第二十三話「本物の炎の輝きを」-4-
もはや、それは戦いと呼べるものではなかった。
リアスピサとリアマイムは、ジンの遊戯のような攻撃の前に、為す術もなく打ちのめされ続けていた。何度吹き飛ばされ、硬い石床に叩きつけられても、ふたりは血混じりの息を吐きながら泥を啜るようにして立ち上がる。だがその度に、より精密で、より逃げ場のない反撃を受け、その肉体は見る間に傷つき、戦士としての輪郭を崩していった。
それでも、戦士たちの双眸に灯る火だけは消えていない。
「はぁっ……はぁっ……。もしかして、あいつ……。わざと出力を絞って、ウチらを……いたぶって、楽しんでやがんのか……?」
リアスピサが肩を激しく上下させ、憎悪を煮詰めた視線でジンを射抜く。
「なにぶん、久しくこうして身体を動かしていなかったもので。もう少しだけ、この遊戯に付き合ってほしい」
その言葉には、一片の同情も、生物としての慈悲も感じられない。そこにあるのは、底知れない空虚と冷たい狂気だけだった。
「舐めやがって……!」
リアスピサは裂けた唇から鮮血を零しながら、吐き捨てた。
「マイムッ!!」
彼女の呼声に、満身創痍のリアマイムが力なく、しかし明確な頷きで応える。もはや言葉を交わす必要はなかった。ふたりの瞳が、この世で最後になるかもしれない覚悟を共有する。残されたわずかな生命力を、すべてこの一撃に捧げるしかない。
ふたりのデシリアが、肺を裂くような咆哮と共にそれぞれの奥義を解放した。
「『黒き感情、流れゆけ。デシリア・フライト・シャワー!』」
リアマイムの全身から凝縮された水のエネルギーが放たれ、無数の鋭利な奔流となってジンへと殺到する。それはすべてを洗い流し、押し流す浄化の激流。
「『黒き感情、燃え尽くせ。デシリア・セイリング・ファイア!』」
リアスピサの両手から、これまでで最大級の熱源が、太陽の如き輝きを放ちながら撃ち出された。それはすべてを焼き尽くし、灰燼へと帰す終末の業火。
相反するふたつの極大エネルギーが空中でひとつに融合し、世界を再構築せんばかりの光の奔流となってジンを呑み込もうとする。漆黒の空間が、その圧倒的な光に激しく揺れ動いた。
——だが。
「忘れたか」
ふたりの命を削った渾身の連撃さえも、ジンの全身を覆う不可視の防壁は——あたかも乾いた砂が水を吸い込むかのように、一瞬の抵抗も見せず完全に飲み込んでしまった。
「なっ……!?」
リアスピサの瞳から、光が消えた。
「そん……な……っ」
リアマイムの膝が、力なく折れる。
玉座の間から音が消えた。
「それを使った後は、もう、ほとんど力は残ってはいないのだろう。残念だ」
ジンは心底退屈そうに、そう独りごちた。
「く……そぉぉおおおおおおおおおおっっ!!!!」
リアスピサが理性も生存本能も投げ出し、獣のような絶叫を上げながら、最後の死力を振り絞ってジンへと肉薄した。その動きはもはや戦士のそれではなく、ただ怒りと絶望に突き動かされた、子供のケンカのように無様で、痛々しいものだった。
「ぼくだって、まだ戦えるニャ!」
ヒナもまた、瑞季の腕の中から飛び出し、小さな身体で果敢にジンへと飛びついた。
だが。そんなふたりの儚い抵抗を、ジンは無慈悲な圧力で一蹴した。
リアスピサの身体は、打ち上げられた石礫のように、漆黒の壁へと強かに叩きつけられた。鈍い骨の軋む音が響き、彼女は糸の切れた人形のようにずるずると壁を滑り落ち、床に崩れ落ちる。デシリアとしての輝きが急速に失われ、元の少女の姿へと戻っていく。彼女は完全に意識を失っていた。
ヒナもまた、逆方向へと無造作に弾き飛ばされた。
「ぐっ……!」
小さな身体が床を何度も跳ね、石畳の上を転がる。
それでも。
「まだ……ニャ……!」
ヒナは震える前脚を床に突き立て、無理やり身体を起こした。全身が悲鳴を上げている。精霊としての力も、とうに底を尽きかけていた。
それでも、立つ。
立たなければならない。
精霊や人間の未来のために。
そして、瑞季たちを、ここまで導いてきた自分の責任のために。
「負ける……わけには……いかないニャ……!」
再び飛び出そうとした瞬間、ジンが一瞥した。
ただ、それだけだった。
目に見えない圧力が奔流となってヒナへ叩きつけられる。
「——っ!」
小さな身体が宙を舞った。
今度こそ、為す術もなく。
ヒナは瑞季の足元へと力なく転がった。
「ヒナっ!!」
瑞季が悲鳴を上げ、慌てて抱き上げる。
ヒナは、かろうじて意識の端を繋ぎ止めていた。
「……み、ずき……」
掠れた声。
いつもの生意気な調子は、もう残っていない。
「ごめ……ニャ……」
ヒナの瞳が、ゆっくりと瑞季を見上げる。
「最後まで……いっしょに……」
その言葉を最後に。
ヒナの瞳から、星のような光が完全に消失した。
「透明なジェムの出力に、空のジェムによる気圧変化を同期させてみた。既に限界だったあの娘には、少々過剰だったか」
ジンは気絶した星輝とヒナを一瞥すると、飽き果てた玩具を捨てるかのように興味を失い、ゆっくりとリアマイムの方へと歩み始めた。
硬い靴底が石床を叩く規則的な震動。その音だけが、絶望的な静寂に包まれた玉座の間に、死神の歩みのように響き渡る。
リアマイムは残された力を振り絞り、ジンの前に何重もの水の壁を出現させた。だが、ジンが水の壁に触れた瞬間、その部分だけが音もなく消滅していく。歩みを止めることなく次々と透き通る壁を無効化し、迫ってくる。
「……ダメ……。もう……何も、できない……!」
リアマイムの心に、完全なる終わりが訪れる。
「以前、リアハイリンの背中をこの槍で突いたことがあった」
ジンは、彼女の戦慄を観察しながら、淡々と述べた。
「そのときはあの頑丈な装甲に、傷ひとつ付けることすらできなかった。だが、この無属性のジェムの力を乗せれば、果たして貫けるだろうか。試してみる価値はありそうだ」
ジンは、科学者が実験結果を予測するかのような無機質な声を漏らした。
刹那。
ジンの姿が瞬間移動でリアマイムの鼻先へと現れた。あまりの速度に、彼女は息を呑むことすらもできない。ジンは優雅に腰を落とし、右手に握る黒槍の鋭利な穂先を、リアマイムの華奢な腹部へと躊躇なく向けた。
「やめてえええっ!!」
後方から、瑞季の魂が千切れるような絶叫が響き渡った。
その叫びを嘲笑うかのように。
ジンは容赦なく、リアマイムの腹部へと黒槍を深々と突き立てた。
鈍く湿った音が玉座の間に響く。
リアマイムの美しい青い瞳が、この世ならざるものを見るかのように大きく見開かれた。
鋭利な槍の鋒は、デシリアの装甲をいとも容易く貫通し、彼女の背中から無慈悲にその姿を現した。
直後、玉座の間の重厚な扉が勢いよく弾け飛んだ。
そこに現れたのは、息を切らし、血相を変えたアスラ。
彼女が目にしたのは、親友が冷たい鋼に貫かれ、命を零していく、あまりにも残酷な光景だった。




