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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第二十七話「緑の前触れ」

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第二十七話「緑の前触れ」-6-

 蔓に捕らえられ、身動きひとつ取れないリアハイリン。そして、彼女を丸ごと飲み込もうと、巨大なラフレシアの顎が、ゆっくりと開かれていく。

「ハイリン!」

「させません!」

 リアスピサとリアウインズが、同時に動いた。

 リアスピサは、両手に最大級の炎を宿し、巨大な火球となって蔓の檻へと突っ込む。リアウインズは、鋭い真空の刃を何十発も放ち、檻を構成する蔓を切り刻もうとする。

 だが、スレイヴは、まるでそれを予測していたかのように、周囲に新たな蔓の壁を何重にも作り出し、ふたりの攻撃を阻んだ。炎は分厚い蔓の壁に威力を削がれ、風の刃は硬い表皮に弾かれる。

「くそっ! 硬すぎる!」

 焦るリアスピサの背後で、リアマイムが冷静に戦況を分析していた。

 スレイヴの攻撃パターン、蔓の再生速度、そして、あのエネルギー光線。今までのスレイヴとは、明らかに何かが違う。まるで、誰かが意図的に、デシリアを狩るためだけに調整したかのような、嫌な知性を感じる。

 だが、今は思考よりも行動が先だ。

 リアマイムは、全エネルギーを使い、凄まじい量の水を放出する。それが巨大な龍のような形を成し、天へと昇る。

「道を開けなさい!」

 水の龍がスレイヴの蔓の壁へと猛然と突っ込む。純粋な質量と水圧の暴力が、蔓の壁を強引にこじ開け、わずかな隙間を作り出した。

「今だよ! スピサ! ウインズ!」

「はい!」

 リアウインズが、開いた隙間から風を送り込み、リアハイリンを捕らえる蔓の拘束をわずかに緩める。

 そして、リアスピサが、その隙間へと渾身の炎を叩き込んだ。一直線に放たれた紅蓮の閃光が、リアハイリンを捕縛していた蔓だけを正確に焼き切る。

 拘束から解放された彼女は、ぐったりとしたまま落下するが、それをリアウインズの優しい風が受け止めた。

「ハイリン! しっかり!」

「……みんな……ごめん……」

 リアハイリンは風に支えられながら、なんとか立ち上がる。腹部に受けたダメージは深刻で、まだ力が充分に戻らない。

 だが、彼女の瞳に絶望の色はなかった。仲間たちが希望を繋いでくれたのだ。今度は、自分が応える番。

「……あの一撃で、少しはあいつの防御が弱まってるはず……! もう一押しだよ!」

 リアハイリンの言葉通り、三人の連携攻撃を受けたスレイヴは、わずかに体勢を崩していた。

 四人は、再びスレイヴへと向き直る。

 リアマイムが水の鞭で蔓を薙ぎ払い、リアウインズが風の壁で毒花粉を防ぐ。その援護を受け、リアハイリンとリアスピサが、二手に分かれてスレイヴへと突っ込んだ。

「オラオラオラァ!」

 リアスピサが、炎を纏った拳のラッシュを叩き込む。その猛攻に、スレイヴの注意が引きつけられた。

 その背後から、リアハイリンが回り込む。

「これで、どうだっ!」

 全体重を乗せた強烈な踵落としが、スレイヴの本体、ラフレシアの付け根部分にクリーンヒットした。

 鈍い衝撃音。

 スレイヴの巨体が、大きくぐらつく。

 そして、そのとき初めて、リアハイリンの脳内に、悲痛な声が響き渡った。

《わしの……わしの植物たちが……! わしがいないと、ダメなんだ……!》

 しゃがれた男性の声。

《他の誰にも、任せられない……! 定年なんて……来なければいいのに……!》

 素体は、定年間近の植物園の管理人、といったところだろうか。

「分かるよ。すごく、大切なんでしょ」

 リアハイリンは攻撃の手を止め、スレイヴの本体にそっと手を触れた。その声は慈しむように優しかった。

《分かるものか……! お前たちのような子供に、わしの気持ちが……! こいつらは、わしの子だ! 何十年も……何十年も、手塩にかけて育ててきた!》

 スレイヴが絶叫と共に、リアハイリンを弾き飛ばそうと蔓を振り回す。その一撃は、リアハイリンを庇ったリアスピサの炎のガードによって防がれたが、その衝撃で四人は後方へと大きく吹き飛ばされた。

 体勢を立て直した四人の前で、スレイヴは怒りの咆哮を上げながら、巨大な身体を震わせる。そして、次の瞬間、まるで巨大な砲弾のように、一直線にこちらへと突進してきた。

「危ない!」

 リアハイリンの叫びと同時に、四人は左右に分かれてそれを回避する。

 猛烈な勢いを止められなかったスレイヴは、そのままエリアを隔てるガラス張りの壁へと激突した。

 耳をつんざくような破壊音と共に、ガラスと鉄のフレームが、まるで紙細工のように無残に砕け散る。スレイヴは、その破片を撒き散らしながら、隣のエリアへと侵入した。

「待って!」

 リアハイリンたちは、スレイヴが破壊した大穴を通り抜け、すぐさま後を追いかける。

 一歩足を踏み入れた瞬間、肌を撫でる空気が、熱帯の湿気を帯びたものから、ひんやりと澄んだものへと変わった。

 そこは高山植物エリアだった。先ほどの熱帯雨林エリアとは違い、気温は十九度ほどに保たれ、色とりどりの可憐な花々が咲き誇っている。

《わしがいなければ、この子たちは枯れてしまう……! あんな若造に、任せられるものか! 誰にも、誰にも渡さん! この植物園は、わしのものだ!》

 その巨体は狭い通路に佇んでいた。ガラス片こそ飛び散っているものの、大切に育てられてきた高山植物を踏みつけてはいない。

「それだけ愛してるってことなんだね」

 リアハイリンは、彼の足元の花を見る。白い星のような花を咲かせたエーデルワイスや、外側が白、内側が紅褐色のウコンユリなどがその一画に植えられている。その内の数輪は、わずかに萎れてしまっていた。

 スレイヴは、まっすぐリアハイリンに蔓を放つ。リアハイリンは、それを両手で掴んだ。

 避ければ、その背後の花壇が犠牲になる。それはきっと、この老人の心を傷つけることになる。

 蔓の表面の棘が、皮膚に突き刺さる。それでも、彼女は表情を崩さず、スレイヴを優しく見上げていた。

「それって、私には想像できないくらい長い時間を、この子たちと暮らして、芽生えた感情なんだと思う。すごく、思いやりがあるんだね。愛があるから、苦しいんだ」

 リアハイリンの言葉に、スレイヴの動きがわずかにためらう。

《あの子たちが傷ついているのを見たとき、胸が張り裂けそうだった》

 その隙を突き、リアスピサが距離を詰めた。

「後輩ちゃんたちには、まったく植物への愛がないように見えるのか?」

《分からない……だが、わしほどではないはずだ……!》

 スレイヴが、リアスピサに向かって毒花粉を噴出した。彼女はそれを回避しながら、語りかけ続ける。

「少なくとも、植物を無碍むげに扱う人じゃないってことだ。ならさ、あんたが培ってきた土壌の上で、その子たちも育ちたいと思ってるんじゃないか?」

「こう思ってみてはどうでしょうか」

 上空から、リアウインズの声が降り注ぐ。彼女は風を操り、スレイヴの毒花粉をすべて上空へと押し上げる。

「『自分は、この園の土壌を豊かにするために何十年も働いてきた。今は、自分の作った土で、次の世代が新しい芽を伸ばそうとしている』と。植物にも人間と同じように寿命があり、次の世代に生命を託します。それならば、あなたも、この子たちと同じように、次の世代に託せるように、贈り物をしてはどうでしょうか」

 リアウインズの言葉に、スレイヴの蔓の動きが、明らかに迷いを帯び始めた。

 そこへ、リアマイムが語りかける。

「あなたが培ってきた植物育成の知識、観察のコツ。そして、あなたの愛。それを、贈り物として届けてみたらどうかな。あとは、あなたが一番大切にしてることは、なに?」

《……植物の、声にならない声に、耳を傾けること》

「うん。それも、プレゼントの箱に入れてあげなきゃね」

 リアマイムは、そっとスレイヴの蔓に触れた。

「そのプレゼントが、あなたの分身としてこの園を見守ってくれるよ」

 そこへさらに、リアハイリンが仲間たちに続いて言葉を繋ぐ。

「定年を迎えて手を休めることは、後ろ向きなことじゃない。むしろ、次の人生の始まりだと思う。未来にワクワクできるように、これからのことを考えていこうよ」

 四人の言葉が、温かい光のように、老人の頑なだった心をゆっくりと溶かしていく。

《そうだ……。この場所と植物たちは、わしがいなくても生きていく。なぜなら、わしがここに深く根を張り、彼らをここまで大切に育ててきたのだから……》

「ああ」

 リアスピサが力強く頷く。

「じいさんの想いは、この園の隅々に息づいている。安心してバトンを託そうぜ」

 そのリアスピサの言葉を最後に、スレイヴから湧き出る禍々しい黒感情エネルギーが消え失せた。あとは、浄化するのみ。

「ウチに任せてくれ」

 リアスピサが、全身の炎のエネルギーをたぎらせ、右手をスレイヴに向けた。

「『黒き感情、燃え尽くせ。デシリア・セイリング・ファイア!』」

 放たれた炎は、まるで、寒い夜に人を温める暖炉の火のように優しく、すべてを包み込むような、黄金色の光だった。

 浄化の炎がスレイヴを飲み込み、長い苦しみから解放させていく。憎しみに歪んだラフレシアの花が、最後に穏やかな光を放ち、光の粒子となって、夕暮れの空へと溶けていった。

 禍々しい蔓と花は、跡形もなく消え去る。そこには、作業着姿のまま気を失った、ひとりの初老の男性が残された。

 彼の寝顔は、あまり安らかではなかった。眉間には深い皺が刻まれ、額には脂汗が滲んでいる。まるで、心の奥底にある気持ちを、無理やり鷲掴みにされて引っ張り上げられたかのような。


 これまでにない不思議な相手に、一時はどうなることかと思ったが、なんとか乗り越えることができた。

「ふう」

 一息つき、リアハイリンが変身を解こうとしたときだった。

「まだ解かないで。……あそこ」

 リアマイムが、植物園の奥、巨大な温室の影になった部分を指さした。

 リアハイリンがそこに何かを見つける前に、リアマイムは駆けていた。他の三人も、彼女の背後についていく。

「あれ? ばれちゃった?」

 女の声がした。

 生い茂る植物の影から、ひとりの女が登場した。

 そこにいたのは、緑色の髪の三十歳くらいの女だった。肌面積の多い無地の黒いシャツからは、豊かな胸の谷間が覗いている。短いズボンからは、鍛えられたしなやかな脚が伸びていた。その姿は、色っぽさと野性的な攻撃性が同居した、奇妙な雰囲気を醸し出している。

 彼女は、こちらを値踏みするように、ほくそ笑みながら眺めている。

 四人はその女を逃さぬよう取り囲む。

 だが、当の本人は包囲されたことなど気にも留めていないようだった。気だるそうにあくびをしたかと思うと、のんきに右のお尻のポケットからタバコを取り出した。

「リアスピサ。火、借してくんねえ?」

「はあ?」

 リアスピサは眉間に皺を寄せる。

「そんなことのために使う力じゃねえんだよ、この力は」

「ちっ、つれねえガキだ」

 女は左のお尻のポケットから銀色のライターを取り出し、咥えたタバコに火をつけた。 

「にしても、よく見つけたねえ。リアマイム」

「戦いながら、召喚主をずっと探してたの。スピサの浄化技の閃光で、ようやく見つけた」

 ひゅう、と女は口笛とタバコの煙を同時に吹いた。ほんのりと甘い煙が宙を漂う。

「やるじゃん。それよりも、ようやく会えたねえ。染谷さんとこの瑞季ちゃん?」

 女は気怠い口調で言った。

 この女も、瑞季たちのことを明確に知っている。最初からそんな気はしていたが、実際にそうだと分かると、本当は自分たちの周り全員が、自分たちの正体を知っているのでは、とリアハイリンは不安を感じてしまう。

 次に、女の見下すような視線が、リアマイムとリアスピサを捉えた。

「オルタナ無勢もご苦労、ご苦労」

「オルタナ?」

 聞き慣れない単語に、リアマイムとリアスピサが同時に眉をひそめた。

 そんなふたりなど興味がないとばかりに、女はアスラに目を向けた。

「それに、アスラだっけ? アンタみたいな子まで戦わなきゃいけなくなっちゃったなんて、この世は実に滑稽だねえ」

 女は、自分たちのことをすべて知っている。その事実に、四人は戦慄した。

 女は四人の反応をさかなにするように、ゆっくりと煙を吸った。

「あんた、何者なの!? なんでスレイヴを!?」

 女は、肺を満たした煙を、勢いよく吹いた。

「アタシは磐名いわな磐名式乃いわなしきの。よろしくね」

 タバコを石畳に落とし、厚い靴底で揉み消した。

「あのスレイヴは、来るべき日のための、壮大な計画の始まりさ」

 磐名は、悪びれる様子もなく、にやりと笑った。

「そうだ。来週、また面白いものを見せてあげる。楽しみにしちゃってて」

「面白いものって?」

「『大洪水』の前触れ、とでも言っておこうか」

 リアハイリンたちは誰ひとりとして、磐名の発言の意味が理解できなかった。

 彼女は小馬鹿にするように鼻で笑う。

「中学生には少し難しい表現だったかな? ま、解釈は任せるよ。さて、アタシはここらで退散しようかね」

「待って! ひとつだけ聞かせて!」

 リアマイムがそう言って引き止めると、磐名はつまらなさそうに彼女へ目だけを向けた。

「もしかして、あなたが神辺穹って子の協力者なの?」

 その問いに、磐名は心底おかしそうに喉を鳴らした。

「さあね。……ほんと若いねえ。アンタは」

 その言葉を最後に、磐名の身体は陽炎のように揺らめき、次の瞬間には、跡形もなく消え去っていた。

「え」

 四人が声を揃えた。

 その消え方には、既視感があった。

 五秒ほど、四人は言葉を失っていた。最初に言葉を発したのは、今の現象をもっともよく知る、リアウインズだった。

「……この世界にも、すでに瞬間移動装置のようなものはあるのでしょうか」

 あるはずがない。

 そのことは、彼女自身ももちろん分かっているだろう。

 彼女の言いたいことは、誰も理解していた。

「この世界にそれがないのなら、あの女性も、ヘヴンの技術を使ったということになります。でも、そんなはずは……」


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