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ジェイドレゾナンス ー新星に灯る始まりの血脈、深緑の衝撃ー  作者: 未来が見えない
第二章 刻まれた意識

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第六十二話 蝕む心と猜疑心

【キャラクタービジュアル】

〈サブ〉序章、二章

村の民である彼は随一の賑やかし。

挿絵(By みてみん)

「おれっちの名前はサブっす、よろしくっす!」

 焼けた魚の脂が爆ぜる、独特の生臭い匂いが、容赦なく鼻腔の奥を刺激する。

 いつもならば、激しい狩りの後に胃袋を歓喜させるはずのその香りが、今の俺には、不快感でしかなかった。胃の底からせり上がってくるような、どろりとした嫌悪感。身体中にじっとりと湧き立つ冷や汗が、まるで生存本能が鳴らす警鐘のように全身を駆け巡り、どうしても食欲が湧いてこないのだ。


 不調を隠しきれない俺の顔を覗き込むように見つめている、ラルクの顔が視界の端、尻目に映る。彼は串に刺さった魚を片手に、あどけなさの残る顔に深い懸念をにじませていた。

「ゲンさん、どうですか?具合の方は……」

 気遣わしげな声が、遠くから響くように耳に届く。俺は喉の奥に張り付く不快感を無理やり飲み下し、極力いつも通りのトーンを意識して言葉を返した。

「まあ、そうだな、食欲は湧いてこないが、至って普通だと思うな」

 ラルクを一瞥し、それ以上視線を合わせているのが苦しくなって、焦点の合っていない地面へと目を落とす。土の粒子がやけに鮮明に見えるだけで、頭の中は霧がかかったように白い。

「そうですか……無理してるんじゃないですか?何だかんだで、みんなゲンさんに頼りっぱなしだから、そりゃ疲れますよ」

 ラルクは小さく息を吐き、自分のことのように肩を落として笑った。

「ラルク……心配してくれてありがとな、ただ、そんなんじゃねえんだ」

 やや、ぶっきらぼうに言ってしまったが、本当に違うのだ。今までの肉体的な疲労や、精神的な摩耗とは完全に別物だった。


 あの少女に見せられた幻? いや、幻などという生易しいものではない。強制的に脳内に刻み込まれ、体験させられたあの悍ましい光景。それが俺の脳内で不意に再生される度に、まるでパズルの一片が激しく削り取られるように、激しい記憶障害を起こしているんだ。何が消えて、何が残っているのかさえ判別できない。その自身の不甲斐なさと異常事態に、余計に腹が立つ。最後に言い掛けたあの言葉もきにかかる。

 苛立ちを紛らわせるように、ふと、周囲に集まる村の民達をぐるりと見渡してみる。

 その瞬間、奇妙な違和感が胸を突いた。ざわざわと焚き火を囲んで談笑する民たちの顔ぶれ。おかしい。何故か違和感があった。やけに、みんな若い子が多いのだ。俺と同じ世代、あるいはそれ以上の、村の酸いも甘いも噛み分けてきたはずの熟練の者たちが圧倒的に少ない。

 視線を泳がせる。いくら探しても、同い年のヤンダやロドの姿を見かけない。それに、村の行く末を共に案じていたはずのジャンヌやシエルも、どこにもいなかった。


 胸のざわつきが、確信に変わる。俺はたまらず、目の前の青年に声をかけた。

「なあ、ラルク質問してもいいか?」

「何ですか、ゲンさん?」

 ラルクは魚を齧る手を止め、不思議そうに首を傾げる。その無垢な瞳を見つめながら、俺は恐る恐る、自身の脳内に生じた致命的な空白を確かめるように言葉を紡いだ。

「俺と近い歳の狩人達が少ないのは、どうしてだ?」

 その瞬間、周囲の喧騒がふっと遠のいたような気がした。

 ラルクの動きが、完全に凍りつく。彼の顔から急速に血の気が引いていくのが分かった。

「えっ……」

 ラルクの口から、乾いた声が漏れる。

「ゲンさん、あんた……忘れたとか言わないよな」

 その声は、低く、地を這うような冷たさを孕み始めていた。冗談だろう、と笑い飛ばしたがっているような、だが同時に、最悪の予感に直面して戦慄しているような、張り詰めた声。

 俺は言葉に詰まった。記憶の海をどれだけ漁っても、そこにはただ、真っ黒な虚無が広がっているだけなのだ。嘘をついて誤魔化すこともできたかもしれない。だが、この異常事態を打破するには、正直に言うしかなかった。

「それは、その、えっと……何だっけ?ごめん、忘れた……。」

 脳の芯がズキリと痛む。冷や汗がさらに激しく吹き出す。

「…………」

 ラルクの表情は、完全に引き攣り、絶望と怒りが混ざり合った複雑な形に曇る。やがて、その瞳の奥に、今まで見たこともないような、冷え切った殺意の目が灯るのを、俺は確かに見た。

「ゲンさん、あんたマジで言ってんのか?」

 ラルクの手は拳が握りしめられている。その身体から、目に見えないほどの激しい怒気の波動が立ち上る。

「あの時のあんたを、俺はいつだって忘れたことはない。一瞬たりとも、忘れたことなんてねえんだよ……!」


 一歩、ラルクが足を踏み出す。

「俺は父さんや母さんをあの時亡くした。あんたが、あの戦いへ連れて行ったせいでな。だけど、それは父さんや母さんだって賛同してた。あんたに命を預けるって、あんたに任せるって、そう言って笑って武器を握ったんだ。結果として、父さん、母さんは、大した成果をあげれなかったかもしれない。村のために貢献できなかったかもしれねえ。だけど……!」

 ラルクの言葉が、激しい感情の昂ぶりによって乗せられていく。

「多大な犠牲を払ってでも、この村を最終的に守り抜いたあんたを、俺は心の底から尊敬してた。恨み言を飲み込んででも、あんたの背中を追おうって決めたんだ。それなのに……それなのに、忘れただぁ? てめぇ!!」

「よせっ!ラルク!!!」

 言葉が終わるよりも早く、ラルクの身体が弾かれたように動いた。


 凄まじい踏み込みの鋭さ。直後、俺の胸ぐらを掴み、至近距離から俺を睨みつける。その表情は、文字通り狂気的な怒りに満ちていた。しかし、激しく歪んだその顔の、左目からだけ、一雫の透明な涙が溢れて頬を伝う。

 怒りと、それ以上の深い悲しみ。その一滴の涙が、やけに俺の胸の奥深くを鋭利な刃物のように突き刺し、心臓が爆発しそうなほどに動悸が激しくなる。何も思い出せない自分が、どれほど残酷な存在になっているのか。罪悪感だけが、実体を伴って俺を押し潰そうとする。

 互いの呼吸がぶつかり合う緊迫した空間。その膠着し、胸ぐらを掴んだ手を離させたのは、背後で黙々と蛇肉を処理していたサブだった。サブは手に持っていた刃物を置き、険しい表情で二人の間に割って入る。

「ラルク、お前が言いたいこともわかるっす。だけど、今は矛を収めろっす。ゲンさん、疲れてんすよ、きっと。おれっちだって言いたいことはあるっす、さっきのゲンさんの発言には。ただ……」


 サブは周囲の村の民たちに視線を走らせた。彼らは何事かとこちらの様子を伺い始めていた。

「今は村の民の食糧確保で、みんなやっと盛り上がってるんだ。こんなところで、一個人の感情で村の民の指揮を下げるのはよくないっす」

 サブの言葉は冷静だったが、その声の端々にも、割り切れない重い感情が滲んでいた。サブに腕を掴まれ、ラルクは忌々しげに俺の胸ぐらから手を離す。しかし、その怒りの炎が消えることはなかった。

「あんた、マジかよ……サブさん」

 ラルクは信じられないといった様子で首を振り、サブを睨みつける。

「あんただって、レイちゃんの養父になったってのも、それが原因じゃねえか。レイちゃんも可哀想だよ、本当の両親を亡くした最中、やっと身寄りで育ててくれた新しい親まで亡くして……あんたがゲンさんを非難しなかったら、あの子の悲しみはどうするんだ? あんまりだよ、あんたら。冷血人間かよ!」


 ラルクの言葉の刃は、今度はサブへと向けられる。突きつけられた事実に、サブの表情が痛みに歪んだ。彼はラルクから視線を外し地面を見つめる。

「おれっちだって、わかってる……っす。そんなことくらい、痛いほど分かってるっす」

 サブの声が、絞り出すように低く響く。

「あの子が今、こうして生きていられるお陰なのは、紛れもなく此処に居るみんなの犠牲のお陰っす。そして……あの日、地獄からあの子を救い上げてくれた、旦那のお陰でもあるっす。それに、あの子は強いっす。いや、強くなったっす。目の前で大切な者を何度も失う悲しみを、あの子は立派に乗り越えてきたんっす。ラルク……お前なら、分かるよな?」


 サブの必死の説得。それはラルクを宥めるための言葉であると同時に、自分自身に言い聞かせ、納得させるための言葉のようでもあった。

「サブさん、分かんねえよ……何が言いてえのか、これっぽっちも分かんねえよ!」

 ラルクは頭を掻きむしり、叫んだ。その声は、もはや涙声だった。

「おれぁ馬鹿だからよお、ヤンみたいに賢くないし、みんなみたいに大人の事情とか、融通聞かせて上手く動くのなんて大苦手なんだ。だけどな、馬鹿なりに肌で感じとれんだよ。こいつが、あのとき……すべての戦いが終わったあの日、どれほど絶望した目をしていたのか。それなのに、最近何でこんなに憑き物が落ちたみたいに変わったのかって……。優しくなって、笑うようになって、やっと分かったよ。その理由がよお!」


 ラルクの言葉は、止まらない。堰を切った土濁流のように、弾幕となって俺の胸へと叩きつけられていく。

「勘違いしていたよ。過去を受け入れて、ようやく前を向いたからだと思ってた。悠々自適に生活してるのも、すべてに納得したからなんだって、俺は勝手に納得してたんだ。あの日から前を向いて歩き出して、ボロボロになりながら村をまとめていたあんたが、生き残った俺たちのためにと思って、あんなに必死に行動してくれていたんだって思ってた。俺達に、戦い生き抜くための訓練だってしてくれていた。だけどなぁ……!」

 ラルクの顔が、怒りと悲傷で激しく非対称に歪む。

「あんた、あの時から変わった理由が……あの惨劇を、仲間たちの死を、都合良く頭の中から消し去って、自分の都合の良いように暮らすためだったのか?最近もそうだ、あの時と同じようなことが、また繰り返してヤンやアンナ、村の民を亡くしたんだぞ?また、失って、記憶を失くしましたってほざくのか?あの時の惨劇も、ヤンやみんなを、綺麗さっぱり忘れてました、ごめんなさい、か? ふざけるのも大概にしろよ!!」


 言葉の弾丸が、俺の、存在しない記憶の壁を激しく叩く。

「お前を信じてやまない村の民が、どれだけ心を通わせ、危険を顧みず、その命を賭していったのかをよ……! 残された俺たち、村の民の想いは、死んでいった奴らの魂は、一体どこへ行きゃあ報われんだよ!!」


 ラルクは、あの日の凄惨な光景を完全に思い出してきたのだろう。激しく溢れ出る涙を拭おうともせず、般若の如き、鬼のような形相へと変わっていく。

 その身体から、明確な『殺気』が、物理的な圧力となって周囲の空気を震わせた。彼はすっと腰を落とし、両腕を構えて戦闘体勢に入る。それは、ただの喧嘩の構えではない。命を奪い合う、狩人の構えだった。


「ラルク…………」

 俺は、ただ立ち尽くしていた。

 必死に思考を張り巡らせる。ラルクの言う「あの時」とはいつのことだ。だが、どれほど脳細胞を限界まで回転させても、記憶の底から蘇ってくるのは、少年時代のラルクとヤンが、夕焼けの中で木の枝を持ってチャンバラごっこをしているような、微笑ましくも幼い日の記憶だけなのだ。

 肝心な、そこから現在に至るまでの重大な、血の匂いのする歴史が、丸ごと消失している。何となくでしか、朧げな輪郭でしか思い出せない。

 こんなにも、大事な部分がスッポリと抜け落ちた記憶を、どうしても思い出せないなんて。……やられたのか。あの少女から聞いた王国の手先のせいか。考えているうちに、俺は呆然とその場に立ち尽くしていた。


「おい、ラルク待てっす! 正気に戻るっす!」

 サブは、明確な敵意を見せるラルクを止めるように大声で指示し、間に入ろうとする。しかし、ラルクはそれを予測していたかのように、鋭いステップで後方へと大きく距離を取った。サブの手が空を切る。

 誰も届かない距離。ラルクは天を仰ぐようにして、喉が裂けんばかりの声で叫んだ。

「宿れ!!!」

 激昂するラルクの叫びに応じるように、彼の左腕から、爆発的な細胞の奔流が吹き荒れ、光となって構築される。


 パキパキと、肉と骨が急速に組み替えられていく不気味な音が響く。衣服が破け、露出した彼の左腕が、瞬く間に異形のそれへと形態変化を遂げていく。

 現れたのは、巨大な土蟹の部位。漆黒の甲殻に覆われた、禍々しく鈍い光を放つ巨大な鋏腕が、地響きを立てるかのような威圧感を持ってそこに顕現した。その黒は、周囲の影よりもなお深く、怨念を体現したかのように微かに脈打っている。

「ラルクの馬鹿やろう、何してんすか! 村の中でその力を使うなっす!」

 サブの怒号が響く。周囲の民たちからも悲鳴が上がり、一斉にクモの子を散らすように退避を始めた。緊迫感が村の広場を完全に支配する。

 異形の腕を構え、親の仇を見るような目で俺を凝視するラルク。その唇が、小さく震えながら言葉を漏らした。

「……忘れたそいつが、悪いんだよ。身体がバラバラになっても、思い出させてやる」

 漆黒の鋏腕が、ギチギチと音を立てて開閉する。それは、明確な処刑の音だった。俺は、迫り来るその脅威を前に、未だ何も思い出せないまま、ただ、昔の幼いラルクの姿と今の姿を重ね合わせで見つめた。



ここまで、お読み頂き感謝感激の舞レベル200です。出来れば、出来ればで良いんです。私に星を下さい。そうすれば、あなたと私は星と共に宇宙へと昇ることができます。そうです、宇宙の旅へ一緒に行きましょう。私のモチベーションがぎりぎりのぎりなので、私のメンタルケアと思ってポチッと押して貰えたら嬉しいなあああああ。あと、いつも読んでるそこのあなた!いつも見てるでしょおおおお?ブックマークしたらいつも見る時楽だよ?ね、ブックマークしよ、そして星も付けちゃお?そしたら作者喜んじゃうよん。


嘘です。嘘じゃないですけど、読者様に少しでも楽しんで貰えたら私はとても嬉しいです。引き続き作品をお楽しみ下さい!

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