第五十四話 ハウスメーカー
――太陽系第三惑星、地球。
青と緑の球体は、何億年も変わらぬ律動で自転を続けている。だが、その表面に生きる者たちにとっては、毎朝が新たな始まりだ。俺たちもまた、その例外ではなかった。
夜の名残が色濃く残る大地は、まだ静まり返っている。湿った空気が肌にまとわりつき、草葉には夜露が光を待つように留まっていた。冷たい地面に触れる空気は、わずかに肺を刺激する。
やがて――東の空が淡く滲み始める。
黒に近かった世界は、ゆっくりと藍色へ、そして薄い青へと変わっていく。地平線の向こうから差し込む光が、影を押しのけるように広がり、世界を静かに目覚めさせていく。
「……朝か」
俺は小さく呟いた。
周囲を見渡せば、まだ粗雑な作りの小屋が無秩序に並んでいる。木材を組んだだけの簡易的なものばかりで、とても長く住める環境とは言えない。だが、それでも人は生きるために形を作る。
その小屋のあちこちで、村の民がゆっくりと起き始めていた。眠そうに目を擦る者、すでに動き出している者――それぞれの朝が、同時に始まる。
「さあて……今日もやるか」
俺は大きく伸びをした。骨が鳴る感覚とともに、意識がはっきりしていく。
まずやるべきことは明確だった。住環境の整備――その中心となるのは、やはり村長の家だ。
「どうせなら、まともな拠点にする」
独り言のように呟きながら、頭の中で構想を組み立てていく。ただ寝るだけの小屋では意味がない。ここは拠点であり、防衛の要であり、いざという時の避難所でもあるべきだ。
追手の存在を忘れるわけにはいかない。あの脅威が、いつ再び現れるか分からない以上、備えは必須だ。
「……一応、狩猟班隊長だからな」
自嘲気味に笑いながらも、その責任は理解していた。
「よーし、いっちょやるかあ」
「グガー……」
隣から豪快ないびきが聞こえる。視線を向ければ、ソウが大の字になって眠っていた。
「よくこんな場所で熟睡できるな……」
岩肌に近い固い地面、簡素な寝床。それでも気にせず眠れるのは、ある意味才能だろう。
「まあ、俺の子だしな」
小さく笑う。将来が楽しみだと、心のどこかで思っていた。
俺は立ち上がり、周囲を見回す。統制の取れていない村の景観は、どこか危うさを孕んでいる。だが同時に、これから作り変えられる余地でもあった。
「まずは……ヤンガの爺さんか」
そう呟いて歩き出した、その時だった。
「あっ!ゲンの旦那ぁ!」
やけに元気な声が飛んでくる。振り向けば、サブがこちらへ手を振っていた。
「おはようっす!」
「……おはよう」
朝日を浴びたサブの笑顔は、やけに輝いて見えた。眩しさに思わず目を細める。
「今日は気持ちいい朝っすね!」
「……お前、なんでそんな元気なんだよ」
足を負傷しているはずなのに、その様子はまるで無傷だ。
「なんか、お前、まぶしいわ」
「え!?ハゲてないっすよ!?」
「そういう意味じゃねえ」
呆れながらも、少しだけ空気が和らぐ。
――ダンッ!!
突如として、森の奥から重い音が響いた。
空気が一瞬で張り詰める。
「……今の音」
俺の表情が引き締まる。反射的に周囲を見渡し、気配を探る。
追手――その可能性が脳裏をよぎった。
早すぎる。だが、あり得ないとも言い切れない。緊張が体を走る。
その時だった。
「キバっ!そんなデカいの切ってどうすんだよ!」
「うるせえな!村長の家に決まってんだろ!」
聞き覚えのある声。
「……なんだ、あいつらか」
俺は肩の力を抜いた。
森の奥へと足を運ぶと、そこには倒れた巨木と、それを囲む二人の姿があった。
「おい、お前ら。今の音、これか?」
「え、あ、はい!」
キバが胸を張る。
その背後には、切り倒されたばかりの巨大な木が横たわっていた。
「……お前、一人でやったのか?」
「はい!」
素直な返答に、俺は感心する。
「村長宅のために動いてたんです!」とアイズが続ける。
「でもコイツ、デカいの優先で……」
「アイズ!!」
二人はすぐに言い争いを始めた。
「まあまあ、落ち着けって」
俺は苦笑しながら、巨木に手を置く。
「材料があるなら話は早い」
しかしアイズは困った表情を浮かべた。
「場所が決まらなくて……」
その一言で、俺の中の構想が形を持つ。
「なら――作るぞ、高台を」
「「!?」」
二人の目が見開かれる。
「村全体を見渡せる場所に拠点を築く」
ただの家ではない。それは防衛拠点であり、象徴でもある。
「いわば……城みたいなもんだ」
「城……?」
キバが首を傾げる。
「建物だけじゃない。地形ごと作る」
俺には確信があった。
「まずは土を積み上げる。周囲から運んで、外側から坂を作る。中心を高くして、層ごとに踏み固める。水が流れる傾斜も忘れるな」
言葉が重なるごとに、構想が現実味を帯びていく。
「……恐ろしいですね」
アイズが呟いたその時――
「フォッフォッフォ、面白そうじゃのう」
背後から声が響いた。
「村長!!」
ヤンガの爺さんが現れる。
その顔は、どこか楽しげで――そして少しだけ、期待に満ちていた。
俺はその表情を見逃さない。
「……そういや、爺さん」
ゆっくりと口元が歪む。
「形態変化、便利だよなぁ?」
「な、なんじゃその顔は!」
ヤンガが一歩後ずさる。
だが、もう遅い。
「根を張れるんだろ?だったら土台強化もいける。崩落防止にもなる。つまり――」
俺はニヤリと笑った。
「最適だ」
「やめんかぁ!!」
叫びは虚しく響く。
「ククク……村長として働いてもらうぜ」
ヤンガはしばらく黙り込んだ。
そして、やがて観念したように息を吐く。
「……仕方あるまい」
ゆっくりと顔を上げる。
その目には、どこか覚悟の色が宿っていた。
「ワシも一花――咲かせるとするかのう」
一瞬の静寂。
そして――
「よっ、上手い!!」
俺の声が森に響いた。
計画は、思惑通りに進んだ。
アイズとキバは顔を見合わせ、呆れたように息をつく。
だが、その場に流れる空気は悪くない。
むしろ、これから何かが始まる――そんな予感に満ちていた。
森の中心で、四人は未来を見据える。
拠点、防衛、そして生存。
すべてはここから始まる。
新たな村の礎が、静かに――だが確実に築かれようとしていた。
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