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シーン45 人生とは戦いなのか

 シーン45 人生とは戦いなのか


「アタシならここに居ますよ」


 エイダが半身を起こしたのが見えた。

 掛けていた薄布がはらりとはだけ、白い両肩が見えた。

 随分と、傷がある。

 昨日今日だけの傷だけじゃない。

 彼女はこれまで、どれ程の死線を潜り抜けてきたのだろう。傷そのものの痛々しさ以上に、アタシは彼女の生き方をまざまざと見せつけられたような気がして、背筋が凍るような思いと、なんだか無性に寂しい気持ちになった。


 エイダは、床に片手をついて、顔を顰めた。


「まだ、寝てた方が良いんじゃない」

「心配はいらない。むしろ、この方が楽だ」


 そう言って、アタシにアイスブルーの瞳を向けた。


「なあ、ラライ」


 そういえば、昨日あたりから、やっとラライと呼んでくれたな。


「改まってどうしたんですか?」

「いや・・・」


 微かに、彼女は戸惑った顔をした。

 エイダのこういう顔を見るのは初めてだ。

 見た目通り、氷の女、ってイメージだし、まさにその通りだったからな。


「さっきはすまないな。助けられた」

「そんな、殆どはエイダさんがやっつけてくれたんですよ」

「それでも、あたしにとっては借りだ」


 まあ、珍しい事もあるものだ。

 彼女に礼を言われるなんて、思いもしなかった。

 エイダは薄く笑みを浮かべて、アタシを流し目に見た。


「あれから〈蒼翼〉と、呼ばれていたらしいな。こっちにまで、お前の噂は聞こえていたぞ」

「ど、ドゥにまでですか?」

「そうだ、エレスに危険人物がいるらしいってな」

「げ」


 アタシが青ざめた顔をすると、彼女はフンと鼻を鳴らした。


「当の本人は何も知らず・・・か。自分がどれだけ異常な存在で、その上、シュミットキーと契約をしてしまった事が、どれだけ奇蹟的な状況なのか・・・。まるでわかっていない」

「アタシに対する情報開示が少なすぎるんですよ~。・・・エイダさんは、まだまだ色々知ってるって感じですよねー。さっきも、アタシの知らない言葉使ってたし、えーとなんだっけ、レッカーとかなんとか」

「ああ、レッサーシュミットの事か」


 あの化物のせいで、話が途中になっていた。

 余計な事を言ったかな、という表情を、彼女は浮かべた。


「シュミットにも種類がある。危険度もそれによって大きく変わる。次元転移ができるシュミットは、場合によって同位存在を避けるために、疑似体を生み出すことがある」

「えーと、また難しい言葉が出てきて、全然わからないんですが・・・」

「同じ時間、同じ場所に同じモノが同時に存在する事は出来ないという宇宙の法則だ」

「はあ」


 そんな法則なんか、初めて聞いたぞ。

 アタシのぽかんとする顔をみて、エイダは「やれやれ」と呟いた。


「お前は宇宙の法則の一つも知らないのか?」

「宇宙を構成するのは点でなくて紐みたいな線だとか、そういう話は、昔何かで聞いたような気はしますけど」

「それは粒子構成の古い解釈だろ。そうじゃなくて・・・ええい面倒くさい」


 エイダは髪を掻いて、思案顔になった。


「とにかく。同じ場所に同時に同じものは存在しない。シュミットも然りだ。並行次元の中には、いわゆる極似世界ってのがある。パラレルワールドという言葉くらいは、聞いた事があるだろう」

「まあ、マンガじゃよくあるわよね」

「存在自体は確認されている」

「じゃあ、別の世界に、別のアタシが居たりするわけ?」

「まあ、そうなる。だが、同位存在の法則がある限り、あたし達はその世界に入ることはできない」

「ふーん」


 アタシはエイダが何を言いたいのか分からなくなってきた。


「だが、シュミットの中には、それが可能な奴もいる」

「え!?」

「その世界に入り込むために、自分自身を偽物にしてしまうのさ。自らを疑似体に変化させることで、同位存在の問題を解決する。その偽物に変化したシュミットを、レッサーシュミットとあたし達は呼んでいる」

「自分自身を、あえて偽物にしちゃうの?」

「そうだ。レッサー化すると、そのシュミットは次元転移能力も制限され、危険度は大きく減少する。宇宙を破壊するほどの危険性は無いが、それでも、星の一つ二つくらいは破壊できるくらいの潜在能力は残る」

「チェリオットと、同じくらいの強さってこと?」

「察しが良いな」


 なるほど。

 シュミットにも種類があるってのは、ぼんやりと理解できた。

 アタシのシュミットは・・・ちゃんと次元転移したし、つまりはオリジナルだと考えていいのだろうか。


 エイダは、僅かにためらった後、アタシに左手を伸ばした。


「お前のシュミットキー、見せてくれ」

「これ? ・・・いいよ」


 アタシは疑いもせずに、彼女に手渡した。

 シュミットキーを受け取って、エイダは口元に笑みを浮かべた。

 そして何かを呟き始める。


 ん・・・?


 アタシは彼女の言葉を、静かに聞いた。


 古き名を捨て、新たなる契約を、交わす?

 新たなる契約者の名は・・・エイダ?


「って、何をやってんですかエイダさんっ! そのシュミットはアタシのー」


 アタシは、彼女の行為に今更ながら気付いて、半ば半狂乱になりながら叫んだ。

 取り返そうとしたが、彼女は座ったまま足でアタシを簡単に転倒させ、そのままアタシの背の上に両足を乗せて、アタシの動きを封じた。


 うう。

 ケガ人に、しかも、両手も塞がった相手に、手も足も出ないなんて。

 さすがに、情けない。


 そうこうしている間に、彼女は契約の言葉を話し終えた。


 だが。

 何も起こらなかった。


「やっぱり駄目か、剣自体が、お前を認めている。アタシの言う事は聞けないとさ」


 エイダはアタシの前にシュミットキーを置いた。

 アタシはひったくるようにして、それを自分の胸に抱いた。


「もし契約変わっちゃってたら、どーするんですか!」

「別に問題もないだろう」

「・・・・あ、ありますよ」

「剣ならあたしの方が上手く使えるし、シュミットの危険性も知っている」

「そんなにも危険なモノなんですか? アタシにはそこまでとは思えないんですけど」


 むしろ。

 駐機場をレンタルする事も無いプレーンなんて、超便利じゃないか。なんて、思いはじめていた。


 しかも、鎧とかに姿を変えたりできるし。

 だんだんと、愛着が沸いていたりする。

 それに、なんだか、自分が特別になったみたいで、ちょっと誇らしいのも事実だ。


「簡単に扱えるからこそ怖いのさ。制御してると思いこむ。だけど、本当にそうか? 考えてもみろ、お前が制御できなかったからこそ、あたし達は今、こんな世界に居るんじゃないのか?」


 う・・・。

 それは、確かにそうかも。

 はっきりとは否定できない。

 それでも、何か釈然としないものを、アタシは感じていた。


「だけど、もしかしたら、この世界に来たのは、意味のある事かもしれないって。アタシはそう思ってます」

「どうしてさ?」

「ディーン・スペンサーがここに居たからです。20年前に行方不明になった人、多分、最初にこのシュミットキーを起動した人です。その人が、この世界に居た。これって、偶然じゃないですよね」

「山の向こうに落ちたものが、あたし達の想像通りだとしたら、まあそうだね」

「アタシは・・・少し前にキャプテンからこの事件に彼らが関わった理由を聞きました。それは、そのディーンをもとの世界に連れ戻す為でした」

「それと、どういう関係があるって?」

「アタシは、キャプテンの言葉を聞いて、なんとなく納得したんです。だから、アタシは無意識にキャプテンの思いを代行しようとしたのかもしれない」

「都合のいい解釈だね。つまり、ここに来たのも、暴走したわけじゃないと」

「思っては駄目ですか?」

「・・・ふん。まあ、勝手にすればいい」


 エイダはごろりと横になった。

 もう、これ以上の問答は終わりにしよう。

 その背中は、そう言っているようだった。


 アタシも横になりたい気分になった。


 もしここがデュラハンの宇宙船だったら、アタシはバロンのビーチチェアーを占拠して、寝ながらお菓子を食べたり、ジュースを飲んだりして、彼のゲームに口を出すんだ。

 それから、本を読んだり、一緒にご飯を食べて。


 そんな当たり前だった毎日を思い出して、アタシは胸が詰まった。

 急に泣きたい気持ちになって、肩がわなわなってなったが、何とか堪えきった。

 きっと、元の世界に戻れるんだ。

 アタシは、生きて戻るんだから、泣いてる場合なんかじゃない。

 必死にそう、自分に言い聞かせた。


 無言になった事が、かえって彼女の気を引いたようだった。

 エイダがちらりと振り向いた。

 アタシが、感情を抑える表情を見て、美麗な眉の間に、ほんの少し厳しい皺がよった。


「あたしはね」


 彼女は、ぽつりと話し始めた。


「あたしは、これまでも、ずっとシュミットを追ってきた。この宇宙内に出現したシュミットを探し出し、破壊、もしくは異次元への追放を行うのが、ドゥの戦士としての、今の自分達の役割さ」

「え・・・?」


 アイスブルーの瞳の中に生まれた微かな影は、どこかその奥底に優しさを秘めていた。


「破壊したレッサーシュミットは、これまでに3台。ただし、どれも未契約の状態だった」

「シュミットが三台も!?」

「驚いたか」

「そりゃあ、当然ですよ。こんなのが、そんなに宇宙には溢れてるなんて」

「だから噂を呼ぶのさ。古代の超兵器がこの宇宙には存在している。手に入れれば、物凄い力を手中にできる・・・ってね。それで、何も知らないエレスの連中なんかが、横やりを入れてくる。シュミットに関与する事の危険さも、あたし達ドゥの苦労も何も知らないでね」


 ドゥの苦労か。

 なるほど。ドゥも結局は、宇宙の秩序を守るために戦ってる、そのつもりかもしれない。

 だけど、そのやり方は、簡単に納得できるものじゃない。


「戦って、消し去って、誰にも知られないようにして。それって本当に正しい事なんでしょうかね。アタシには、単なる情報操作にしか思えませんけど」

「単なる情報操作さ。知る必要のない事は、知るべきじゃない。情報は管理されるべき物、この大原則はエレスでも共通だろう」

「それは、そうですけど」

「いずれにせよ、今はこうしてお互い協力しているけど、お前がそのキーを持ち続ける限り、いつの日か、あたしはお前を殺さなくてはならなくなる。もし、あたし自身が手を下さなくても、ザラや、代わりのドゥの人間がお前を狙う事になる。それだけは、確かさ」


 言葉の奥に隠された彼女の思いに、アタシはようやく気付いた。


 ああ。

 なんだ、そういう事か。


 結局、アタシの事を、心配してくれているだけじゃない。


 アタシを手にかけたくはないから。

 だから、さっきも、アタシとシュミットキーの契約が破棄できないかを試してみた。

 たったそれだけの事なのに。


 あたしはお前の事を心配してるんだ・・って、そう言ってくれれば、それで良いのに。

 エイダったら、めんどくさい性格してるんだからさ。


「素直じゃない人ですよねー」

「なんだって?」

「何でもありません」


 アタシは舌を出して、それから彼女に、もう一度薄布をかけてあげた。

「ったく」

 彼女は横を向いて、小さくつぶやいた。



 それから丸一日はゆっくりと休んだ。


 その間、村は混乱に包まれた。


 大ムカデの頭から生えていた人間の体が、やはり音信不通になっていた使節隊の人間だった事が判明した。

 コンラッドが仕入れた情報によれば、ディーンを含む、ヤソワへの第2使節隊は、一年前に、やはりこの村を通過した。

 その際、この村からも志願者が数名加わったが、その一人だった。


 怪物の死骸を検分した村の者が気付いて、家族が確認した。

 その事実は、悲しみと恐怖を生んで、村中に暗い影を落とした。


 村を襲い始めた、怪物の正体が・・・。

 村の人間だった・・・。

 そんなの、そう簡単に納得できる事じゃない。


 窓から聞こえる村人の声も、なんだか湿って聞こえて、アタシはなんだか鬱々として過ごしていた。


 エイダの包帯を交換していると、急に入り口が開いて、女たちがずかずかと入ってきた。

 てっきり、エイダの傷を診に来たのかと思ったら、目的はなんとアタシの方だった。


「ほら、出来たよ、さあ、そんな服なんか脱いだ脱いだ」


 アタシは有無も言わさずに女達に取り顔込まれ、半ば無理やりに服を脱がされた。

 ってーか、ちょっと強引すぎやしませんか、奥様方。


「あら、綺麗な肌してるねー」

「ホント、赤ちゃんみたい」

「もうちょっとお肉付けた方が良いねえ―。見てよこの腰、あたしの腕より細いわよ」


 口々に適当な事を言いながら、今度は違う服を着せ始める。

 アタシはまるでお人形さんにでもなったみたいに、女たちのなすがままになった。


 胸をぎゅっとされ。首元をきゅっとされ。足腰をぐいっとされ。


 最後に、頭にも何かを被せられた。


「ほら、どうだい戦士様」

 リーダー格の女が、得意げな声で言った。

 アタシは自分自身の姿に、ちょっと見惚れた。


 ひゅうと、エイダが口笛を吹いた。


 ボロボロにされたアタシの服をベースにして、女達は鎧を作り直してくれた。

 生地の裏地を補強して、胸当てと肩当には軽いなめし皮を新調し、手甲と、膝あて、それに背中にも革を張ってくれた。

 そして、ヘアバンドのようにも見えるヘッドギア。


 重すぎないし、しかも、通気性もあって快適だ。

 胸の所も、ちゃんとアタシのふくらみにあわせてカーブをつけてくれている。


 アタシが喜んでお礼を言おうとすると。


「ヤソワの地に行って、怪物を退治してきてくれるんだろう。これが、あたし達にできる精一杯なんだよ。異界の人に、こんな事を頼むなんて心苦しいんだけど。・・・お願いだよ、あたし達の村を救っておくれよ」


 女が、目にうっすらと涙をためてアタシを見ていた。

 他の女たちも、口々に同じような事を言いながら、アタシの手を握ったり、その場に膝をついたりし始めた。


「みなさん・・・」

 アタシは返す言葉に詰まった。


「任せとけ、ってでも、言ってやりな。どっちにしても、出来ることを出来るところまでするまでだ」

 エイダが、テアの標準語でアタシに言った。


 アタシは頷いた。


「ありがとう。アタシにどこまで出来るか分からないけど、・・・でも、何とかやってみます。きっと、怪物の正体を突き止めて、この村に・・・」


 そんな事、簡単に言っちゃっていいのかな。

 一瞬、迷った。

 だけど、いまは、その言葉が。

 中身なんか少しも無くても、言葉そのものが大切な時だ。


「この村に、平和な時が戻るように、精一杯戦ってみます」


 戦いか。

 本当は、アタシが一番否定したい行為なのにな。

 でも、いつも気がつけば、アタシはその中に巻き込まれてしまっている。


 仕方ない。

 って言葉を使うのも、これで、もう何度目だろう。


 だけどやっぱり仕方ない。

 どうやら人生って言うのは、どうにも逃げようのない戦いの連続らしい。


 アタシの見つめる前で、女達は大粒の涙をこぼし始めた。

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