第二十三話「本物の炎の輝きを」-5-
アスラが呆然とする前で、ジンはリアマイムの腹部を貫いていた黒槍を、一切の抵抗を感じさせぬ所作で引き抜いた。支えを失った彼女の身体が、重力に従って床へと崩れ落ちる。
直後、リアマイムを包んでいた光の輪郭が急速に霧散し、元の少女——優菜の姿へと戻った。驚くべきことに、彼女の腹部には槍で貫かれたはずの傷跡も、流血の痕跡も一切存在しなかった。ただ、極度の生命力の消耗と精神的な衝撃により、深い眠りに落ちたように意識を失っているだけだった。
「ほう。デシリアの姿で致命傷を負っても、生身の個体には物理的な損壊が及ばないということか。実に興味深い現象だ」
ジンは、穂先に付着した水色の光の残滓を、未知の標本を観察する学者のような目で見つめ、淡々と独白した。
「考えうる可能性はふたつ。デシリアという存在そのものが我々の理解を超えた高度な事象投影——仮想空間のようなものである可能性。あるいは、この黒槍そのものが、そもそも生命を殺傷する機能を欠いている可能性だ」
前者に決まっている——。
瑞季は叫びたくなるが、声が出なかった。
「どちらが正解か。この検体に直接問えば、解を導き出せるだろう」
ジンは淡々と告げると、横たわる優菜の心臓目掛け、再び黒槍の切っ先を向けた。その動作には一分一厘の躊躇いも、生命を奪うことへの忌避感も存在しない。
「——やめてくださいッ!!」
その非道な行為を遮るように、アスラが悲痛な叫びと共に割って入った。彼女はジンと優菜の間にその華奢な身を投じ、両腕を大きく広げて傷ついた友を庇う。恐怖に震えながらも、その瞳にはジンに対する激しい拒絶の火が燃えていた。
「リアウインズか」
ジンは、アスラの行動にも特に驚いた様子は見せず、ただ冷ややかに言った。
「いいだろう。ならば、君が持つ風のデシリル・ジェムをこちらへ渡せ。そうすれば、この実験を諦めてやってもいい」
アスラがここにいるということは、ナーサが敗れたことを意味する。だがジンは、自らを盲信し続けた彼女の安否にすら一切の関心を示さない。その冷徹さが、何よりもアスラの心を凍りつかせた。
「どうして……どうして、そんなふうになってしまったのですか、ジンさん……! どうか目を覚ましてください! あなたは、こんな残酷な真似をする人じゃなかったはずです! 優菜さんを実験道具みたいに扱わないでください!」
涙ながらの訴え。
だが、ジンは無言で黒槍を構え直した。もはや、そこに言葉が届く余地はない。
絶体絶命。刃が放たれようとした瞬間。
「だめッ!!」
鋭い制止の声が空間を打った。ジンとアスラの間に、さらなる影が割り込む。
瑞季だった。
彼女はアスラを背後に追いやり、大の字になってジンの前に立ちはだかった。膝の震えを止める術はなくとも、その視線だけは仮面の奥から逸らさない。
「もう誰も傷つけさせない!」
絞り出した声には、何者にも屈しない気高さを宿していた。たとえ何の力も持たぬ一般人であろうと、仲間を護るために命を張る。それが彼女が見出した、ヒーローの姿だった。
「これはありがたい」
そのジンの反応に、ふたりは呆気に取られる。
「ふたりまとめて貫けば、手間が省ける」
彼は呼吸を整える動作すら省き、最短距離で瑞季の喉元へ槍を突き出した。
迫り来る鋭利な鋼。瑞季は死を覚悟し、瞼を強く閉じた。
……ごめん、みんな……。私には何もできなかった——。
身体が貫かれる激痛を、あるいは意識が途絶える瞬間を待った。
だが、いつまで経っても、想像した終わりは訪れなかった。
代わりに届いたのは、周囲の空気が一瞬にして停止したかのような、重厚な静寂。
おそるおそる目を開けると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
ジンの放った黒槍の穂先が、瑞季の喉元数センチという地点で、完全に静止していたのだ。
その鋼の柄を、背後から突き出された節くれ立った掌が掴み止めていた。
岩山のような膂力。
老練な戦士の眼光。
黒いタンクトップ。
迷彩柄のカーゴパンツ。
「ブラフザール……?」




