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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第二十七話「緑の前触れ」

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第二十七話「緑の前触れ」-5-

 ファミリーレストランを飛び出した四人は、悲鳴が聞こえる方角——植物園へと全力で走っていた。植物園の上空には、不吉な黒い煙が渦を巻いていた。

「間に合って……!」

 瑞季は祈るように呟く。

 植物園の入り口にたどり着くと、そこはすでに地獄のような光景が広がっていた。ゲートは無残に破壊され、家族連れやカップル、職員が、パニックに陥って逃げ惑っている。受付の奥に見える温帯エリアの中心に、それはいた。

「なんだ、あれ」

 星輝が、思わず声を漏らす。

 それは、巨大な食虫植物ウツボカズラを彷彿とさせる姿形の、暗紫色の怪物だった。だが、その先端にあるのは、捕虫袋ではない。世界最大の花と謳われるラフレシアを模した、禍々しい巨大な花弁。腐肉を思わせるまだらな赤。その中心には牙のような雄しべと雌しべがうごめき、甘ったるい腐臭が辺りを満たしていた。

 本体から伸びる何本もの黒く太い蔓が、巨大な蛇のように地面をのたうち回り、温室のガラスを叩き割り、美しい花壇を踏み荒らしていく。蔓の先端には鋭いトゲが生え、逃げ遅れた人々を捕らえようと鞭のようにしなっていた。

「いったい誰が……」

 優菜が呟く。

 ヘヴンのときは、いつも召喚主は分かりやすい場所にいた。しかし、昨日も今日も、召喚主は姿を表さない。

「みんな、行くよ!」

 瑞季の号令で、四人は物陰に隠れ、バッグから変身アイテムを取り出した。四人は一斉に、デシリル・アンプにデシリル・ジェムを嵌め込んだ。

 四色の光が、夕暮れの空気を切り裂く。光が収まるころには、四人の少女は、世界を守る戦士の姿へと変身を遂げていた。

「『デシリアの 穢れを裁く魂は 如何なる者にも染められない。透き通る心、リアハイリン!』」

「『デシリアの 水面みなもたゆたう魂は 如何なる者にも穢されない。澄み渡る心、リアマイム!』」

「『デシリアの 情熱煌く魂は 如何なる者にも消せはしない。燃え上がる心、リアスピサ!』」

「『デシリアの 神風放つ魂は 如何なる者にも止められない。吹き抜ける心、リアウインズ!』」

 変身を終えた彼女たちの表情は、もはやただの中学生のそれではない。

 リアハイリンが、真っ先に指示を出した。

「まずは避難! マイム、ウインズ!」

「うん!」

「承知しました!」

 リアハイリンの指示に、リアマイムとリアウインズが即座に動く。

 リアマイムは両手を広げ、巨大な水の壁を作り出した。スレイヴの注意を自分たちに引きつけ、避難経路を確保するためだ。

 リアウインズは、その水の壁の上を軽やかに駆け上がると、風の力で跳躍。避難の邪魔になっている倒れた樹木を、優しい突風で吹き飛ばし、道を切り開いていく。

「みなさん、こちらです! 落ち着いて出口へ!」

 その声に導かれ、人々は少しずつ落ち着きを取り戻し、避難を開始した。

 一方、リアハイリンとリアスピサは、スレイヴへと向かう。

「ハイリン。あいつも、昨日と同じように人が素体になってると思うか?」

「たぶん」

 昨日のスレイヴは、見た目はまるで、物を素体とした第一世代スレイヴのようだが、素体は確かに人間だった。

 このスレイヴも、昨日と同じように、これまでのスレイヴとは異なる禍々しさが感じられた。

「ただ、あの花の匂い……!」

 その瞬間、スレイヴの巨大なラフレシアが、ぶわりと大きく開いた。そして、その中心から、黄色みがかった花粉が、爆発するように周囲へと撒き散らされた。

「まずい、吸い込むな!」

 リアスピサが咄嗟に叫び、自らの周囲に炎の渦を発生させて花粉を焼き払う。リアハイリンも息を止め、後方へと大きく跳んで回避した。

 だが、逃げ遅れた数人の市民が、その花粉を吸い込んでしまう。彼らは、ふらふらと足元をよろめかせると、その場に崩れ落ちるように倒れ、手足を震わせた。

「麻痺性の毒……! 卑劣な!」

 リアスピサが、怒りに拳を震わせる。

 そのとき、突風が吹き荒れた。

「させません!」

 リアウインズが、上空から強力な風を巻き起こし、温帯エリア全体に広がりつつあった毒花粉を、空高くへと吹き上げていく。その隙に、リアマイムが水の触手を伸ばし、倒れた人々を安全な場所へと運び出した。

 見事な連携だった。だが、スレイヴの攻撃は、それだけでは終わらない。

 スレイヴの蔓が、意思を持った槍のように、四方八方からデシリアたちに襲いかかった。

 蔓の先端には、鋭いトゲが無数に生えている。その一本一本が、凶器そのものだ。

「こんなもん!」

 リアスピサが、迫り来る蔓を炎の拳で迎え撃つ。蔓は炎に触れると、悲鳴のような音を立てて燃え上がり、炭化していく。だが、その数はあまりにも多い。燃やしても、燃やしても、次から次へと新しい蔓が地中から生えてくる。

「キリがない!」

 リアマイムは、水の鞭を作り出し、しなやかな動きで蔓を打ち払う。リアウインズは、風の刃で蔓を切り刻んでいく。リアハイリンも身体の密度を変化させながら、物理攻撃で蔓を叩き潰していく。しかし、敵の再生速度が、こちらの攻撃速度を上回っていた。

「まずい、このままじゃジリ貧だ! 本体を叩くしかない!」

 リアハイリンが、スレイヴ本体——巨大なラフレシアへと視線を向ける。だが、本体の周囲には、無数の蔓がまるで城壁のように密集し、近づくことすら困難だった。

 さらに、スレイヴは新たな攻撃パターンを見せる。地面のあちこちに、粘着性の高い、甘い香りのする蜜を撒き散らし始めたのだ。

「うわっ!」

 リアスピサが、うっかりその蜜を踏んでしまい、足を取られる。靴の裏に、強力な接着剤が塗りつけられたかのように、地面から足が離れない。

「やばっ」

「スピサ!」

 リアハイリンが助けに行こうとするが、その進路を阻むように、何本もの蔓が壁となって立ちはだかった。

 リアマイムが、機転を利かせて水流を放ち、リアスピサの足元の蜜を洗い流す。なんとか拘束は解けたが、ほんの一瞬、動きを止められただけで、致命的な隙になりかねない。

「ありがとう、マイム! 助かった!」

「いえ……。ですが、厄介ですね。攻撃方法が、多彩すぎます」

 毒花粉。蔓による猛攻。そして甘い蜜の罠。

 スレイヴは、熟練の狩人のように、じわじわとデシリアたちを追い詰めていく。

 植物園という、足場が悪く見通しの利きにくい地形も、スレイヴに味方していた。

 これまで戦ったことがないほどの搦手からめてを使う相手に、どう戦うべきか。それを、まだ誰も見出せないでいた。

 それでも、前に進むしかない。

 リアハイリンは大きく息を吸い込み、呼吸を止める。そして、天高く跳躍した。

 一瞬にして天井までたどり着き、鉄製の枠に手をかける。先ほどリアウインズが巻き上げた花粉により、肌がピリピリとする。しかし、息を止めているため、吸わずに済んだ。

 無数の蔓が天井へ向かって伸びる。だが、あと数メートル届かない。

 リアハイリンは鉄枠に足の裏をつけ、天井からスレイヴへ向かって跳びはねた。同時に、自らの身体に意識を集中させる。水が体の内側から湧き出て、体内に溜まっていくイメージ。水が全身を満たすと、その液体を鉛のように重たく、密度の濃いものに変えていく。

 イメージするのは、隕石。

 ただ、ひたすらに重く、硬く、そして破壊的な、天からの鉄槌。

「いっけえええええええっ!」

 身体の密度を極限まで高める。初めて変身して戦ったときも天からスレイヴへ重さを乗せて攻撃をしたものだが、身体の重さは、そのときの日ではない。全身が、超高密度の塊へと変貌していく。

 この一撃で、蔓の壁ごと、本体を粉砕する。

 ——そう確信したときだった。

 スレイヴの巨大なラフレシアの花が、再び、大きく開いた。

 放たれたのは、毒花粉ではない。

 次の瞬間、腹部を何かが貫いた。

「——ぁ、ぐっ!?」

 リアハイリンの身体が空中で停止する。

 遅れて視界に映ったのは、スレイヴの花の中心から一直線に伸びる黒い閃光だった。

 思考が追いつかず、隕石のイメージは霧散し、身体の密度が元に戻る。それどころか、力が抜けていく。ジェムの輝きまで鈍くなっていく。

「ハイリン!」

 仲間たちの悲痛な叫びが、遠くに聞こえる。

「ッ!?」

 リアハイリンの身体を、スレイヴの黒い蔓が掴んでいた。

 そして、視界が反転する。

 ガラスが砕け散る轟音とともに、リアハイリンの身体が熱帯雨林エリアへ叩き込まれる。

 鉄枠をへし曲げ、ガラス戸を粉砕し、スイレンの浮かぶ池へ墜落した。大量の水飛沫が上がる。

 水を飲んでしまい、ゲホゲホと咳をしながらリアハイリンは立ち上がる。

 すると、温帯エリアと熱帯雨林エリアを隔てるガラスすべてを大破させ、スレイヴが熱帯雨林エリアへ飛び込んできた。

「!」

 エリアの隅へ追い込まれたリアハイリンに、逃げ場はなかった。蔓が殺到し、彼女の四肢や胴は、再び、巨大な蔓に絡みつかれてしまった。

「あ……ぐ……」

 身動きひとつ取れない。

 スレイヴの巨大なラフレシアが、ゆっくりとこちらに顔を向けるのが見えた。その花の奥で、ぎらぎらと光る無数の牙が、捕らえた獲物を前に、歓喜しているように見えた。

 彼女の身を丸ごと飲み込もうとする、絶望の顎が、ゆっくりと開かれる。


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