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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第十五話「感情は空へ昇っていく」

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第十五話「感情は空へ昇っていく」-6-

 やがて、アナウンスが「保護者対抗二人三脚リレー」の選手入場を告げた。

 アスラと晃は、観客席に瑞季と優菜を見つけて手を振って応えると、紅組の列に加わり、入場門へと向かった。グラウンドの反対側にある白組の入場門では星輝と幹斗のペアも並んでいる。星輝は、アスラたちに気づくと、ニッと笑って親指を立ててみせた。晃も、それに応えるように、小さくガッツポーズをする。幹斗は、まだ少し緊張しているようだったが、それでも姉の隣で、しっかりと前を見据えていた。ライバルではあるけれど、同時に、共にこの場に立つ仲間だ。不思議な連帯感が、四人の間に生まれているのを感じた。

 入場後、競技紹介のアナウンスが流れる中、いよいよスタートラインに立つ。

 アスラと晃は第一走者だ。

 隣のレーンには星輝と幹斗のペア。

 他のレーンにも、様々な親子や兄弟のペアが並んでいる。どのペアも真剣な表情で、スタートの合図を待っていた。

 アスラと晃は、練習のときと同じように、互いの足首に紐をしっかりと結びつけた。紐を結ぶ晃の手は、少し震えている。

「……晃くん、大丈夫ですか?」

 アスラが小声で尋ねる。

「は、はい! 大丈夫です! ちょっと、ドキドキしてるだけです!」

 晃は深呼吸をして、自分に言い聞かせるように言った。その姿を見て、アスラも自分の緊張が少し和らぐのを感じた。

 そうだ、自分はひとりじゃない。隣には、この小さなパートナーがいる。

「……位置について……」

 スターターのピストルが、高く掲げられた。グラウンドの空気が、一瞬にして張り詰める。アスラは、ごくりと唾を飲み込み、前方の折り返し地点に立つ赤いコーンを見据えた。

 パンッ!!

 乾いた号砲の音が響き渡る。

 息を合わせ、一斉に地面を蹴った。

「「いちっ! にっ! いちっ! にっ!」」

 ふたりの掛け声が綺麗に重なる。練習のときよりも格段にスムーズだ。アスラは意識して、晃の歩幅に合わせる。晃もまた、必死にアスラのリズムについてくる。隣のレーンを走る星輝と幹斗のペアも、さすが姉弟というべきか、驚くほど息の合った走りを見せている。

 観客席からの声援が、大きな波となって押し寄せてくる。

「いけー! 晃ー!」

「アスラさーん、がんばれー!」

 瑞季や優菜の声も、その中に混じって聞こえる。その声援が、ふたりの背中を力強く押してくれた。

 あっという間に、折り返し地点の赤いコーンが目前に迫る。アスラ・晃ペアは、他のどのペアよりも早くコーンに到達した。ここでスムーズにターンできれば、トップで後半の直線に入れるはずだ。

「曲がりますよ!」

 アスラが声をかけ、コーンを回るために、体を内側に傾けようとした、そのときだった。

 急な方向転換と、それまでのスピードが災いしたのかもしれない。あるいは、緊張からくる、ほんのわずかなタイミングのずれだったのかもしれない。アスラの軸足が、ぐらりと揺らいだ。

「あっ……!」

 立て直そうとしたが、結ばれた足がそれを許さない。アスラと晃は互いにもつれ合いながら、グラウンドの土の上に、派手に転倒してしまったのだ。

 一瞬、グラウンドが静まり返ったように感じた。観客席から、小さなどよめきが起こる。

 しまった——!

 アスラの頭の中が、真っ白になった。

 他のペアが次々とコーンを回り、ふたりを追い抜いていく。

 観客たちの視線が、痛いほど突き刺さるように感じられた。

 もう、ダメかもしれない——。

 諦めの気持ちが、再びアスラの心を支配しようとした、そのとき。

「アスラさん! 考える前に、走っちゃえ!」

 晃の声と、耳に残る瑞季の優しい声が重なる。

 アスラは気づく。自分の心の中にある闘志が、まだ燃え続けていることに。

「……はい!」

 そうだ。転んでしまったことは仕方がない。ここで諦めてしまったら、それこそ、晃くんにも、応援してくれているみんなにも、申し訳ない。

 今は、ただ立ち上がるのみ。

 先に立ち上がっていた晃の手を握る。晃に引っ張られるようにして、アスラは立ち上がった。

 すぐさま、晃の肩に手をかける。

「ありがとう。——せーのっ!」

 アスラと晃は再び走り出した。転倒によるタイムロスは大きい。もう、一位になることは難しいだろう。

 それでも、ふたりは諦めなかった。ただ、ひたすらに、ゴールを目指して足を動かす。

「「いちっ! にっ! いちっ! にっ!」」

 掛け声が再びグラウンドに響く。

 ゴールラインが見えてきた。トップでゴールテープを切ったのは、星輝と幹斗のペアだった。ふたりは、満面の笑みで抱き合って喜んでいる。それに続いて、二位、三位のペアがゴールしていく。

 そして、少し遅れて、アスラと晃のペアも、ようやくゴールラインを駆け抜けた。順位は四位。

 ゴールした瞬間、ふたりは互いに顔を見合わせた。息は上がり、汗でジャージはぐっしょりと濡れている。土の匂いがした。けっして満足のいく結果ではなかったけれど、悔しさよりも、最後まで諦めずに走り切ったという達成感の方が勝っていた。

「……やりましたね、晃くん」

 アスラが、息を切らしながら微笑む。

「……はいっ! やりました!」

 晃もまた、汗と土にまみれた顔で、最高の笑顔を見せた。その笑顔は、一位の称号よりもずっと輝いて見えた。

 応援席から、ひときわ大きな拍手が送られてくる。瑞季と優菜が、満面の笑みで手を振っているのが見えた。アスラは小さく手を振り返した。

 緊張と失敗、そして、最後まで走り切った達成感。

 短い時間の中に、たくさんの感情が詰まった、忘れられない一幕。

 たとえ順位は四位でも、アスラにとってこの経験は、何物にも代えがたい宝物になった気がした。


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