シーン46 世界には果てがある
シーン46 世界には果てがある
三日後、アタシ達は再び出発した。
怪物の襲撃は、一旦収まったように見えた。
不安がる村の人々を残して、アタシ達は険しい山道に挑むことになった。
セドックは村の友人たちから、沢山の贈り物を受け取って、一人だけ荷物が倍に膨れ上がっていたが、この頑強な老人はものともせず、アタシが遅れそうになるたびに手を引いてくれたりと、随分と親切にサポートしてくれた。
彼の荷物の大半は食料だった。
果物が多く、山中の水分補給には有難かった。
ヤソワの地への行程は、山歩き初心者のアタシには、正直難易度が高すぎた。
コンラッドにおんぶされる回数も増え、なんだかアタシは文字通りのお荷物となってしまった。
「ラライは軽いから平気だ」
コンラッドは優しく言ってくれたが、予定の半分も進まない踏破速度になってしまい、エイダはあからさまに幻滅した顔を見せた。
標高が高くなるにつれ、木々が低くなって、白い岩肌が目立つようになってきた。
セドックが、荷物の中から、アタシに防寒具を渡しくれた。
「ここから先、夜はかなり冷える」
森の中みたいな湿気の多い熱気も嫌いだが、アタシは寒いのも嫌いだ。
ってーか、正直、根っからの宇宙生活者であるアタシにとっての生息気温は23℃~26℃と決まってる。
そして実際。
その夜の凍えるほどの寒さを経験して、アタシはあらためて思った。
自然は敵だ。
と。
そのうえ、山の天候は変わりやすく、激しい雨や風にも襲われた。
アタシ達は大きな岩の下に逃げ込んで1日を過ごした。
時間を重ねるにつれ、皆口数が減っていった。
夜半には、雨が雪に変わって、アタシはもしかして、ここでこのまま一生を終えてしまうんじゃないかとか、良く分からない不安に苛まれた。
ふるふると一人震えていると、エイダが身を寄せてきて、一緒に同じ毛布をかぶった。
アタシはびっくりしたが、エイダは小声で。
「体温を下げない方が良い。体力を失う」
そう言って、アタシをぎゅっと抑えてくれた。
体温だけじゃなく、彼女の暖かさに触れた気がして、心細い中に、一つだけ光明が差してきた気がした。
翌朝、ようやく山は静けさを取り戻した。
赤い空のせいで、爽やかな天気とは言い難いが、それでもようやく動き出すことが出来て、アタシはもちろん、セドックもコンラッドもほっとした顔になった。
それから半日ほどさらに山を登って、一つ目の山頂にさしかかった時。
「ラライ、見ろ!」
エイダが突然立ち止まって叫んだ。
何を見ろって?
アタシはもうへとへとで、目の前の地面しか見えませんが。
と、思いながら、よいしょっと背筋を伸ばして、アタシは周囲に広がる景色に息を飲んだ。
いや、これだけ高い所まで登ってきたんだし、そりゃ素晴らしい眺望が見れると、そう思うでしょうよ。
だけど、違った。
アタシが踏破してきた後方の景色、山と丘陵地、そして、森。
そこまでは良い。
だけど、その先、それが問題だった。
景色が、途切れている。
これは、比喩ではない、本当に、景色がそこで終わりを告げるのだ。
アタシのいる地点を中心とすれば、ちょうど半円を描くように世界は広がり、そこで、闇の壁に閉ざされていた。
壁の上部は次第に空に溶けて、黒から赤へと変化している。
「あ、あの黒い壁って何?」
アタシが指さすと、振り向いたコンラッドが。
「あれは、世界の果てだ」
「世界の果て?」
「そうだ。それがどうかしたか?」
さも当然のように、コンラッドは言った。
「どうかしたかって・・・、どう見てもおかしいでしょ、あの壁の向こうってどうなってるの?」
「あの向こう? 何もない。・・・世界の果てだぞ。闇の先は、全てが消える無の世界だ。我々は近づかないようにしている」
アタシの事を不思議そうに見つめる。
コンラッドやセドックにとっては、世界に果てがある事こそが常識、そういう事なのだろうか。
「全てが消える無の世界。つまり、次元断層だな」
エイダが呟くように言った。
「なるほど、閉鎖的空間の中で、全てが成り立っている世界か。これはまともな空間じゃないぞ。・・・だが、だとしたらこの世界を維持するエネルギーはどこからきている?」
その疑問は、自分自身に投げかけた言葉のようだった。
「どういうことですか?」
「ここは、宇宙空間の中でも、一つの惑星でもなかった。考えてもみろ、水や空気はもちろん、熱や光、そういった物が生み出される要素が欠けている」
「確かに、太陽も無いわけだし、こんな所で自然がサイクル出来ているなんておかしい」
「その通りだ。この世界が一つの世界として成り立つための構造が存在していない。つまり、この世界は、どこかの世界と近接に繋がっているか、何かしら特別な維持機能が備わっている・・・そう考えた方が良い」
彼女が語る推測に、アタシは納得が出来た。
確かに、そうでなくては、この状況を説明できない。
でも、それはアタシ達のこれからにとって、・・・もっと言えば、元の世界に戻りたいアタシにとって、良い事なのか、それとも悪い事なのか、そこまでは理解できなかった。
エイダはその先に広がる景色に目を向けた。
そこで、ごくりとつばを飲み込んだ。
「どうやら、あたし達が思っていた以上に、近い世界かもな」
彼女の声が、自嘲気味に響いた。
「こっちまで来てみな、さらに凄い景色が見える」
アタシは、足腰の疲れも忘れて、彼女の立つ場所まで駆け上がった。
「ヤソワの地が見えたか」
セドックが誰にともなく言った。
アタシはエイダの隣に立って、そこに広がる世界に戦慄を覚えた。
そこは、やはり半円を描く世界だった。
だけど、そこに広がるのは、森でも、丘でも、勿論海や川でもない。
それは、渇いた大地と、廃墟と化したビルディングや、街並。
明らかな、近代文明の残滓だった。
「どうやら、ここの正体が見えたな」
まだ風は凍てつくほどの寒さだというのに、エイダの頬に、一筋の汗が流れるのをアタシは見た。
「この景色、あたしには見覚えがある」
そう言って、腕のブレスレットに触れる。
あれは、チェリオットの遠隔装置だ。
まだ、彼女のチェリオットは再起動を果たせずにいるのだろうか。いや、それは愚問だろう。でなければ、彼女があんな表情を浮かべるはずがない。
「・・・なるほど、この世界を作り出したのも、もしかしたら〈箱舟〉そのものかもしれない。・・・どうやら、次元転移をしたのは、一度や二度ではないらしい」
エイダがアタシを見た。
答えを、アタシに求めた訳では無い。
ただ、自分だけでその事実を受け止めるのが重荷だというように、彼女は言った。
「ここは、惑星ネルだ」
「ネルって・・・そんな、まさか?」
「そのまさかさ。ヤソワの地とやらに広がるこの廃墟は二千年前に滅んだネルの近代文明だ。そして、あたし達が通ってきた森・・・シオンの地ってのは、更に昔のネルの原生林・・・そう考えれば、多少辻褄はつく」
「そんな滅茶苦茶な」
「だが、目の前の景色は事実だ。そうだろう」
確かに。
この景色は異常すぎる。
だけど、そう簡単に納得できるような状況じゃないぞ。
「エイダ、ラライ、もう出発するぞ、この辺は身を隠せるところもない。明るいうちに、ある程度進んで、少しでも安全な所に行こう」
コンラッドの言葉で、アタシ達は我に返った。
ここで考え込んでいても仕方が無い。
今のリーダーは彼で、その指示に従うのが、一番安全なのだ。
彼は、廃墟の上を飛ぶ、鳥の群れを見つめていた。
いや。
あれは鳥だろうか。
この場所から、見えるなんて、おかしい。
あれは、間違いなく体長数十メートルはあるぞ・・・。
あれは・・・言うなれば、飛竜。ワイバーンって奴か。
「あれも、最近出てきた怪物なの?」
「そうだ。あれは目が良い、気付かれないうちに、山を下ろう。木々の間に隠れたい」
コンラッドが言った。
隣で、セドックが身をすくめた。
「一匹だけ、森に来たことがある。あの時は村の戦士総出で何とか倒したが、それでも多くの犠牲が出た。それが、あれ程の数では・・・」
「ともかく、身を隠して進もう」
アタシ達は、山を下り始めた。
さすがのアタシも、あんな怪物が群れをなして襲ってくる光景を想像したら、こんな所でぐずぐずしてはいられない。
いつものヘタレ癖をなんとか封印して、アタシは必死に彼らについていった。
「目が良い」というセドックの言葉が、心に張り付いて、少し周囲の木々が高くなって、こちらから向こうの姿が見えなくなるまでの間中、アタシは生きた心地がしなかった。
大きな葉を持つ木の下に身を伏せて、アタシ達は休憩に入った。
水あたりを防ぐために湯を沸かそうとすると、コンラッドに止められた。
「ここから先は、火を焚くのは止めよう。奴らに見つかる危険がある」
それは、ぞっとする。
だけど、またお腹がゴロゴロになったらどうしよう。
「不要な戦闘は避けるしかない。セドック、果物は?」
「多少残ってるよ」
「悪いが、そいつはラライに残してやってくれ」
「ああ、それがいいね」
エイダはそう言って、自分はコンラッドが沢で汲んできた水に口をつけた。
それにしても。
「火を使えないんじゃ、食事も制限されますよね~」
何の気になしに呟いたアタシを、いきなりコンラッドが突き飛ばした。
えっ、アタシ何か悪いこと言った?
「コンラッドさ・・・」
「黙って!」
コンラッドはアタシに覆い被さるようにして、木の根元に体を丸めた。
「・・・!」
黒い影が、さーっと通り過ぎるのを、アタシは見た。
そして、バサッという大きな羽音とともに、周囲の草木が一斉に揺れる。
アタシ達の真上を、ワイバーンが飛翔していた。
それも、ゆっくりと旋回をしている。
まさか・・・見つかった!?
アタシは心臓が早鐘を打つようになり出し、呼吸が止まるほどの緊張感に襲われた。
反対側の木の根元には、同じようにセドックとエイダが身を伏せていた。
ぐるるるると、ワイバーンが喉を鳴らす声が響き、今にもその巨体が降ってくるのではないかと、アタシは気が気ではなかった。
恐怖の時間は、アタシには数時間にも感じられた。
実際のところは、数分程度だったらしい。
ワイバーンの巨体が、ようやく諦めてその場を去っていく頃には、アタシは完全に腰が抜けていた。
「もう大丈夫、諦めたようだ」
コンラッドが言った。
「これでは、やはり休んでもいられんな。早めにふもとを目指そう」
「それがいい」
セドックが頷いて、エイダに手を貸した。
エイダは立ち上がり、それでも少しだけ身をかがめ、ワイバーンの視界を気にした。
「ラライも、行こう」
コンラッドがアタシに手を伸ばした。
だけど、アタシは簡単には起き上がれず、結局セドックとコンラッドの二人に助け起こされた後も、しばらくの間へっぴり腰になったまま、まともに立つ事が出来なくなっていた。




