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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第二十三話「本物の炎の輝きを」

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第二十三話「本物の炎の輝きを」-7-

 魂を削り出した壮絶な一撃を見届けた星輝の視界が、溢れ出した熱い雫で歪んだ。

 彼女は、鉛のように重い身体を引きずるようにしてブラフザールへ駆け寄った。

「おっさん……! おっさん、しっかりしろよ! おい!!」

 横たわる巨躯の肩を、縋り付くようにして激しく揺さぶる。だが、ブラフザールの肉体は、中身の抜けた鎧のように力なく揺れるだけで、何の反応も返さない。

 周囲の空気が、不自然なほど静まり返っていた。

「……確かに焼き付けたぜ。おっさんの魂の、炎の輝きを……」

 星輝は震える拳を握りしめ、二度と動かぬ背中に向かって、掠れた声で誓った。


 瑞季は、その光景をただ呆然と見つめていた。老兵の散り様と星輝の慟哭が、現実の出来事とは思えないほど遠く、浮世離れして感じられた。

 ふと、瓦礫の隙間で反射した鋭い光が、彼女の網膜を刺した。

 ブラフザールは動かない。

 それでも、その拳が最後に掴み取ったものだけは確かに残っていた。

 白いデシリル・ジェム。

 瑞季は吸い寄せられるように歩み寄り、それを拾い上げた。

 指先に触れた瞬間、氷のような冷たさを予想していた彼女の掌に、確かな温もりが伝わってきた。

 ジェムを強く握りしめた、その刹那。

 瑞季の意識を、濁流のような視覚情報が飲み込んでいった。


 ——そこは、どこまでも乾燥した、色のない草原だった。

 頭上を分厚い灰色の雲が塞ぎ、降り注ぐ光は弱々しく、地上の色彩を奪っている。

 ふと視線を落とせば、薄いデニムを穿いた自らの細い脚が見えた。これは、誰かの記憶そのものなのだと瑞季は直感する。

「知っているかい、ミィシャ」

 穏やかな少年の声と共に、視界がゆっくりと右へ巡った。

 そこには、十歳にも満たないであろう華奢な少女が、草の上に膝を折って座っていた。

 血色の優れない、白磁のように透き通った肌。だが、その瞳だけは、こちらを見つめる少年に絶対の信頼を寄せて輝いていた。

「太陽の光を使って、電気を起こすことができるんだって」

「そうなの? お日様の光で電気が?」

 ミィシャと呼ばれた少女は、宝石のような瞳を輝かせて兄を見上げた。

「ああ。……でもね、今の僕たちにはその力を使いこなせない。あの雲が、空を閉ざしている限りは」

 少年の声に、やり場のない悔しさが滲む。

 視界が再び、灰色の天を仰いだ。

「たとえ雲がなくても……資源を巡る戦争を終わらせるほどの力はなかったかもしれない。でもね、ミィシャ。もしあの雲がなくて、みんながもっと光を浴びることができていれば……。病に伏せたり、命を落としたりする必要がなかった人たちが、たくさんいたはずなんだ」

 少年の吐息が、冷たい風に混じって震えた。そこには深い悲しみと、理不尽な世界への静かな怒りが渦巻いている。

「わたしも……そうなのかな……。お兄ちゃん」

 少女の細い指先が、少年の袖を不安げに掴んだ。

「ミィシャ」

 少年は妹の小さな肩を抱き寄せた。視界がゆっくりと暗くなる。まぶたを閉じ、誓いを立てるように。

「ミィシャの命は、僕が絶対に護る。灰呪雲だって、いつか僕がなんとかしてみせる。科学の力で……!」

「お兄ちゃんも……精霊さんたちに、ひどいことをしたいの?」

 再び開かれた視界に、少女の顔が映った。

 少年は静かに首を振ったのだろう、視界が左右に緩やかに揺れた。

「僕ひとりなら、憎しみに飲まれてそうしていたかもしれない。でも、ミィシャがいるから、絶対にそんなことはしない。精霊と人間が手を取り合って生きる世界を作る。そしてミィシャを……日照不足で苦しむすべての人を、精霊を! 僕が必ず、この手で救ってみせる……!」


 そこで瑞季の意識は、音を立てて現実へと引き戻された。

「なに……? 今の……」

 長い年月の重みを一瞬で味わったような、目眩を伴う感覚。

「何だったんだよ、あれは……」

 星輝もまた、同じ記憶の奔流に曝されていたのか、青ざめた顔で自身の胸を押さえている。

 だが、アスラの反応はふたりとは決定的に違っていた。

 彼女は唇を震わせ、今にも崩れ落ちそうな瞳で、玉座の前の男を見つめていた。

「……あれは、ジンさんです」

「えっ!?」

「ま、マジかよ……! あの優しそうな兄ちゃんが、この化け物だってのか!?」

 アスラは絞り出すような声で、神妙に頷いた。

「間違いありません……。あれは昔のジンさんです。隣にいたのは、妹のミィシャさん……。彼女は生まれつき病弱で、さらに慢性的な日照不足によって——」

「——余計なことは言うな」

 沈黙を貫いていたジンが、地を這うような低い声でアスラを遮った。

 彼は砕け散った仮面の破片を靴底で踏みつけ、ゆっくりと立ち上がった。露わになった素顔は、スレイヴ特有の暗紫色の肌。そこにはもはや、記憶の中にいた少年の面影などどこにもない。

「……今の映像は何なんだよ」

 ジンは答えない。彼自身、己の奥底に埋もれていたはずの情景がなぜ外へ漏れ出したのか、理解できていないのかもしれない。

 だが、瑞季は直感していた。

「……そうか。そういうことなんだね」

 瑞季は白いジェムを見つめた。

「何か分かったのか?」

「ジンはスレイヴなんだ」

「あっ……!」

 星輝も気づいた。

「じゃあ今のは……」

「あれがジンの本心なんだと思う。今回は、どういうわけか声じゃなくて映像だったってだけ」

 星輝の双眸に、希望の光が戻る。

「それじゃあ、今までウチらがやってきたことを、あいつにすれば……!」

 浄化できる。

 そして、素体へ戻すことができる。

「うん」

 瑞季は取り戻した白いデシリル・ジェムを、砕けんばかりに握りしめた。

「あの理不尽なバリアは、もう消えている。私たちの言葉は心に届くはず。……だから、最後は私に任せて!」

 瑞季は一歩前へ踏み出し、ジンを正面から見据えた。

「私も、共に参ります」

 瑞季の傍らに、アスラが並び立つ。

 ふたりは無言で視線を交わした。その瞳には、もはや恐怖も絶望もない。ただ、目の前で迷える魂を暗い闇から救い出したいという、一点の曇りもない覚悟だけが映っていた。

 瑞季とアスラは、ジンに向かってそっと、空いた手を差し伸べた。

「あなたの黒感情を」

「私たちが必ず浄化してみせます!」



(第二十三話「本物の炎の輝きを」了)


第二十四話「英雄 VS ヒーロー」 2026/7/18 8:00投稿予定

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― 新着の感想 ―
ブラフザールううう!! 筋肉痛かよ! と思ったらやっぱり呪いもあった(T_T)
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