第二十四話「英雄 VS ヒーロー」-4-
リアハイリンは、自分の中で何かが変わったのを、確かに感じていた。
胸の中央で脈動する白いデシリル・ジェム。そこから噴き出す未知の波動が全身の毛細血管を駆け巡り、純白の戦闘服は神聖な輝きを放って空間の闇を撥ね退ける。その瞳は、世界の理そのものを透視しているかのようだった。
『ヒアリン・フェーズ・ファースト【ケイリン】』
その言葉の正体も使い方も、彼女は本能で理解していた。
「……何者でもないからこそ、何者にだってなれる。これは、そういう力」
確信と共に告げると、再びその掌をジンへと向けた。イメージしたのは、先ほど自分を打ち据えたジンの不可視の圧力。それを、そっくりそのまま彼の座標へと転写する。
次の瞬間、ジンの身体が、見えない何かに横殴りにされたように吹き飛んだ。
壁へ叩きつけられ、黒い装甲が大きく陥没する。
「なるほど」
ジンは幽鬼のように立ち上がった。
「君の白いジェムは、干渉したエネルギーを取り込み、自らの出力として変換する特性を持つのか。あるいは、衝突したエネルギーのベクトルを『無』へ帰し、その情報を模倣して再現する現象か。興味深い」
ジンは科学者としての探究心を剥き出しにしながら、分析の言葉を続ける。
リアハイリンは、術を放った瞬間に、全身を充たしていた力が霧散したのを感じた。
——やっぱり。取り込んだ技を使えるのは一度だけ。……吸収できるのも、たぶん一度にひとつだけ。
でも——それで充分だ。
「いくよ、ジン!」
地を蹴り、再び肉薄した。
ジンの放つ黒槍の刺突や、不可視の衝撃波。それらが彼女に触れる寸前、そのエネルギーを喰らい、無効化する。
そして。
振り抜いた拳が、ついにジンの顔面を捉えた。
骨を打つ鈍い衝撃。
ジンの首が大きく弾け、黒髪が宙に舞う。
衝撃が浸透した瞬間、再び彼の過去の断片が、濁流となって脳へ流れ込む。
——そこは、薄暗くも重厚な静寂に包まれた応接室だった。
若き日のジンは、並び立つ権力者たちへ向けて、淡々と理論を展開していた。
「開発中の『スレイヴ』システムは、人間の負の情動……すなわち黒感情を外部媒体へ転写し、戦闘能力として抽出するものです。出力そのものは従来の兵器と比べて微弱ですが、この黒感情由来のエネルギーこそが、光の連邦を護る障壁に風穴を開ける唯一の鍵となります」
深く椅子に腰掛けた大臣が、満足げに喉を鳴らす。
「素晴らしい構想だ、ジン君。……さすがは我が国の至宝。この研究には最大限の予算と権限を約束しよう。世界の未来は、君の頭脳にかかっているのだから」
男のひとりが立ち上がり、ジンの肩を強く叩いた。
「これでようやく、資源戦争に終止符を打てる。君はまさに、この世界を救う『英雄』だよ」
その映像を幻視しながらも、現実の死闘は加速していた。
ジンが瞬間移動でリアハイリンの死角を突こうと——できなかった。彼女の指先が、翻るマントの端を掠め、瞬間移動の力を打ち消したから。
座標移動が不自然にキャンセルされ、ジンの身体が硬直する。
間髪入れず、回し蹴りをジンの背骨へ打ち抜いた。
その瞬間。
割れた硝子の隙間から覗くように、また別の記憶が流れ込んでくる。
——再び、ジンの記憶が視界を塗り潰す。
研究室を訪れた大臣が、醜悪な歓喜に顔を歪めている。
「あのスレイヴという兵器は、実に見事だ! あれがあれば、我が国に敵対する勢力など根絶できる。ただちに主力兵器として制式採用し、君には莫大な報酬と名誉を与えよう」
「大臣。お待ちください」
ジンの表情には、期待していた達成感など微塵もなかった。
「このシステムはあくまで抑止力です。実際に攻撃兵器として運用することは、私の本意ではありません。安全性にも、まだ拭いきれぬ懸念が……」
「馬鹿を言うな。本当に戦争を始めるつもりなどない。ただ、相手の兵器をさえ使役できるこの力は、他国にとって測り知れぬ脅威となる。それが結果として、無駄な流血を防ぐ盾になるのだ」
ジンは沈黙し、大臣の底知れない欲望が渦巻く瞳を見つめ返した。
「君の理想は高潔だが、現実は残酷だ。……君は光の連邦へ行き、精霊たちと対等に話し合いたいと言っていたな。よろしい、賭けをしよう。君が扉を開き、和平交渉を成功させたなら、スレイヴの兵器転用は一切行わないと誓おう。だが、もしそれが叶わなかった場合は……」
大臣の言葉はそこで途切れた。だが、その先にある無言の圧力を、ジンは痛いほどに理解していた。




