第五十五話 長老の意地と奇跡の杖
よいしょ、よいしょ!!
腹の底から絞り出すような威勢のいい掛け声が、朝霧の残る村の開けた場所に幾重にも響き渡る。
俺たちは今、村の新たな象徴であり、統治の拠点となる「村長宅」の建設に向けて、かつてないほどの一致団結を見せていた。
それは単なる労働ではなく、過酷な世界を生き抜く俺たちの、静かなる反撃の狼煙のようにも感じられた。
若者たちは逞しい腕で巨大な木材を運び、年寄りたちは長年の知恵を絞って水平を測り、誰もが未来の拠点を築くために汗を流している。
一歩進むごとに地面が揺れ、運ばれる大木の重みが空気を震わせるが、そのすべてが希望の音となって村に活気を与えていた。
一致団結した集団が放つ熱量は凄まじく、立ち並ぶ骨組みが朝日を浴びて黄金色に輝く様は、まさに壮観の一言に尽きる。
「みんな、ガンバレ〜!」
そんな熱狂の中、空から降ってきた場違いなほど暢気な声に、俺は思わず顔を上げた。
視線の先、案の定というべきか、ソウがうず高く積み上げられた木材の頂上に立って、満足げに下界を見下ろしている。
あいつは一体どこから調達したのか、色鮮やかで妙に派手な旗をぶんぶんと振り回しながら、不安定な足場をひらりと飛び跳ねていた。
最近のソウは、傍目に見ても分かるほど運動能力が劇的に向上しており、身のこなしには野生動物のようなしなやかさが備わっている。
目を離した一瞬の隙に、信じられないような高所や危険な場所に登っていることが増え、見守る側としては生きた心地がしない。
成長は喜ばしいが、その無鉄砲さが災いして大怪我をしないか、俺の心配の種は尽きることがなかった。
「ソウ! あんまり無茶な真似はするなよ、落ちたらただじゃ済まないぞ!」
俺が精一杯の声を張り上げて注意を促すと、ソウは太陽のような満面の笑みを浮かべ、「うん!」と短く、しかし元気よく頷いた。
その返事があまりに素直すぎて、逆に言葉の重みを理解しているのか不安になるが、今の彼にとってこの喧騒は巨大な遊び場なのだろう。
俺は一抹の不安を胸の奥に仕舞い込み、気を取り直して周囲の建設状況を確認するために、再び鋭い視線を巡らせた。
すると、木材を運ぶ民たちの喧騒から少し離れた、静まり返った一画で、異様な熱気を孕んだ光景が目に飛び込んできた。
「ほれ、わしの形態変化じゃああああああああああああああっっ!!」
ヤンガの爺さんが、額に青筋を立て、顔を真っ赤に染めながら、まるで魂そのものを吐き出さんとする勢いで絶叫している。
「ぬぉぉおおおおお、出る、出るぞよおおおおおおおおおおおおおおっ!」
正直なところ、そのなりふり構わぬ姿は、見ていてあまり心臓にいいものではない。
死に物狂いで体内のエネルギーを絞り出し、それを赤玉のような輝きに変えて放つ様子は、まさに老骨に鞭打つ執念の結晶そのものだ。
しかし、そのなりふり構わぬ滑稽な姿とは裏腹に、引き起こされる現象は神話の一節を現出させたかのように凄まじかった。
爺さんが両手でぎゅっと握りしめている、ジョウロのような形状をした奇妙な杖から、大気を引き裂くような異音が響き始める。
――パキパキッ、ミキミキ、ズズズズ…………。
杖の先端にある不思議な穴から、高度に物質化された膨大なエネルギーが溢れ出し、地を這う植物へと急速に変貌を遂げていく。
それはまるで意思を持つ巨大な蛇が獲物を求めて蠢くように大地を割り、強靭な根と蔓を縦横無尽に伸ばし始めた。
周囲の土を呑み込み、硬い岩盤を粉砕しながら、植物の根は網目状に複雑に絡み合い、巨大な高台の骨組みを形成していく。
俺は言葉を失ってその光景を見つめながら、改めてその「杖」という存在に対して、深い疑問を抱かずにはいられなかった。
俺が自らの手で打ち出した名刀「来国長」と同じく、形態変化によって生み出された特殊な武装であることは疑いようがない。
だが、爺さんが常に厳格な儀式や供物を行っている様子はなく、なぜあれほどの高密度のエネルギー体が霧散せずに維持されているのか。
あのジョウロには、この世界の物理法則を根底から書き換えるような、特異な理が刻まれているように思えてならない。
植物の根は地中深くへと潜り込み、周囲の土砂を磁石のように引き寄せ、みるみるうちに強固な基礎を築き上げていく。
それは単なる盛り土ではなく、植物の繊維が鉄筋のように張り巡らされた、緩やかな勾配を持つ完璧な「坂」となっていた。
これほど大規模な土木工事を、魔術的な力だけで瞬時に、しかも独力で成し遂げる手腕は、流石に村長の名を冠するだけはある。
ただ、その人知を超えた奇跡の代償として支払われる体力の消耗は、見ていて哀れみすら感じるほどに激しいものだった。
戦闘の場において、これほどの大技を繰り出せば、その後の隙は致命的な弱点となるだろうが、内政においてこれほど頼もしい力はない。
自然の生命力を制御し、地形そのものを書き換えてしまう爺さんの力は、荒野を切り拓く俺たちにとって最強の武器だった。
「爺さん、手伝ってくれとは言ったが、あまり無茶をしないでくれよ。命まで削ることはないんだ」
作業が一段落し、沈黙が訪れたところで、俺は心配になって爺さんのもとへと駆け寄り、優しく声をかけた。
爺さんは幽霊のように生気のない顔をゆっくりと動かし、焦点の定まらない瞳でこちらを振り返った。
「お………………なん…………じゃあ…………おぬし、か…………」
「ちょっ、本当に死にそうじゃんかよ! 顔色が完全に土色を通り越して真っ白だぞ!」
頬はさらに痩せこけ、膝は子鹿のようにガクガクと小刻みに震えており、もし杖を離せばそのまま崩れ落ちていただろう。
「あっ! ちょっとお父さん、無理しないでってあれほど言ったでしょ!」
背後から、血相を変えて駆け寄ってきたのは、爺さんの娘であるヤンダだった。
「なんじゃ……ヤンダか……視界が霞んで、お前の顔もよく見えぬわ……」
「俺もここにいますよ、しっかりしてください! 水を飲んで落ち着きましょう!」
ヤンダの影から、慌てた様子で身を乗り出したのは、爺さんの義理の息子であるロドだ。
「おぬしは……ええと、誰だったかのう……ああ、最近よく見る居候の、ロドか…………」
「その『どうでもいい通りすがり』みたいな反応、いい加減にやめてくださいよ! これでも義理とはいえ家族なんですから!」
ロドの必死な、そして少し悲しげなツッコミも虚しく、ヤンガの爺さんは「わしは、もう一歩も動けぬ……」と弱々しく独りごちた。
そのまま糸の切れた人形のように、爺さんはどさりと地面に座り込み、深く長い溜息を漏らす。
ヤンダが慌てて背中をさすり、ロドが周囲の土を払い落とすという、いつものように騒がしくも温かい家族の光景がそこに広がった。
俺はそんな彼らのやり取りを眺めながら、苦笑いを浮かべ、限界まで力を出し切った老人の細い肩にそっと手を置いた。
「爺さん、あんまり無理すんなよ。でも、ほら……見てみろよ、あんたの執念のおかげで、最高の土台が完成したぞ」
爺さんが重い瞼をゆっくりと持ち上げると、そこには植物の根によって鉄壁の補強を施された、かつてないほど立派な高台がそびえ立っていた。
「これで爺さんの家も、前の家とは比べ物にならないくらい、立派で大きな城にできる。この村の歴史に刻まれる建物になるぞ」
その言葉が、爺さんの耳に届いた瞬間、現場の空気が一変した。
さっきまで死の淵を彷徨っていたはずの爺さんの目に、ギラリとした、底知れない野望を秘めた怪しい光が戻ったのだ。
「……ほっほっほ! そうか、そうか! 城か! これは全て、わしの、わしによる、わしの権威のための家じゃな!!」
「「お、お父さん!?」」
ヤンダとロドの声が完全に重なり、二人は驚愕のあまり目を丸くして固まっている。
さっきまでの衰弱ぶりはどこへ行ったのか、爺さんは震えていたはずの足で力強く立ち上がり、ジョウロの杖を高く天に掲げた。
現金なものだが、自分の権威の象徴ができるとなれば、この老人の生命力は砂漠の地下水のように、枯渇することを知らないらしい。
「まあ、そんなこったろうな。このジジイはよ、まったく食えねえ奴だ、かっかっかっ!」
俺は真っ青に澄み渡る空を仰ぎ、呆れ半分、そして頼もしさ半分で、腹の底から笑い声を上げた。
建設の槌音、人々の活気、そして爺さんの高笑い。
これらすべてが混ざり合い、新しい時代の足音が確かに聞こえてくるようだった。
こうして、新たな村長宅という名の、ヤンガの爺さんの「欲望の牙城」の建設は、騒がしくも着実に、そして力強く一歩を踏み出したのである。
村の民たちも、爺さんの復活を見て「おおっ!」と歓声を上げ、再び作業に取り掛かる。
俺もまた、自分の成すべき仕事――この村を守るための「武」を研ぎ澄ますために、来国長を生み出してそっと確かめた。
新しい家が完成する頃には、この村は今よりももっと強くなっているはずだ。
その確信を胸に、俺は再び建設の渦中へと飛び込んでいった。
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