第二十八話「黒き感情」-2-
「自分の本質に気づいたかい?」
公園の入り口、クスノキが落とす深い影の中から、磐名式乃がぬるりと姿を現した。
嘲りを煮詰めたような笑みが、その顔に貼り付いている。
血のような夕陽が彼女の輪郭を照らし、その影を地面に長く引き伸ばしていた。
「あんた……っ!」
瑞季の全身の筋肉が強張る。
磐名は芝居がかった仕草で両手を広げてみせた。
「まあまあ、そう殺気立つなって。血の気が多いのは若さの特権だけどさ」
その声は、刃物を絹で包んだような、底意地の悪い優しさに満ちていた。
「安心しな。アンタは悪くない。それがアンタの本質なんだから。目の前の弱者を救うより、あのガキどもを叩き潰したかった。違うかい?」
「そ、そんなこと……ッ!」
否定の言葉が、喉の奥で鉛のように固まる。
否定しきれなかったから。
あの瞬間、自分の意識は、怯える少年ではなく、加害者たちへの憎悪にこそ向いていた。
助けたかったんじゃない。
罰したかった。
「アタシはさ」
磐名は優しく笑った。
「いや——アタシらは、そんなアンタを否定しないよ」
そして、瑞季へ手を伸ばした。
「ようこそ」
磐名の声は、まるでデシリアがスレイヴの心に語りかけるときのように、柔らかく、そして甘く、瑞季の心の隙間に毒のように染み込んでくる。
「——って、なんでおまえがここにいんだよ!」
いじめられていた男の子を立ち上がらせた星輝が、磐名の存在に気づき、鋭い声を上げた。
「予告どおり来たんだよ。待ってただろ?」
「待ってねえよ!」
磐名は肩をすくめ、その視線が、星輝の背後で怯える少年に突き刺さる。
次の瞬間。
「——こっちだよ」
声が、背後から聞こえた。
瑞季の背筋が凍りつく。
振り向くと、そこに磐名がいた。
いつの間に移動したのか分からない。
つい今しがたまで、公園の入口にいたはずなのに。
「純粋だねえ。純粋だからこそ、その恐怖が、深く心に染み付いてる。きっと、一生消えることのない染みだ。多くの人間が、心のどこかに抱えている、ありふれた黒感情」
磐名は、その手に禍々しく光る黒水晶を握っていた。
見間違えるはずもない、忌まわしい輝き。
「やめてっ!」
「その子から離れろ!」
瑞季と星輝が、同時に地面を蹴る。
だが、数歩も進まないうちに、凄まじい地響きが足元を揺さぶった。
公園の地面が、巨大な獣の背骨のようにせり上がる。無数の亀裂を走らせながら、分厚い壁となってふたりの行く手を阻んだ。
「なっ……!」
瑞季は、その光景に息を呑んだ。
この力には見覚えがあった。
土を操る力。
それは、かつてナーサが使っていた……。
「まさか、地のデシリル・ジェム!?」
瑞季の驚く声は、磐名まで届いてただろう。しかし、磐名は瑞季の声に反応せず、少年に語りかけ続ける。
「そんなアンタには、量産機がお似合いだ」
土の壁の向こう側から、磐名の冷たい声が響く。
「——『水晶よ、黒を架けろ』」
壁の向こうから、冷たい詠唱が響く。壁の隙間から、視界を焼くほどの黒い閃光が漏れ、直後、鼓膜を突き破るような少年の絶叫が木霊した。
轟音と共に土の壁が崩れ落ち、舞い上がる砂塵の向こうに現れたのは、もはや人間の姿ではなかった。
ギヂ、ギヂ、と軋む金属音。公園の遊具——滑り台、ジャングルジム、ブランコ——が、悪夢の中で捏こね上げられたかのように歪に融合し、巨大な異形の怪物と化していた。錆びた鉄パイプが昆虫の足のようにうごめき、ブランコの鎖が意思を持った大蛇のようにとぐろを巻いている。




