第二十三話「本物の炎の輝きを」-3-
水色と赤色の光が収束し、リアマイムとリアスピサが並び立つ。その瞳には、かつてない覚悟が宿っていた。
だが、ジンは黒曜石の玉座に深く腰掛けたまま、細長い脚を優雅に組み直しただけだった。仮面の奥の表情は窺えないが、彼から放たれる気配は不気味なほどに凪いでいる。これから始まる死闘など、取るに足らない遊戯だとでも言いたげな沈黙が、重く空間を支配した。
「……ふん。随分と余裕ぶっこいてやがんな、仮面ヤロー」
リアスピサが、低く唸るような声で挑発した。
「じゃあ、遠慮なくこっちから行かせてもらうぜ!」
言葉と同時に、リアスピサの両手から三つの極大火球が放たれた。それは彼女の怒りと決意が凝縮された、空間を焼き尽くさんとする一撃だった。
しかし——。
その三つの熱源は、ジンに到達する直前で、あたかも最初から存在していなかったかのように、音もなく虚空へと吸い込まれた。
「なっ……!?」
リアスピサの顔が驚愕に染まる。全力を込めた炎が、何の抵抗も見せず無力化されるなど、未だかつてない事態だった。
「各邦の精霊全員から、八年もの長きにわたり生命エネルギーを吸い上げ続けた理由は聞いているな」
ジンは玉座に身を預けたまま、淡々と話す。
「それだけの目的のために、あれほど膨大なエネルギーを費やす必要があったと、君たちは本気で信じているのか」
その声には、知らぬ間に死地へと足を踏み入れた無知な者を見下すような、絶対的な冷たさが含まれていた。
「……どういう、こと?」
リアマイムの背筋に戦慄が伝う。
ジンは右手に持つ黒槍の穂先で、自らの頭上にゆっくりと大きな円を描いた。すると、その軌跡に沿って、空間に陽炎のような揺らぎが生じた。目を凝らせば、ほとんど透明に近いドーム状の薄膜が、ジンの全身を卵の殻のように完全に覆っているのが見て取れた。
「これは精霊由来のあらゆるエネルギー干渉を打ち消し、無効化するための対デシリア用特殊防壁だ。贋作のジェムを三つ作り上げるのと同等の歳月と、莫大なエネルギーを注ぎ込んで完成させた。これがある限り、私は精霊にも君たちデシリアにも負けることはない。もっとも、精霊由来の力ではないリアハイリンだけは例外だったのかもしれないが」
その宣告は、デシリアたちにとって死刑宣告に等しかった。炎も水も、この男には届かない。そして、唯一の希望であるリアハイリンは、変身の核であるジェムを、眼前の男に奪われてしまっている。
「そんな……! じゃあ、私たちは……!」
瑞季が背後で悲痛な声を漏らす。もはや打つ手はない。
「さて」
ジンが、優雅な所作で玉座から立ち上がった。漆黒のマントが石の床を滑る音だけが、静まり返った広間に不気味に響く。
「見せてあげよう。我々が精霊へ与えた、蹂躙を」
刹那。
ジンの姿が視界から掻き消えた。
リアスピサが反応するよりも速く、ジンは既に彼女の間近に実体化していた。空の属性による瞬間移動。
黒槍を振るうことすらしない。ジンはただ、リアスピサの胸元へ右手を軽くかざした。
直後、リアスピサの身体は目に見えない衝撃に打ち抜かれ、凄まじい勢いで後方へと弾き飛ばされた。背骨が壁を砕き、肺の中の空気が無理やり押し出される。
「がはっ……!」
咳き込み、血の味を噛み締めながら、リアスピサは愕然としてジンを仰ぎ見た。今の攻撃には、いかなる属性の気配もなかった。ただ、純粋で圧倒的な圧力だけが存在していた。
「ついでに、これも作った」
ジンは、黒槍の装填孔からひとつの結晶を取り出した。
それは何の変哲もない、水晶のような透明な石だった。だが、そこからは先ほどリアスピサを打ち飛ばした『力』と同じ波動が、禍々しく放たれている。
「すべての属性の精霊から均等に抽出したエネルギーを、ひとつの器に集約させたらどうなるか。興味本位の実験だったが、偶然にもすべての特性が打ち消し合い、結果として純粋な『破壊の力』だけが残った。この性質は、かつてメルキーヴァの一族が使っていた能力によく似ている。実に惜しいものだ。彼らがいれば、この力の研究もさらに進んだであろうに」
ジンは、手に入れた新たな玩具を愛でるように、透明な結晶を仮面の前に掲げた。
リアスピサとリアマイムは視線を交わし、絶望の中で覚悟を固めた。属性攻撃が封じられた今、残された手段はただひとつ。
「仕方ないね……。届かなくても……進むしかない!」
リアマイムが、声を震わせながらも決意を口にする。
「ああ! 立ってるだけで終われるかよ!」
リアスピサも、折れかけた心に火を灯し、頷いた。
ふたりは再び、無謀な突撃を開始した。
リアマイムの突きは黒槍の柄に弾かれた。
続くリアスピサの蹴りも空を切る。
近距離戦に慣れたリアハイリンなら違ったのかもしれない。だが今ここにいるのは、彼女ではなかった。
黒槍の柄で軽々と突きを流し、最小限の体捌きですべての打撃を空転させる。そして、その合間に透明なジェムから放たれる不可視の衝撃波が、ふたりの身体を的確に壊していく。
「ぼくだって!」
ヒナも果敢に飛びかかるが、ジンは羽虫を払うように、一瞥もせずヒナを床へ叩き伏せた。
「弱き者の無意味な悪あがきは、悲しいものだ」
そんなジンに、ヒナは痛みに耐えながらも挑戦的な笑みを見せ、飛びかかる。
「心がない者を悲しませられるなんて、光栄だニャ!」
ジンは何も答えず、突進するヒナを右手で払いのける。リアスピサとリアマイムも連続して接近するが、軽々と捌かれてしまう。
戦闘服は無残に裂け、白い肌には無数の痣と切り傷が刻まれていく。呼吸は浅く、視界は熱を帯びた疲労で霞んでいく。
それでも。
「……アスラちゃんが、ひとりで戦っているの!」
「ここで……負けるわけにはいかねえんだよ!」
その一心だけが、彼女たちの膝を支えていた。
何度立ち上がっても、届かない。何度拳を振るっても、傷ひとつ付けられない。それでも彼女たちは前へ出るしかなかった。
その先に待つのが、勝利ではなく絶望だとしても。




