!」
彼女の身体が吹き飛ぶ。
リアマイムが水のクッションを展開し、その身体を受け止めた。
「スピサ!」
スレイヴは散らばった鉄屑を引き寄せながら、再びひとつの巨体へと形を戻す。そのままリアスピサへ向け、地面を鳴らして突進した。
「させない!」
轟音。
スレイヴの巨体が地面へ叩きつけられていた。
上空から振り下ろされたリアハイリンの踵が、その頭部にめり込んでいたのだ。
もうもうと立ち上る砂煙の中、凪宮の声が、楽しそうに響いた。
「楽しいですか? スレイヴを殴るのは」
「うるさい!」
リアハイリンは叫び返した。攻撃をした瞬間に全身を走る、痺れるような衝撃。それが、確かに快感を伴うことを、否定することはできない。
その感情を、彼女はまだ完全に整理しきれてはいなかった。
「そんな言葉に、なびいてなんてやらないんだから!」
そのときだった。凪宮が、持っていた黒い杖を軽く振るう。
空気そのものが唸りを上げ、強烈な突風が発生した。巻き上げられた砂煙が、巨大な壁となって、一斉にリアハイリンに襲いかかる。目に砂が入り、焼けるような痛みが走った。
「うっ……!」
「伏せろハイリン!」
声に反応した瞬間、頭上で凄まじい風切り音が弾けた。リアハイリンが腰を落とした、そのすぐ上を、巨大な鉄の腕が唸りを上げて通り過ぎていく。目の前を覆っていた砂煙が、その一撃にごっそりとさらわれた。
視界が開ける。
リアハイリンは地面を蹴った。砂に足を取られながらも一気に間合いを詰め、ようやく姿を捉えたスレイヴの顔面へ、身体ごと捻った回し蹴りを叩き込む。
鈍い金属音が響き、巨大な身体が横へ吹き飛んだ。
その勢いを殺さず、リアハイリンは宙で身を翻した。着地した先は、炎を構えたリアスピサの隣だった。
「大丈夫か、ハイリン?」
「うん。ちょっと目が痛いけど……これくらい!」
ふたりが顔を上げる。
舞い上がった砂煙の向こうで、スレイヴがゆっくりと身を起こしていた。
すると、初めて陣頭愛華の心の声が聞こえてきた。
《全部……全部、壊してやる……! 学校なんて、クソ喰らえだ……!》
リアスピサは息を呑んだ。
《毎日毎日、同じ顔して、同じこと言って、同じように生きろって押しつけやがって……!》
リアハイリンは、かつて星輝がスレイヴにされたときのことを思い出した。当時の星輝の黒感情と、陣頭の黒感情は似ている。自分も、世界を恨んでいた。
「ウチにも、気持ちは分かる」
リアスピサは拳を下ろした。
「おまえのことは、ウチが——」
彼女の言葉が、打ち消される。
スレイヴが突如獣のような絶叫を上げたのだ。
その叫びが途切れるより早く、スレイヴの身体が大きく軋んだ。
人の形を保っていた金属の塊が、内側から押し潰されたように一気に縮む。次の瞬間には、腕も脚も見分けのつかない異形の鉄球となっていた。
「なっ……!?」
鉄球が地面を抉る。
轟音とともに跳ね上がった巨体は、そのまま斜面を転がるように加速し、廃車を一台、二台と弾き飛ばしていく。鉄屑の山が崩れ、飛び散った部品が夕空へ吹き上がる。飛び散る鉄屑の中を、巨大な鉄球だけが、まっすぐリアマイムへ迫ってきた。
リアマイムは身を翻した直後、すぐ横を鉄の塊が通り過ぎた。が、そこには飛来する瓦礫。
「!?」
直撃し、そのまま地面を転がった彼女は、スクラップの山へ背中から叩きつけられた。
「マイム!」
鉄球が、ゆっくりと方向を変える。
今度はこちらだ。
リアスピサが炎を噴き上げる。正面からぶつかった熱波が鉄の表面を赤く染めるが、それでも止まらない。炎をものともせず、巨大な質量が迫ってくる。
リアハイリンは目を細めた。まだ砂が残っている。涙が滲み、まともに前も見えない。それでも、耳だけは、轟音の大きさと地面の振動から、迫る距離を正確に拾っていた。
避ければ、後ろにいるリアスピサまで巻き込まれる。
だったら。
リアハイリンは、一歩、前へ出た。
そのとき。
「——危ないニャ!」
リアハイリンたちの目の前に、青い光の渦が出現する。
「!」
足元が消えた。景色が青くねじれ、次の瞬間には、ふたりはリアマイムの隣へ投げ出されていた。
「ヒナ!」
「お待たせだニャ!」
「なんとか間に合いましたね」
ヒナの隣に降り立ったリアウインズは、迫りくる鉄の巨球を見据えた。
逃げるでも、構えるでもない。
ただ、右手を挙げる。
次の瞬間、巨球の正面で空気が爆ぜた。目に見えない何かに正面から殴りつけられたように、鉄の塊が大きくひしゃげる。それでもその勢いは止まることを知らず、風に押し上げられるように地面から浮き上がり、そのままぐるりと宙を舞った。
「え——」
リアマイムが思わず声を漏らす。
リアウインズが手首を返した。
その瞬間、大気が唸り、巨球が地面へ叩き落とされた。球が弾け、スクラップ同士が激しくぶつかり合い、甲高い金属音を撒き散らした。
その音の雨の隙間から、スレイヴの地響きのような唸り声が聞こえてきた。
《壊させろ……》
「……おい」
リアスピサは拳を構えたまま、スレイヴを見据えた。
「おまえ、なんでそこまで壊したがるんだ?」
スレイヴが顔を上げる。
「何かあったんだろ。学校で、誰かに傷つけられたとか……家で嫌なことがあったとか」
リアスピサは、一歩だけ前へ出る。
「話してみろよ。ウチらにできることなら、力になる」
だが、返ってきたのは、彼女が求めていたものとは違うものだった。
《傷つけられたこと? 家で嫌なこと? テメエらにできること? フッ、笑わせるな。そんなの、何もないね。アタシは、ただ、縛られるのが嫌なだけ。アタシの邪魔をするものは、親だろうが教師だろうが、なんだろうが、全部ぶっ壊してやりたい。……今、アタシはその想いを叶えられる力を手に入れた! これを利用して、思う存分暴れてやるのさ!》
それは、これまで出会ってきた黒感情とは、あまりにも根本的に異なっていた。
その言葉に、凪宮が拍手をした。賛美にも侮辱にも聞こえる音が連続する。
「素晴らしい。彼女は、ただただ暴れたいみたいですね。この黒感情を癒すためには、彼女が満足するまで、この町を壊させるしかないでしょう」
舞台役者のように、身振り手振りを交えて話す凪宮。
そして、リアスピサたちへ冷笑を浮かべる。
「あなたたちは彼女を救うために、この町を犠牲にしなければなりませんね」




